CLIMAX - 3
軽い返事と共に司は立ち上がり、すぐさま照準を合わせる。
その銃弾は残った異形を一つ残らず撃ち抜き、撃たれた異形は全てが消え失せる。
「これで残るはライナーだけ……って、ねえ。なんであいつ俺見てるの?」
勘弁してくれ、という表情の司に向け、ライナーが唸る。
続けて吠えるその声は、威圧とはまた異なった重圧を与えるが、司は身体を沈めながらそれをかわして銃口を向ける。
しかし、狙い通りに飛ぼうとした銃弾はすぐさま何かに叩き落された。
「な、また……っ!?」
またかよ、という言葉は最後まで出ることはなく、同時に彼自身も何かに押しつぶされそうになる。
まともな受身を取る間もなく地面へと押し込むその力に、思わず膝をつく。
なんとか耐える事ができないかと考える間にも、重圧は身体全体に苦しい痛みを走らせる。
考えもままならない。呼吸すら叶わない。軋む身体だけではなく意識も重い。そのまま暗転しそうな薄暗い視界の中で、揺れる白い髪が見えた。
それはこちらを振り返ろうとした霧緒の姿。
巨大な鎌を手にしたままのUGN。
もしここで自分が死体になったら。
それでいて、異形に取り込まれでもしたら。ジャーム化したら。
彼女は容赦なく自分の首を落とすだろうか。
……落としそうだ。
「それは……マジ勘弁」
少なくとも、ここで死ぬ訳には行かない。死んだらそれ以上の酷い目に遭う気がする。
そんな考えを振り切るかのように頭を一つ振ると、少しだけ意識が晴れた。
右手に持ったままの銃の感覚を確かめ、トリガーに指をかけると、身体を押さえつけていた重圧が軽くなった。
「お兄ちゃん! 大丈夫!?」
「なんとか……な」
みあの声に、軽く手を上げて応える。
どうにか耐えることはできたらしいが、さっきの一撃だけで身体は随分とぎりぎりの状態になってしまった。呼吸をする度に、あちこちが軋むように痛む。
痛みを逃がしながら深く息をついた司が顔を上げると、そこにはライナーへ向けて走るリンドの姿が見えた。
電車は目前の猫に銀と紅の目を向け、威嚇するような唸り声を上げる。
対峙するリンドは、降り掛かる電車の部品や瓦礫を避けながら、水の刃を生み出しては打ち出していた。
息は上がってはいるが、それ相応の成果は出ている。
刃の当たったドアが落ち、それを横に飛んでもう一刃。
窓や塗装に傷やヒビを刻まれ、電車は少しずつその装甲を薄くしていく。
「……こうも大きくては、キリがない!」
刃を撃ち、瓦礫を飛び越し、霧緒の隣へと着地したリンドは、大きく息を吐く。
「そうだね。これは……連結部を斬り落として全体をばらばらにするのが良いのかな?」
「……それは有効かもしれん。キリ、頼めるか?」
うん、やってみる。と、所々に水を滴らせて睨みつけるその頭を目指し、霧緒はホームから車体へ飛び乗った。
ライナーからは死角であろう後ろ。その連結部。
駆け上がると思ったより高いその場所から、目標目掛けて飛び降り、鎌を振るう。
が、声を上げて首を振ったライナーの動きで目標を捉える事はできず。代わりのように車体の屋根を半分ほど断ち落とした。
崩れる屋根と破片。少しずつ崩れ落ちる車体は限界を示しているが、その目の煌めきは衰える事などなく、ぎらりと光り――首ががくりと落ちた。
音を上げてバラバラになるライナーの音に混じるのは、小さな歌声。
音は小さいが安定したその声が、大半を崩されてもなお保ち続けていたライナーの内部を蝕んだ結果だ。
がしゃり、と音を立てながらレールの上に落ちる部品。
「オ――オォオォォ――」
ライナーの声が次第に小さくなり、落ちていく部品の音に埋もれていく。
割れる窓と、ひしゃげる車体が煌めきながら崩れ、砂埃をあげる。
そんな中、ライナーの目が一層紅く輝いた。
かしゃん。
崩れる音は、とても小さく、彼らの耳に届く事はなかった。
その音の代わりに砂煙から飛び出したのは、小さな破片。
「何!?」
「っ!」
紅く小さなそれは光を小さく弾き、落ちるライナーを見届けていた四人へと突き刺さる。
そしてそれきり、ウグイス色の車体が動くことは、無かった。
□ ■ □
『……』
砂埃が収まりかけた頃。
三人と一匹は全員が向かい合って、赤い結晶を見ていた。
「で、これなんだけど。何?」
「さぁ……」
青い袖をまくった右腕。
細くて幼い右手首。
袖から覗く、左手の甲。
それから揺れる尻尾。
それぞれに埋め込まれたように光る、直径1センチ程の紅い結晶。
「うーん。気持ち悪いなぁ」
そう言いながら爪こすってみても、取れるわけではない。
痛みもない。まるで最初からそこにあったかのように。そこにあるのが当たり前だったかのように。金属とも宝石ともいえない輝きを放っている。
「あのライナーの目。アレの破片だろう、って事くらいしか、なぁ」
そう言いながら頭をかく司に、全員が小さく頷く。
そうして訝しんでいる四人の視界がふいに、赤い輝きに染まった。
光源は――司の肩の上。リンドの尾で揺れる紅い結晶。
「な。何だこれは!」
焦るリンドが尻尾を振れば振るほど、結晶は輝きを増す。
その中に一筋の輝きが差し、さながら眼のように四人を見据える。
そして上空から、いっそう強い視線――辺り一帯を射抜く程に巨大な‘眼’が見つめていた。
「……おい。嘘だろ?」
「冗談きついね」
見上げて呟く、司とみあ。
隣で同じように見上げた霧緒は、少しだけ眉を寄せた。
「あれは……」
ライナーや異形がバロールの力を持っていた事から考えるに、あの眼は残された魔眼、もしくはそれに相当するのものである可能性が高い。と霧緒は耳元のヘッドホンをそっと抑えた。
同じシンドロームを持つ霧緒も、魔眼を所持している。今は耳元で黒く光を弾くだけだが、抑えていないと、何か共鳴してしまいそうな気がした。
眼は瞬きをすることもなく、紅い光で崩壊しかけた構内を煌々と照らし。
ただ一つ。リンドの尻尾にある結晶だけを、一層強く光らせる。
「ツカサ! 取ってくれ!」
光を増す尻尾の結晶を追い払おうと、リンドは己の尻尾を追いかけようともがく。
「取ってくれって言われても困るんだが……尻尾ごと引きちぎればいい?」
「無茶なことを言うな!」
「いや、無茶言ったのはお前の方だ。テンパるな!」
「とにかく! どうにかしないと不味い予感が――!」
そう言い合う間に、紅い輝きは強さを増し――。
そして彼らは、最も強く輝いた光に呑み込まれた。