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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
5:Temple of the False God
201/202

ENDING2 - case:深堀霧緒

 ■ case:深堀霧緒


 外に出ると雨が降っていた。

「……さっきまでは曇ってただけだったのに」

 見上げた拍子にずれた帽子の位置を直して霧緒はぼやいた。

 スーパーの袋を腕にかけて、傘をさす。

 道に出ると、ぱらぱらと降る雨が傘を濡らし始めた。雲に覆われた空は明るい。もしかしたらすぐにやむのかもしれない。


 人通りの少ない道にこつこつと足音が響く。

 雨は好きだった。昔は傘をさしてよく走り回っていた。

 全部過去形だけど。


 こうして一人で歩いていると、ふと、何かが物足りないような。そんな気がした。

 雨音は霧緒を不安定にさせる。好きだったものと、お気に入りの傘と、好きじゃない雨の音。

 それが加速させるのは、寂しさ、だろうか。


「うーん……ここしばらく賑やかだったからかな……」

 最後の別れを思い出す。随分とあっさりした物だった。任務を共にして別れるなんてよくある話だ。そう言ってしまえばそれまでだが。今回は十分すぎるほどに例外だろう。

 あれからもう一ヶ月程が経ち、新しい生活も始まっているのに、こんなに引きずるんだから。


 うーん、と霧緒がその感情に整理を付けながら歩いていると。

「お? 霧ちゃん何してんのこんな所で」

 ぴたり、と足が止まった。

 青、ではない。灰色のシャツにジーンズ。鞄を肩にかけ、ビニール傘をさしているのは。

「……あれ。河野辺さんだ」

「うん。河野辺だけど」

 どしたの? と彼は首を傾げる。

「えっと。夕飯の――」

「わあ! 本当に居たよ! しかも河野辺さんまで。さっすがミーアちゃん!」

 ぱたぱたと駆け寄る足音と、霧緒の腰に飛びつく影。

「わ。……え、えっ!?」


 自分の身に何が起きたのか分からず振り返る。霧緒に飛びついてきたのは、赤毛の少女だった。

「お。みあ。またキャラチェンでもしたのか?」

「みあちゃ、ん?」

 二人に名前を呼ばれたみあは、霧緒の腰から離れてぺこりと頭を下げる。

「どうも、初めまして! 紅月みあです。そのせつはミーアちゃんが色々とお世話になりました」

 にっこりと笑って自己紹介をする彼女に、二人はそっと顔を見合わせ、みあに。みあと名乗った少女に視線をし、首を傾げた。

「ミーア?」

「ミーア、ちゃん?」

「はい。みあが……えっと、あたしがみあで、ミーアちゃん、です。本人に代わりますねー」

「えっ」

「なんかすごく……内線取り次ぎですな」

 そんな感想を司がぽつりと零しているうちに、少女の雰囲気が一気に大人びたものになった。

「元気にしてた? 司。霧ちゃん。……って言っても、それ程経ってないけど」

「うん。元気は元気だけどそれよりおまえ、頭の中に内線でも引いたの?」

「あー。これ、ね」

 みあが髪の毛をくるくると指先で弄りながら言う。

「理由はよく分からないんだけど、紅月みあ本人の意識が起きちゃって……それで。今はミーア、って」

 後半は少しだけ恥ずかしいのか、声のボリュームが落ちた。

「っつー事はあれ? “書き記す者”引退?」

「いいえ、そんなつもりは――あ、名前はみあが付けたんですよ! 可愛い名前でしょ――ああもう! ちょっと黙ってて。話が進まないじゃない!」

「……うん。おまえの状況はよく分かった。一歩間違えたらただのナルシストだぜみあよ」

「でも、河野辺さん、女の子だから……」

 霧緒のフォローに、どこか遠い目をしてしみじみと頷く。

「男だったら目も当てられないな」

「――はあ。とりあえず二人ともしばらくぶり。あと司。あたしが言ってるんじゃないわよ。可愛いってのは」

 何かに疲れたように髪を掻き上げ、みあは溜息をつく。ついでにこれ以上何も言うなと釘を刺すかのような視線で司を軽く睨み付けた。

「……はあ。なんかこう、従兄弟とか親戚に電話した時みたいだな。よく分からないけど」

「でも、なんか楽しそうで何よりだよ」

 霧緒の言葉にみあは「そうね」と少しだけ疲れた顔をした。

「本当、なんだか賑やかよ。それで? 霧ちゃんはなんかちょっと黄昏れてたみたいだけどどうしたの?」

「う」

 さっきまで考えていた感情が一気に恥ずかしくなって、霧緒は思わず目を逸らす。

「そ、それより! ここで三人揃うなんて、不思議、ですよねっ」

「ああ、まあな。これで猫も居ればフルメンバーなんだが」

 さすがになあ、と司が空を見上げるようにして言う。

「百年生きてたらリアル化け猫だ。いや。カオスガーデンなら意外とアリか……?」

「まあ、気になるなら試しに行ってみてもいいんじゃない?」

「何。あのドラゴン生息地に? 観光しに?」


 ――ちりん。

 三人の耳に、鈴のような音がした。


 霧緒が耳に手を当てて音を探すように辺りを見回し、司は背筋に寒気が走ったような顔をして口を結んだ。

「なんか今、ぞっとしねー音がしたんだけど気のせいだよな。うん。絶対そうだよな」

 鈴なんてつけた覚えないし、と司が何かを納得するかのように頷く。

「カオスガーデン、ホラーの旅ー」

「リアルホラーはやめなさい」

「あれ。河野辺さんはホラー苦手なんですかー? みあは平気ですよ?」

 司の傘の下へ飛び込んで、うふふと笑いながら見上げる少女を司はどうしたらいいのかよく分からない目で見下ろした。

「うん。別にホラーは怖くないぞ。化けて出たり祟られたら嫌なだけで」

「そっかー。それで」

 みあはくるりと霧緒の方へ向き直り、無邪気に問う。


「深堀さんはどーしたの?」

「え」

「そういやなんか黄昏ってたな」

「え? いえ、あの……」

 悩みごと? と司の首が傾く。霧緒はぎくしゃくと視線を逸らしてどうにか誤魔化そうと考え……それがうまくできなくて溜息をついた。

「ちょっと。ここしばらくあんまりにも賑やかすぎたので……」

 声がどんどん小さくなる。そして、ぼそ、と最後の一言が吐き出された。

「ちょっと、寂しくなりそ――」

「っつーか雨の中立ち話もなんだし、とりあえずそこの店でクレープでも食べるか」

「わ、みあクレープ食べたーい!」

 霧緒がやっとの思いで呟いた声は、司の声にかき消された。

 ぐ、っと言葉を詰まらせた霧緒の目の前でみあがわあ、と両手を挙げてはしゃぐ。

「……」

「あれ? 霧ちゃん今なんか言った?」

「……なにも」

「なんか、すごい目してるけど」

「誰のせいですか、誰の」

「えっ。何の話」

「……いいです。絶対教えません。そうだみあちゃん。晩ご飯はうちで食べていかない?」

 話を変えるようにみあに提案すると、彼女の表情がぱあっと明るくなった。

「いいの! 食べる!」

 やったあ、と無邪気に喜ぶみあ。だが、すぐにその両手は降ろされ、目の表情が変わる。

「いいの? ちょっと騒がしいのも一緒に居るけ――騒がしいってなによう! だってミーアちゃん――ああっ、もう。黙ってなさいって言ってるでしょう!」

「大混線だな。あ。晩飯俺もいい? 材料買いに行く所だったんだ」

「じゃあ、司の家にしましょう」

「え。……いいけど。何食いたい?」

「ミーアちゃんも河野辺さんもわかってないなー。深堀さんはひとこいしいんだよー」

 えへん、と胸を張って答える少女。なんか言葉は違えど図星を指された気がして、霧緒が一気に焦り出す。

「え。あの……別に、人恋しいという、訳では……」

「ほほう。人恋しいのか霧ちゃん」

 にやり、と司が笑う。

「違……っ!」

「そうかそうか。ならば鍋だな。間違いない。ついでにマグロも備えておけば化け猫も鎮まるだろう」

 さっきとは違う。爽やか、と評して良い物か少し悩むような。そんな笑顔で司は霧緒を通り過ぎ、店へ向かう道を行く。みあもくすくすと笑いながら司に付いていく。

「もしかしたら化けて出るかもね。そうすればますます賑やかになりそう」

「化けて出るのは良いが、祟られたくはねえなあ――あれ。霧ちゃんクレープ食べないの?」

「……食べます。食べますよ。クレープ食べたらスーパーに戻りましょうねー」

 少しだけ頬を膨らまして、霧緒も後に続く。

 目の前では司とみあがわいわいと話に花を咲かせ始めた。


「あ。あのね! みあはねー、やみなべ食べてみたいな!」

「ははは、闇鍋はまだ早いなあ。あれは大人の嗜みだぞ。お兄ちゃんは普通の鍋が食べたいぞ。ちゃんことかいいねえ」

「むむ。それならミーアちゃんが食べるよ。みあと違ってミーアちゃんは無駄に長く生きてるん――無駄とか言うなっ! っとに、この子は……」

「忙しいな、みあ」

「まったくよ……」

 はあ、と溜息をつくみあに司は笑いながら傘を傾ける。

「ところで司。ベーシックな鍋とはちゃんこなの? 水炊きとかじゃなくて?」

「さあ……? 地域によるんじゃねえかな。さて。すいませーん、クレープ三つー」

 そのやり取りを見てるだけでも楽しくて。霧緒は傘の位置を少しだけ下げて笑う。

「まったく、この人達は――これだから」

 離れたら寂しく感じたんだろうな、と、独り言を零す。

「霧ちゃーん? 注文はー?」

「……あ。私、ストロベリーチョコバナナが良いです!」

「はいよ。それじゃあ、それ二つ。片方生クリーム増量で。みあは?」

「うんと、みあはーみあはねー。チョコパフェがいいなー」

「チョコ……パフェ? あるのか?」

「あんたは……さっきクレープって言ってたじゃない……」

 傘を閉じた霧緒が、二人の背中からメニューを覗き込む。色とりどりのメニューにパフェの文字は無い。

「まあ、ダメ元で言ってみてはどうですか?」

「そっか。チョコパフェクレープ。ありますか? ああ、あるんですか。じゃあそれで」

「シーチキンマヨネーズも追加だ、ツカサ」

「えーっと、あとシーチキンマ……何だって?」

「シーチキンマヨ、と聞こえましたが」

「今なんか幻聴が……というか、気持ち悪い注文が。おにぎりの具じゃないんだから――え? それも食べてみたい? チョコパフェに鍋も控えてるのよ。やめなさいやめなさい」

「よし、今のは幻聴だ。以上三つ、よろしく!」


 わいわいと賑やかな声が店に響く。

 彼らの背後では、すっかり雨が上がり、青い空が覗いていた。

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