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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
5:Temple of the False God
200/202

ENDING2 - case:河野辺司

 ■ case:河野辺司


 最低限の明かりで照らされたその部屋。

 視界に支障が出ない程度の明るさを持つそこは、どこか薄暗い印象を訪れる者に与える。

 執務席の椅子に腰掛けた組織のトップ――“プランナー”都築京香はいつものように笑っていた。


「お疲れ様でした。河野辺司――“砲撃手(ガンレイヤ)”。期待以上の働きでした」


「――」

 司はその言葉に一瞬言葉を失った。

「……ごく普通に言いましたね……。お久しぶりです“プランナー”。“砲撃手”帰還しました」

「ええ、お久しぶりですね。もっとも、貴方にとってはさほどの時間ではないのかもしれませんが」

 ああ。彼女は知っているんだ、と否応なく思い知った司は少しだけ遠い目をして肩の力を抜くように息をついた。

「……やっぱりそうでしたか」

 苦笑いしか出てこなかったが、「それで」と司は言葉を続ける。

「“奇跡”は確かめられましたか?」

「勿論」

 その奇跡が何かすら話していないのに、彼女はあっさりと頷いた。

「ご期待に添えたようで何よりです。私は貴女との約束通り“百年の時を超えても正しく私であり”、貴女も私との約束通り“そう”でした」

 もっとも、と司は言葉を繋ぐ。

「私がお約束したのは隕石が落ちた後の“貴女”でしたが」

 プランナーは静かに「そうですね」と頷いた。

「私には、その私の記憶も知識もありませんが、前提を同じくすれば私がどう考え、動くだろうかというのは分かります」

 薄暗い部屋で、彼女の目が光ったような気がした。

「私は、“奇跡”についての確信を欲していた。そうですね?」

「はい。その通りです」

「ですが、その“奇跡”が何か。貴方は聞いていない」

「――はい」

「では、それを教えましょう」

 彼女の求める奇跡とは一体何だったのか。司は少しだけ息を詰めてその答えを待つ。


「それは“今”がある、という事ですよ」


「……今」

 思わず繰り返した。プランナーは肯定するように頷く。

「私は、貴方を送り出した時には、歴史が破壊される事は理解していたはずです。何故なら、迎撃の準備を整えていたにも関わらず失敗した」

「準備を整えて?」

「ええ。その時、貴方達――正しくは貴方と役割を同じくした誰か、ですが。彼らは隕石に立ち向かった事でしょう。そして、敗れた」

 その結果、隕石は落ちた。

「つまり。貴方達が勝利し、今、ここに居る。――それは、貴方が想像している以上の奇跡。そういう事です」

「なるほど……」


 途方も無い話のようにも、単純な話のようにも見えた。

 どっちとも取れず、司は苦笑いをした。


「それが幾度、幾千万……もしかしたら無限に繰り返されたのかもしれない。それは私達には分からない事ですが。“奇跡”は起こるのですね」

「そのようです。或いはただの一勝一敗なのかもしれません」

 プランナーは静かに目を伏せる。

「偶然にも、私は今の私が想像している物とは異なる奇跡を欲しがったのかもしれませんが」

 言葉を切って、彼女は小さく首を横に振った。


 今、彼女自身が欲していた奇跡がここにあるのだ。その可能性は否定すべき。そういう事だろう。


「分かっているのは、貴方達が選択し、決断した結果が今に至っている。この事実だけです」

「確かに」

 頷く司にプランナーは視線を上げる。

「報酬を支払いましょう。何なりと言ってください」

「――いえ、結構です」

 真直ぐ立ったまま首を横に振った司に、プランナーは何も言わない。

「私も貴女と同じ報酬を頂きましたし、何よりこれは貴女の“プラン”。私は貴女の定めた照準に従ったに過ぎません」

「そうですか」

「私の仕事は、貴女の最上の武器である“砲撃手”が引き継ぐでしょう」

 司は深く、かつての上司に礼をする。

「そうですね」

 プランナーは静かに微笑んだ。その言葉の意味する所を、受け入れた。

「私は、――俺は、ただの“河野辺司”として生きていきます」


 軽く笑って踵を返す。

 彼女は何も言わない。


 さて部屋を出ようかと、ドアノブに手をかけた所で司は思い出したように振り返る。

「――そういえばひとつだけ疑問が」

「なんでしょう」


 答える彼女の声は、“プランナー”とは僅かに違って聞こえた。

 あのアイゼンオルカで話をした、東洋人の美女がそこに居るかのようだった。


「いやあ、とっても失礼な事を聞いてしまうのですが」

「はい」

「年齢。おいくつですか?――“何仙姑”さん」

 にやりと笑って問いかける。彼女は少しだけ司をじっと見て、すぐに唇を吊り上げて艶然とした笑みを浮かべた。

「いくつに見えますか? と、言いたい所ですが。任務の報酬としてお答えしましょう。――私にも、分かりません」

「――くっ、はは、あはははは」

 司はノブに手をかけたまま笑った。笑いすぎて零れた涙を拭って「なるほど」と頷く。

「ありがとうございました。それでは」

 失礼します、と司はドアを開け、外へと踏み出す。


「ええ。最後の報告、確かに頂きました。さようなら河野辺司。貴方が今後も、正しく貴方で在り続ける事を――期待します」

 薄暗い闇の中で都築京香は再度微笑み、退室する少年を静かに見送った。

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