ENDING1 - 1
渋谷にある、とあるビルの屋上。
大きなヘリと数人の人影があった。
そこにドラゴンがゆっくりと降下していく。
「え……」
人影に気付いた霧緒の、戸惑った声があがった。
「日本支部長直々のお出ましとはね」
司がどこか溜息をつきそうな声で呟く。
降り立った彼らを待っていたのは、UGN日本支部長。霧谷雄吾だった。
少女の姿に戻ったフェイと、その横に並んだ四人。それから菊花。彼らの前に霧谷は立ち、穏やかな表情で深く頭を下げた。
「皆さんお疲れ様でした。今回は本当にありがとうございます」
「い、いえ……」
霧緒は恐縮したのか深々と頭を下げ。
「貴方に礼を言われるようなことでもないけどね」
みあは視線を避けるように小さく笑い。
「……あんたに頭を下げられると、こう。色んな意味で反応に困るな」
司は困った顔で素直な感想を口にした。
リンドは司の肩の上にするりとのぼって、くつろぐように眼を細めた。
「おいリンド。普通の猫のふりしようったってそれは今更だぞ」
「にゃー?」
鳴き声に「アイツにはまだ知られてないと思うが」という言葉を読み取った司は「そうかなあ」と呟いた。多分、FHでの痛い目。主にクール宅急便の二の鉄を踏みたくないからか、と勝手に判断する。
「だがな。ドラゴンの背に乗って宇宙行って帰ってきた時点でただ者じゃないんだぞ」
うりゃ、と猫の頬を指で押すと、嫌がるように顔を背け、そのまま背中の方へずるりと前足を滑らせた。
「にゃ……!」
慌てて背中に爪を引っ掛け、落ちるのだけはなんとか免れる、が、司の服に爪が食い込み、引っ張られる。
「……ってこら! 爪!服が破れ、いや、首。首絞ま……!」
司が背中に腕を回すが、リンドの身体には届かない。肩の上からなんとか掴もうとしても、どこを掴めばうまく押さえられるか分からず、とりあえず首が絞まるのだけはなんとか防ぐべく自分の襟元を引っ張る。
「あ……あぁ。服が」
ようやく霧緒がリンドをそっと抱きかかえて司から引き剥がす。
「こら、リンド。ダメだよ」
ね、と言い聞かせるような霧緒の言葉にリンドは「にゃー」とひとつ鳴いた。
「というかだな。それにこんだけ準備されてんだから俺達の素性もとうに知られてるだろうよ」
「そうそう。カオスガーデンからやってきた猫が普通な訳ないでしょうし」
「わらわもお前の事は調べてきたからな無駄じゃぞ! “智慧のリンド”」
からからとフェイが笑う。
「にゃ。にゃう」
「ほほう。それでも普通の猫を貫き通すか……」
ならマグロはいらんな、と司がぼそりと呟いた。猫の耳はそれを逃がさない。きっ、と鋭い目で睨み付けるが、司はにやっと笑って視線を明後日の方向へ向けた。
「まったく。にゃーじゃないわ、よ……」
そのやり取りに溜息をついたみあの身体がふらりと揺れた。目眩のようなその眩みから、慌てて体勢を立て直して、自分の身体に起こった現象に首を傾げ。まあいいか、と霧谷へと視線を戻す。
「なんだか騒がしくてごめんなさいね。そんなことより。貴方がここに来るというのはどういうことかしら?」
霧谷はみあの鋭い視線にも表情を変える事なく、すっと菊花を示した。
「今あるUGNは、葛城家と皆さんの助力によってある、と聞いています」
確かに、と彼は言葉を続ける。
「今回の件は誰にも知られる事はありません。そもそも隕石は落ちていません。という事は、その事件自体存在しません。ですが……あなた達の事を覚えていなければならない、その存在を刻んでおかねばならない者も居ます」
「まあ、そうだけどさ……」
司が苦笑いする。
「よくもまあ信じてくれたもんだ。普通なら与太話だって一笑に付されそうなもんだろうに」
「それだけ有樹とか桜花さんが頑張ったってことでしょう」
「うん。そうだね」
「そっか。そうだな」
「ええ、少なくとも葛城家……そして紅月氏は今日の事を強く信じていたと聞いています。カオスガーデンとの連携を主張したのも彼ですし、浅島博士をはじめとした島の研究者達も同様でした」
「ああ、確かにな。“もう一つの未来”はかなり悲惨な事になってたからな」
「それならば尚のこと。あなた達の尽力を知らずにおける訳がありません。知るべき人は僅かですが――その僅かな者を代表してお礼を言わせてください」
ありがとうございます、と霧谷は再度頭を深く下げた。
「……しっかし、百年かあ」
司が空を仰いで息をつく。
「なんか、ついさっきの事みたいだけどすげえ時間だったんだろうな……」
「百年、ですからね……」
きっと、有樹にも桜花にも会えないに違いない。それ程までに百年とは遠い。
「百年とはすごく昔、だな……」
「お。喋ったな。猫」
司がリンドの頬に拳を当ててぐりぐりと押す。しまった、とリンドが慌てて「にゃ!」と言い直すが「もう遅いぞ」と笑う。
「まったく。今更とりつくろらっれ……れれ?」
笑いながらも溜息をついたみあの言葉が、不自然にもつれた。
「うん……? ミア?」
「みあちゃん?」
「うん?」
全員の視線がみあに向く。霧谷も「どうしましたか?」と不思議そうな顔をした。
「ん。んーんー……なんかこう、戻ってきてから変な感じがするわ」
どう説明したら良いのか分からないけれど、と首を傾げ。
「身体がうまく動かせないっれ……て、いうかそんな感じ」
じっと指先を握ったり開いたりする。
「まあ、色々あったしちょっと疲れてるのかもね」
身体の違和感を追い払うように手をぱたぱたと振ったみあに「えっ」と声をあげたのは司だった。
「疲れる。お前が?」
「ちょっと司。今本気で驚いたわね……あたしを何だと思ってるのよ」
「純然たる物の怪」
「……その口はいつまで経っても減らないわね。そんな風に思ってたのなら物の怪らしく司は見捨てておけば良かったしらー」
「何なら今からわらわが運んできてやっても良いぞ?」
「あら。お願いできる?」
笑いあいながらそんな会話を交わす少女二人に、司は慌てて首を横に振る。
「え、ちょ。嘘。嘘だって。冗談だから怒るなよごめんなさい」
「どうしようかしらねー」
そのやり取りを見て、霧緒は苦笑いをする。
「まったく河野辺さんったら。みあちゃんは女の子なんですから」
「ツカサはああだからツカサなんだ」
そんな事を言い合う二人に司のどこか必至な声が飛ぶ。
「二人とも止めてよ!?」
「いや……自業自得だろう」
「私からはノーコメントで」
「えー……」
酷いなあ、と司は盛大に溜息をつく。
「……しっかし、これからどうなるんだろうな。俺宇宙だけは勘弁な」
「そうでした」
霧谷が言葉を挟む。
「私はあなた達に提案も持ってきています」
「提案?」
司と霧緒の声が重なる。
「一体何かしら?」
みあも首を傾げて問う。
「現時点で、あなた達は二人ずつ存在している事になります。同一人物であり別人である以上、生活に混乱が生じる事もあるでしょう。もし、あなた達がこれからの未来――生活に不安を感じているのでしたら、UGNでそのサポートをする準備があります」