CLIMAX - 6
リンドがもう一度刃を生み出した時。
「リンド、三秒待て」
司の声がした。その声に思わず動きを止める。
「今から二発撃つ。当たったやつに移動。そこで三発攻撃。もう一発。それに移動。その場で全力攻撃。いいな?」
「急に何を」
「いいな?」
有無を言わせない声に「わかった」と頷くと、撃鉄を上げる音がした。
「それじゃー猫よ。ぶちかましてこい!」
楽しげに張られた声と銃声。同時にリンドはその場から飛び出し。着弾した岩を追う。
一つ。飛び乗った小さな岩石が二発の銃弾で僅かに推進力を得る。
二つ。少しだけ距離が縮まった大きな岩場に飛び移る。
紅い結晶がこびりついた水溜り。そこから刃を作り出す。数は三つ。司の指示がなくとも、それがここで作れる限度だった。出来上がった刃はうっすら紅く、意志を得たように輝いて生みの親――女王へと飛んでいく。
三つ目は背後。最初の岩場の近く。リンドが移動できるギリギリの距離。
「――無茶を、言う!」
舌打ちをひとつして、飛び退くように移動する。届かないと思ったが、その身体は思った以上の距離を飛ぶ。そして爪を引っ掛け、なんとか岩の端へと移動した。
「―― ―、―― ―!!」
先程飛ばした三つの刃が女王へ届いたのか、びりびりとした咆吼が伝わってくる。
「くっ……」
爪を岩肌に立てて方向転換。紅い光を散らして苦しむ女王が視界に入った。ありったけの水分を使い、刃を放つ。氷の刃はリンドの支配空間から抜け出ると同時に、周囲に残っていた従竜へと引き寄せられる。僅かに軌道がずれた。が、リンドの支配はもう届かない。
――しくじった!
そう感じると同時に、刃に何かが当たったのが見えた。その衝撃で軌道がずれ、目標通りに従竜を切り裂いていく。
司の銃弾だ。ずれた刃の軌道を銃弾で修正し、ついでに自分の弾も撃ち込んでいる。
「もう少ししっかり狙えよ」
「すまない。だが助かった。マグロ少しなら分けてやっても良いぞ!」
「そんな悠長な事言ってる暇あんなら――手を緩めんじゃねえよ!」
残ってんぞ、という声に混じって撃鉄を上げ、引き金を引き、マガジンをリロードする音がする。霧緒と女王の周りを飛び交う従竜は次々と輝きを失い、ただの岩へと化していくが、まだまだ動ける個体は多い。
「くそ、討ち漏らしたか……!」
がり、という音と共に刃を生み出そうと力を込めると。
「リンド。ちょっと落ち着きなさい」
先ほどよりは呼吸が整ったみあの声がした。
僅かに擦れた、甘い声。
目が霞むらしく、袖の汚れてない部分でごしごしと目をこする。
「リンドがここで力を使いすぎると、こっちの水分がちょっと足りなくなるのよ」
「あ。ああ、すまない」
「だから」
と、みあの目が赤く光る。すう、と小さく息を吸う。
「――♪」
その一音で、周囲に散らばっていた紅い結晶が一気に輝き。ぱしゃん、と弾けて水溜りを作った。
「ほら。これを使いなさい」
足元に流れてきた紅い液体にみあの靴が濡れている。
「これは……その。使える、のか?」
「使えるものはなんだって使うわよ。言うこときかないなら――それもまとめて打ち砕くだけ」
「ふむ。一理ある」
リンドがその液体を気化させ、周囲に集めて感触を確かめる。
少々扱い辛いが、支配下である空間では殆どただの水と変わらない。これなら――使える。
「すまない。助かる」
「うん……それにしても」
一番落ち着いた方が良いのは司みたいね。とみあはぽつりと呟いた。
「そうじゃな。攻撃は確かに効いておるが、あやつの暴走は心配じゃの」
あれはちと危なくないか? とフェイが零す。
「ふふ、彼なら大丈夫。少しだけど、対策はあるわ」
「そうか。ならば安心じゃ」
霧緒の周りに岩石と紅い結晶が舞う――いや、風に吹かれている訳ではない。僅かな重力に引かれながら浮遊している、というのが正しいのかもしれない。そんな事をふと思った。
周囲を飛んでいた従竜達はいつの間にか少し離れた所に居た。今この場所で攻撃の間合いにあるのは。
「女王……」
じわじわと液体に戻っていく結晶は、柄を握る指を滑らせる。
このまま待っていては格好の標的。動かない訳にはいかない。
霧緒はそっと、左手を鎌に添えた。手の甲に――そこにある結晶に意識を集中させる。
うまく扱えるかは分からない。やってみなければ結果は出ない。
時間と空間を司るという同じ能力を持つ石だ。扱えると信じて、霧緒は左手を結晶で濡らす。紅い液体が手の結晶に触れた時。
ぱしん!と弾ける音がした。
「痛……っ」
結晶と共鳴したのか、左手が弾かれる。結晶に液体が染み込み、少しだけ血管に沿うように紅く染まる。結晶を媒体にして侵蝕されるのが分かった。拒否反応なのか頭がくらくらする。が、躊躇ってはいられない。ぐっと柄を掴み直して弾かれるのを堪える。
「これで、少しは使えるでしょうか……。使ってみれば解りますか」
ぱきぱきと音をたてて、手に貼り付いていた結晶が落ちていく。左手から柄にかけて、紅い模様が刻まれる。
足場にしていた岩を離れ、空間を飛び越える。着地したのは、女王の背中。
軽くターンをして、その勢いのまま鎌を振る。
首元にざっくりと埋まった刃はその首を斬り落とすには至らなかったが、紅く輝く艶やかな断面がぱっくりと開いた。
「G`AYAAAHA、AAAAA……!!」
間近で響く女王の咆吼。悲鳴。びりびりと空間を震わせるその音をヘッドホンで遮断し、霧緒は鎌を引き抜いた。
司の足元は薬莢と空のマガジンで埋め尽くされていた。
それを時々足でざっと払いのけ、さらなる弾を撃ち込む。
「数撃ちゃ当たる、ってもいうけど……まあやっぱ、限りある資源は最小限で最大の効果を出してこそ、ってなあ」
楽しそうな独り言と共に撃ち出される銃弾は、光を纏い一直線に飛ぶ。
従竜の傷口から零れる紅い液体に穴を開け、その奥にある本体に次々と着弾させる。
急所がどこか解らない。周囲にあった岩石と紅い結晶で出来上がった固体だ。心臓などという物があるのか。翼に穴を開けたら落ちるのか。よく分からない。が。
「ま。穴だらけにして砕けばなんとかなるよな――さあ、とっとと死んでくれ!」
その言葉通り。大量の銃弾で穴だらけになった従竜は苦しげな動きを見せる。
角と翼は折れ、手足は崩れ。首も半分程が抉られた。
だが、まだ崩れ落ちはしない。
紅い液体で崩れた箇所をなんとか繋ぎ止め、歪な形になる。竜と呼んでも良いものか。なんて疑問がふとよぎる。
けど。まあ、そんなの。
「どうでも良いや。死に損ないには変わりない。次はきっちり動けなくしてやろう」