CLIMAX - 5
「なると思ってるから呼ぶんだろ。もしくは盾だな」
司は引き金を引き、マガジンをリロードする手を止める事なく、みあの言葉にぽつりと答えた。
菊花の持ってきたお守りのおかげで声は届く。彼らがどのような行動を取っているかは、聞こえる物音から予想はつく。
傷を負った従竜から紅い輝きが零れ固まり、崩れ落ちたのを確認して、司は「上々だねえ」と口の端を吊り上げた。
「それじゃあ、残りにも消え失せてもらおうぜ?」
大量の銃弾を広く展開する。女王から生み出された従竜を狙う銃弾。あらぬ方向に向けられた銃弾は全て周囲に漂う岩石に当たり、その石を従竜の群れへと向かわせる。
頭も翼も胴体も。どう避けようとも必ずどこかに当たる。そんな軌道に乗せる。
全て計算通りに見えた。が、数体の従竜がこちらを向いたのが見えた。
「!」
気付かれるのが想定より一瞬だけ早かった。
――これは、ギリギリで当たらない。
舌打ちと同時に足元に散らばるマガジンと空薬莢を蹴り飛ばし、重心を下げて銃口を定める。
「お前らは――女王を粉々にする踏み台になるんだよ!」
現在の銃弾の位置、破片の数、座標、周囲の光、自分が居る場所と他の場所の重力差。全てのデータを一瞥。再計算。その数と距離の広さ、並列して再計算されては弾き出されていく答えに体中が熱くなる。その中から最も効果的な一点をそれぞれ算出、選択。引き金を引く。銃弾よりも速く、威力のある一撃を。マガジンに残るのは数発。交換はしない。その数発に乗せるのは光。何よりも速いそれを、真直ぐに打ち込む。
「こ、れで! ぶっ飛べ――!」
己の放った銃弾すらも追い抜いて、その光はまるでレーザーのように一瞬で従竜の眼を潰し、頭を砕く。
「――!!」
岩と結晶で作られた物に痛みなんて物があるのかは分からないが、叫び声をあげているのがびりびりと肌に伝わる。次々と銃弾と岩石の破片が突き刺さる。
仰け反る首、折れる角。根元から割れて紅い輝きを零す翼。
一部の銃弾はその輝きに飲み込まれたようだったが、威力は上々。すぐにその一群も輝きを失い、物言わぬ岩石と化した。
歌の糸が絡まる女王が、一際大きく翼をはためかせた。
風、ではない。重力の方向を操る事でさながら風のように空間の流れを変える。
煽られた紅い雫が瞬時に硬化し、暴風のごとき勢いで襲いかかる。霧緒は重力と鎌で跳ね返し、司は自分に向かう全てに銃弾を当てて撃ち払う。リンドも空間を支配する事で、軌道を捩じ曲げ、弾き飛ばす。フェイもブレスを吐いて一部をなぎ払う――が、全てを捌く事はできない。
「ちっ。この数では!」
紅い石が降り注ぎ、貫かれるのを覚悟しかけたその時。
ぐい、と首輪を引き寄せられたリンドは、何かにくるまれた。
「――ぐ、っ」
それがみあの腕であると気付いたのは、彼女の心音と何かの折れる音が耳に届いた時。
同時に、彼女のくぐもった声があがった。
「ミア、ミア……! 大丈夫か!?」
「みあさん!」
腕の力が緩んだ瞬間腕から飛び出して振り返ると、血だらけで踞る少女が居た。
フェイの影から菊花が駆け寄る。が、それはみあの小さな腕で制された。
「貴女達は、自分達の身と、この空間を。しっかり守って」
「は、はい……」
彼女は心配そうにしながらも頷く。
みあのコートはボロボロに切り裂かれ、腕や首に紅い結晶が突き刺さっている。菊花の動きを止めた腕はあり得ない位置で凹み、血液がじわじわと広がっている。
骨までやられているのは見ただけで分かった。ぺきぺきと骨が修復される音がする。服は血で汚れて、結晶が固まり貼り付いている。出血自体は止まったらしい。傷が修復されると、刺さっていた結晶がこぼれ落ちては地面へ転がる。歯を食いしばっていたみあの視線が、女王へと向く。
「この程度……かすり傷、なのよ!」
立ち上がった少女は大きく息をついて呼吸を整える。
「ほら……前、向きなさい。次が――くるわよ」
そう言って前を指差す彼女の目は、一層赤く輝いていた。
従竜の群れは、同一の意志を持つかのように吼えた。
群れで最も近い標的――霧緒に向けて襲いかかる。
女王の動きをなぞるように翼を大きく動かし、重力を乗せて滑空するように迫る。
霧緒の鎌はそれらを次々と斬り伏せ、斥力で弾き飛ばし、時には足場を移して爪と重圧をかいくぐり、次々と捌いていく。しかし、その数は圧倒的だ。一体一体の動きを読む事ができても、全てを読み切って避けるのは難しい。
従竜を切り裂く鎌に紅い結晶が纏わり付く。それは雫のように柄を伝って腕を濡らし、足元に落ちる。
その雫が、かつん、と小さな音を立てた時。霧緒は右手が動かない事に気付いた。
「これは……」
手を濡らした紅い液体は薄い鉱石と化していた。手を絡めとられたその隙は、従竜にとっては絶好のチャンス。彼女の腕や腹をかぎ爪で切り裂き、風圧と呼ぶにはあまりに重い圧力で膝をつかせる。がつ、と鎌の先が岩石に触れると、足場にしていた岩石が砕けた。
「――!」
突如、足場のない空間に放り出される。
足場の心配をするより先に彼女を射抜くのは殺気。ひとつの意志に従う従竜が襲いかかる。
頭に食い掛かろうとする顎へ、咄嗟に腕を伸ばす。肘まで食らい付かれる。牙が腕に食い込み、骨をぎりぎりと圧迫する感覚に声をあげそうになるが、それを飲み込んで指を伸ばす。舌だろうか。触れた場所に意識を向ける、つるりとした感覚がさらさらとした物に変わる。そのまま頭まで砂に変える。頭が砂の塊となった所で腕を引き抜く。右手は柄に貼り付いていてうまく扱えないが、腕ごと振る事だけはできた。鎌を翼に引っ掛ける。結晶が纏わり付いて切れ味の落ちた鎌は、斬るというより引きちぎるように翼を裂く。その勢いでもう一匹。大きく口を開けたその頭に着地し、靴底でありったけの重力を与える。と、牙が顎を砕く耳障りな音がした。そのまま背中まで駆け、次の一匹へ。
鎌を引っ掛けては足掛かりにし、着地しては重力をかけ。触れたものは岩石や砂へと変えて。数匹の従竜を物言わぬ塊にしながら、なんとか安定した岩場へと辿り着く。
「――は……はあ」
呼吸が苦しい。食いちぎられそうだった腕はなんとか動くようになってきたけれども消耗は激しい。しかし、ここで膝をついてはいられない。
鎌の柄を支えにしてなんとか立つ。すっかり固まって手に貼り付いている石を、液体へと錬成しようとするが、その変化に抗っているのか、時間を拮抗させているのか。じわじわとした変化しか見られない。
「これは少々……厄介、ですね」
鎌と手を固める結晶に視線を落とし、ぽつりと呟いた。