CLIMAX - 4
宇宙空間に限らず。広い空間での射撃で気をつけるべきは目標までの障害物だ。
司は、ある程度安定していて障害が少なく、弱点――この場合は眼だろうか。を狙いやすい高さにあった隕石の欠片を足場とした。欠片とはいえ一枚の岩といえる程の広さがあるそれは、隕石と女王がどれだけ大きいかを物語る。
菊花から離れたからか、彼女の力の影響――重力が弱い。着地ついでに地面を蹴って、自分にかかっている重力と、足場の堅さを確かめる。
「この程度なら問題ない。場所も良好。ばっちりだ」
自分の中で気分が高揚しているのが分かる。
遠慮。手加減。そんな事した覚えもないけれど、今はそんな単語すら忘れてしまったって良いに違いない。
とても良い気分だ。
司は楽しそうに。とても楽しそうに引き金を引く。マガジンをリロードしながら、叫ぶ。
「よーし、お前は……跡形もなくぶっ壊してやるからな!」
大量の銃弾は真直ぐに。時には周囲の岩石で跳弾し、銃弾同士でぶつかり合い。全てがひとつの大きな弾であるかのように、女王の頭一点を狙って襲いかかる。
全弾が女王に着弾した手応えを感じた。女王の咆吼がびりびりと伝わってくる。
咆吼で煙を吹き飛ばした女王の頭は、岩のような鱗が半分ほど剥がれ落ちていた。そこから紅い輝きが漏れる。石と同じ輝きを持つその中身が、水飴のようにとろりと動いたのが見えた。
痛みを感じるのか。それとも攻撃の意志か、女王は大きく吼える。
「させねえよ!」
肌を震わせる空気の中で、司が銃弾のマガジンをリロードする合間に一度、引き金を引いた。
空砲ではない。銃弾から跳ね返った煌めきを。星の発する光を全て集めて打ち出す。
この空間。この距離で予想外の光源からの一撃は、女王の目を一時的に眩ませるには効果的だった。
女王は銀と紅の瞳を閉じ、苦しむように首を振り回す。
その拍子に紅い塊が飛び散る。それは次々と周囲の岩石に貼り付き、浸蝕し、変形させた。
ただの岩塊だった物から首が生え、尾が伸び、手足を形作り、角と牙が生えた。まるで――いや、どこから見ても小型の竜。女王から手当たり次第に生み出された小さな従者はあっという間に群れをなし、同じ紅を輝かせて吼える。
「――ちっ。増殖とか舐めた真似してくれるなあ。これ全部ぶっ壊すのかあ」
言葉と裏腹に楽しそうなその表情で、司はリロードし終えた銃の引き金を引いた。
リンドは足元の岩場にぴたりと肉球を当てた。熱を持っているかと思ったが、それ程でもない。
菊花とフェイ、二人の力で保護された空間内も冷えている。が、その外は更に冷たい空間が広がる。影に入れば温度は一気に下がる。リンドには有利な領域にも見える――が、水分が足りない。
「……宇宙とはこんなにも水を作り辛いのか」
「それならリンドさん、これを」
菊花が手にしていたペットボトルから水が撒かれた。
「有り難い!」
一声叫んで、リンドは自分が支配した空間に力を込める。小さくとも威力のある物を求め、更に温度を下げる。水は次第に凍り付き、普段より一回り小さいけれども硬く鋭い氷の刃となってぱきんと音を立てた。
「よし、これなら」
女王と、女王が生み出した従竜の群れへ向けてありったけの刃を飛ばす。
氷の刃は岩を回り込み、蒸発する事も割れる事も無く女王までの距離を詰める。途中に立ち塞がる従竜達の翼、腕、尻尾。それぞれを切り裂き、砕く。砕けた従竜の液体が氷の刃に混ざり、他の刃を打ち消す。それでもリンドの放つ刃と鋭さに敵うはずもなく。多数の従竜がそのまま岩と化し、崩れていった。
司に続いて女王の前へと飛び出したのは霧緒だった。
傘を大きな鎌と変え、岩の上を飛び、駆け上がる。重力の方向を操作して自分の背中を押し、遠くにある足場までの距離を圧縮しながら、女王との距離を一気に縮めた。
最も近く、女王と従竜達に囲まれるような岩場で足を止め、獲物をぐっと構えた。
「ここまでくれば――一体残らず落とせる、かな」
白い髪がふわりと帽子から零れる。握られた鎌は、振り抜かれる間に彼女自身の身長すらも超える巨大な刃となり。女王達を空間もろとも斬り裂く――かに、見えた。
瞬間。女王の銀の眼がぎらりと光った。
「――!」
思わず奥歯を噛む。
霧緒の持つ時間への介入。腕を取られ、刃の軌道上にある物を全て置き換えられた感覚が伝わる。ヘッドホンがきぃん! と耳に痛い音を立てる。
「くっ」
それでも振り抜いた鎌が砕いた物は。
紅い結晶が纏わり付く氷の刃。結晶で固められた大量の銃弾。
それらはガラスのように、きらきらと紅い輝きをちらつかせて砕け散った。しかし、手応えはない。やっと手に伝わったのは、女王の首の根元に刺さった刃。それだけで。周囲の従竜には傷一つ付いていない。
霧緒はそれをざっと確かめ、鎌が刺さった首元に少しだけ笑う。
「残念。ですが。――次は外しません」
みあが息を小さく吸うと、冷たい空気が流れ込んできた。リンドが支配する空気は喉に冷たく、少し乾燥している。
「リンドったら――まあ。いいわ」
頷いて開かれた目が、体内で生成される薬物によって赤く染まる。ふ、と息を吐くと甘い匂いがした。
「――♪」
甘い甘い歌を紡ぐ。
音としては届かない。けれども声から紡ぎ出される波と、それに乗って香る薬物が、リンドの刃や霧緒が通った道を辿り、追うように女王のへ辿り着く。
従竜を切り裂いた氷の刃と大きく振り上げられた鎌にその波を乗せる。が、霧緒の鎌が一瞬だけ止まったのを感じた。
瞬きをするよりも短いその間。霧緒の振り抜いた鎌は、紅い煌めきをちらつかせて女王の首へと僅かに刺さる。
周囲で声をあげている従竜達が鎌に切り裂かれる事はなかった。が、その軌跡が一度捉えようとした目標は歌声の波に絡めとられる。
僅かに赤く輝いた波は、リンドが切り裂いた傷口に染み込み、次の瞬間には従竜の身体に大きなヒビを入れた。紅い輝きを隙間から漏らして従竜達は崩れていく。みあの歌声を取り込もうとした影響で、紅い雫が黒く染まる。内側から蝕むその歌声に雄叫びをあげたその首も、ひび割れて崩れる。彼らの中にあった紅い輝きは鼓動のように数度明滅した後、ただの岩と化して崩れ去った。
ワンフレーズを歌いきり、みあは崩れ落ちる従竜だった岩を見遣る。
「ふん。雑魚をいくら呼んだところでどうにかなると思ってたのかしら」