CLIMAX - 3
世界を切り裂いて、それはまっすぐに突き進む。
幾多の世界を、幾多の種を。
そして幾多の歴史を終わらせてきたそれは、今、次なる目標を得ようとしている。
終わろうとする世界はどうだろう。
抵抗するのか、受け入れるのか――それとも、既に死んでいるのか。
問う必要などない。すぐに分かる。
そうしてそれは期待に打ち震えるように赤熱し始め――
――なにか、いる。
――竜の背に乗る戦士の姿が。
□ ■ □
隕石は、自分の道の先に居るその存在を敵と認識した。
そのまま蹴散らして進もうとしたそれに、咆吼と共に放たれた一撃が当たった。それは、背に戦士を乗せた竜から放たれた一撃だった。
隕石を押し返すには至らないが、その速度が一気に殺される。衝撃で岩が大きく傾き、一部が大きく砕けた。大小の破片が辺りに散らばり、割れた所からは紅い輝きが零れる。
「よし当たった! 一気に距離を詰めるからしっかり捕まっておれよ!」
言うが早いかフェイは一気に速度を増し、隕石の端へと近付く。
遠くにあった隕石が、あっという間に目下となった。
「随分と大きい、ですね……」
菊花が思わず零す。地球に落ちれば国のひとつやふたつ容易く破壊し尽くしてしまいそうな程の大きさだった。
彼女の言葉に応えるように。一部がばがん、と更に大きく砕けたのが見えた。菊花が思わず息を呑む。砕けた断面は照らされたように紅く輝いており、その中に何かが居た。
眠りを覚まされたように、その影が動く。
隕石の中から最初に覗いたのは、大きく開かれた顎だった。雄叫びをあげるように開いたそこには、大きく鋭い牙が並んでいる。次に持ち上げられるのは長い首。その線を強調するかのような燃える鉱石のたてがみがずるりと這い出るように現れた。
先程大きく砕けた箇所は身体の一部だったらしい。それは一対の翼として広がり、大きな身体を浮き上がらせる。翼が広がる事で、放たれる威圧感が数倍にも膨れあがった。
首と同じほどの長さを持つ尻尾。その先にある、結晶を抱くかのように収まっていた手足。岩肌を敷き詰めたような鱗は、動く度に小さな破片へと姿を変える。
それは伝説でよく語られる六肢の竜。
これこそが、世界を喰らう女王。
隕石という卵に抱かれた女王が、今ここに産み落とされた。
「あれが……」
みあの声がぽつりと落ちた。
その声に応えるかのように、女王の目が開く。
己を産み落とした隕石の上から巨大な目が見下ろす。
そこに輝くのはかつて渋谷駅で見たあの色。
深紅と銀に輝く瞳。
纏わり付いた殻の残骸を振り落とすように、女王が大きく吼える。
「―― ― ――A―― AAA!」
菊花が飛んできた石を刀で弾きながらエフェクトの範囲を広げる。女王の声が次第に音を為して伝わる。咆吼は次第に大きくなり、迎え撃とうとする者達の全身を振るわせた。
「う……っ」
衝撃波は体中のレネゲイドウイルスを一気に活性化させる。彼らの持つ衝動を沸き立たせ、ともあればその身体を暴走させようとする。
霧緒、みあ、リンド。三人はなんとか衝動を押さえきり、女王を見据える。
「――ふ」
そんな中。くつくつと笑い声がした。
「あ」
「え?」
「まさか……」
三人が顔を見合わせてその声の方をそっと向く。
視線が集まった先。左手で口元を覆うようにして、司が笑っていた。
「ちょっと、一番厄介そうなのが衝動に負けたわね」
「楽しそうに言うな、ミア。どうするんだアレ」
「私……止める自信は、ちょっと……」
三人がひそひそと話す間に、司の指の隙間から、にい、と笑みが零れる。前髪から覗くその眼は、女王を真直ぐに見据えていた。
「そっか。そっかあー」
とりあえず注目は女王に向いている。それだけは分かった。
「突然猫の観察とか言われたのとか、意味分かんない電車と戦ったのとか、独房と尋問の毎日とか、自称弟とか……」
これまでの鬱憤を一つ一つ挙げるように、ぶつぶつと呟いた彼は、いっそ清々しい顔で銃口を女王へ向けた。
「ぜーんぶ、あいつのせい、か!」
言うが早いか司は竜の首を駆け上がり、頭を踏み台にして周囲に散る岩場を足場にしながら上へ上へと駆けていく。
残った四人を乗せたフェイはそのまま、隕石の端へと降り立つ。
「乙女の頭を足蹴にしていくとは……」
まあいいが、とフェイは散らばった欠片を見上げる。
「あやつは真っ先に駆けていったが……大丈夫なのか?」
「あれは……ヤバイわね」
「ヤバイですね」
「ヤバイな」
三人も司が駆け上っていった先を見上げ、口々に呟く。
「でも、司なら大丈夫でしょ、多分」
「多分な」
「そう、だね」
うん、と頷きあい、それぞれの武器を確かめて女王へと向き合った。
「この歌があそこまで届くかどうかは疑問だけど、波としてならいけるかしら」
「ええ。エフェクトの範囲内に女王も捉えていますから――届くはずです」
菊花の言葉にみあがにっこりと笑う。
「それならなんとかなりそうね。ありがとう」
みあは女王に向き合い、呼吸を整えて旋律を紡ぎ出す。
幼い声量で届く距離ではない。だから。みあは音ではなく波を重視して歌を紡ぐ。それは見えない波に乗った糸のように、細く強く流れていく。そして香るように上ったそれは女王の周りに折り重なる。その糸は幾重にも重なって女王の動きを鈍らせる。
女王の動きが僅かながらに鈍ったのを確認し、みあは満足げに頷いた。
「――ああ。これなら問題ないわ」