SCENE4 - 3
「もし隕石が落ちなかったとしたら。隕石落下を食い止めたあたし達と、隕石が落ちる前から居るあたし達が存在することになるわ。そうすると、あたし達はどうなる?」
「居場所を失う事になるでしょう」
さも当然の事だという答えに、全員が声を失った。
「貴方達が座っていた場所には、元から存在する貴方達が座っています。貴方達は帰還した世界で新しい生き方を探す事になるでしょう」
「ん? 俺達は消えたりしないのか」
「もう一つの未来と同じ状態になるのではないですか?」
首を傾げながらの霧緒の言葉に、司は「あー。そっか」と頷いた。
「そうです。貴方達が体験した“もう一つの未来”で、貴方達はどのように在りましたか?」
「消えちゃいなかったが……なんか、宙ぶらりんな状態になるのか」
「そうですね。しかもほぼ同一の未来である分、貴方達の差分も極めて少ないでしょう。変わってしまった未来よりずっと、貴方達の存在は重なりやすい。故に」
「差別化が難しい……って事か」
末利の言葉を思い出す。
この世界で生まれ落ち、この世界を見て育った司は、あなたではない。
この言葉が殆ど意味をなさなくなってしまう。いや、異なる個体であるというだけで意味はあるのかもしれない。しれないが。
「ふーん……そりゃまた、けったいな事になるな」
「そうね。別人として生きることを否定して元通りの生活をするなら、もうひとりの自分を殺して居座るくらいしかないでしょうね」
「そうなるでしょう」
何仙姑がみあへ頷く。
「無論、起こった事を否定せずに隕石落下後の世界に戻る事も選択肢の一つです」
「そうすると、渋谷駅に向かった“あたし達”はおそらく時間渡航によっていなくなる。もしかしたら共闘してどちらも残るって可能性もあるけど……どちらにしろ、あたし達は女王の影響がなくなった未来を生きていける」
「はい。異形の全てが消え去る訳ではないでしょうが、女王を失えば烏合の衆と言えるでしょう」
「でも……」
霧緒が難しい事を考えているような顔のままぽつりと言った。
「そうすると、隕石が落ちた影響はそのまま残ってしまう……ん、ですよね?」
「そうですね。ですが、女王が存在しない世界には関係のない事、とも言えましょう」
「うーん……それも、そうですけど……」
霧緒は歯切れ悪く頷いて、何かを考え込み始めた。
「霧ちゃんは何を悩んでるの?」
みあの問いに彼女はふと顔を上げ。視線を落として口をきゅっと結んだ。
目を閉じて、息を吐く。
「霧緒は……いや、私ね。分からなくて」
分からない? と首を傾げるみあに、彼女は言葉を選び、拾うように答える。
「私がここまでやってきたのは、任務……駅の調査に向かった隊員達の護衛のため」
つまり……ええと、と言葉が詰まる。
「駅に。怪我をした隊員を残したままで。だから、現地に戻らなきゃってずっと思ってて……隕石が落ちる前に戻るって選択肢を考えてなくて。その、隕石が落ちなかった事にして、本当にそれでいいのかな、って……」
どんどんとその言葉は小さくなり、最終的にああもう、と自分の考えを払うように首を横に振る。
「隕石を止めるのが一番良いって、分かるの。わかってるの」
ごめんね、と彼女は何かを吹っ切りたいような顔をして笑った。
だが、その言葉に強さが足りないのも事実。
みあは彼女の言葉を静かに肯定する。
「それが一番良いと思っているなら、その道を選びなさい。どれを選んだって、あたし達のやることに変わりはないのよ」
「うん」
こくり、と霧緒は深く頷く。そのまま顔は上がらない。両手は胸の前でぎゅっとヘッドホンを握りしめていた。
「それとさ。俺から見ての感想だけど」
司が横から言葉を挟むと、霧緒が不思議そうな顔をしてそっと首を上げた。
「霧ちゃんは守る側に回りたそうだけど、実際は元凶を潰しに行くよね。寧ろ率先して狩りに行くよね」
「え。……はあ。そう、ですね」
その方が確実ですし、と頷く彼女の返事に、司はちょっとだけ「それはどうか」と言いたくなった。が。それをぐっと押さえて「じゃあ、それで良いんじゃない?」とだけ言うに留まった。
「元凶を叩いて、尚且つ全員無傷で助けられるチャンスは今しかない」
「――はい」
「それに、俺達は一度世界を壊してる。そこにも彼らは居たはずだ」
う、と彼女の言葉が詰まった。が、司は構わず続ける。
「もうそこに戻り道はない。だったら、この世界くらいは良い方向に変えてやってもバチは当たらないと思うけど? とりあえず……うん、みんなハッピーになれればいいんじゃねえの?」
「……ちょっと面倒になって適当に片付けようとしませんでした?」
「いやいやそんな」
目を逸らした司に霧緒は少しだけじっとりとした視線を向けた。が、すぐに瞼を伏せて「でも」と肩の力を抜く。
「まあ、そうですね。言わんとする事は分かります」
ありがとうございます。と霧緒が小さく呟いた。
「霧ちゃんの決心はついたみたいね」
「――うん。大丈夫。ごめんね」
「霧ちゃんは、霧ちゃんとして胸を張って生きていけばいいわ。大丈夫、貴女なら出来るから」
「そう、かな。……そうだといいな」
ありがとう、と微笑んだ霧緒は、どこかすっきりとした表情をしていた。