SCENE4 - 2
「――」
司はぽかんと口を開いて言葉を失い。
リンドは警戒心をあらわに尻尾を立てる。
霧緒は困惑した表情を隠しもせず。
みあは眉をひそめて嫌がるような表情だ。
「……え。何この……なに、ですか?」
戸惑った声をあげたのは司だった。
「皆さんにお伝えしようと思った事がありまして」
全員の反応など気にかけた様子もなく、涼しい顔で彼女は言う。
敵意はない。それはよく分かるが、全員から肩の力は抜けない。リンドに至っては尻尾がぴんと張ったままだ。
「きっと皆さんはこの場所から世界を破滅させた未来へ戻ろうとしているのでしょうが、ここでひとつの選択肢を提示できるかと思いまして」
司が「はあ」とようやく声を漏らした。
「まず前提としてのお話しを少し。司さんにはお話ししましたが、かの敵の性質についての補足を」
「補足」
繰り返す司に、彼女は頷く。
「あれから私の方でも情報を集め、必要な案件は対応しました。その結果分かった事――この紅い石についての推測です」
そう言って彼女は手にした石を視線で示す。
司は待ってと話を止めたかったが、それをぐっと飲み込んだ。
その手にしてる石は何ですかとか、彼女が情報を集め対応したって事は一体何年後の話ですかとか。上司ですか何仙姑さんですかとか。聞きたいけれども、話が脱線するような気がして、黙って続きを待った。
「これらの結晶の大元――タンポポの種。彼らの女王は、歴史変革の結果として種が自分の歴史へ帰ってくる事がないように自分の居場所を示さねばなりません。けれども、同時に歴史を変える事で“存在しなかった”事にされる訳にもいきません」
「そうね……」
みあが苦い顔のまま頷く。目の前の人物が誰であろうと、正しい情報には違いない。京都で聞いてきたという話にも合致する。
「女王はその為に必要な能力なり性質を持っていると考えられます。例えば、自分の居場所、それから種が辿り着いた先の位置情報を記録してそこへ決して戻らないようにする、とかですね」
彼女の言葉にみあは頷く。
「あたし達はそれをリセットすることで石が存在する過去へ飛んで、影響の大きな個体は消したわ。多少は残ったかもしれないけど……大きな影響が出るほどではないはずよ」
「ええ。ご心配なく。それはこちらでも十分対応ができました。そうすると、目印はなくなり、貴方達が存在した本来の歴史――その石を運ぶ事になった原因、隕石落下へと辿り着くはずです」
何仙姑は少しだけ口の端を上げて、にこりと笑った。
「このような女王の特性は強みではありますが、同時に弱みでもあります。影響力はどの歴史においても一貫していなければならないという制約を持つからです。第二第三の自分が同じ場所へやってくる事がないように」
逆に言えば、と彼女は言葉を続ける。
「女王の出現を確定し、それを消し去る事が出来るならば。他の異なる歴史を含めて存在を消し去る事が可能になると推測されます」
「……ふむ?」
司が何仙姑の言葉を瞬時に噛み砕いて理解する。
あの隕石が落下しなければ、過去へ飛ばされる事もなく。あの変な未来も存在しなくなる。全てが破壊される事はなく、世界が蹂躙される事もない。分岐点そのものを消してしまえば、分かれ道の先などない。
なるほどそういうことか、と司はふむふむと頷きながら話に耳を傾けていると。
「司さんからは」
「――ん?」
「女王の影響によって歴史が変わったという未来の話も聞きました。そこに隕石が落ちたという話はありませんでした。そこから推測できる事として、女王の影響によって歴史の“距離”が離れてしまえば彼女は現れない」
「ん……まあ、確かにそうでした」
あの変わってしまった未来に結晶は残っていたが隕石は落ちていなかった。
きっと結晶が何かの目印なのだろう。そしてそれらは女王と同じ程度に育ったら繰り返すのだ。頭の痛い話だ。
「そこで、私が貴方達に提示できるのがこの選択肢です」
「選択肢?」
怪訝な表情で問い返すみあに、何仙姑は頷く。
「そう。貴方達が“どの地点”へ戻るのか、という選択肢です。女王の出現を確定させるという事は、隕石が降ってくる世界は不可欠。けれども、その隕石が落ちるという事実さえ確定できれば、必ずしも貴方達の世界で起こった出来事を全て起こさなければならない、という訳でもありません。」
「んーと……つまり?」
言葉の意味を計りかねたような司の声に、何仙姑は言葉を足す。
「隕石落下による被害や、貴方達自身の時間渡航を事前に食い止める事も可能、という事です」
「あー。つまりアレですか」
司が頭を掻きながら彼女の言わんとする事を口にする。
「隕石が地球に落ちる前に食い止めるか、隕石を落とした後で処分するか。って言ってます?」
「ええ。その通りです」
「――待って」
当然のように頷く何仙姑に声をあげたのはみあだった。