SCENE4 - 1
リンドが宿の近くまで戻ってくると、少し離れた店で待つ三人を見つけた。
するりとドアをくぐり抜けて彼らのテーブルまで辿り着くと、全員が彼を迎え入れた。
「おかえり、リンド」
「その顔だと、ちゃんと話できたようね」
リンドはああ、とだけ頷く。
「だな、よし、良くやった。お前ならちゃんとやれるって信じてたぞ」
司がよいしょと膝に抱え上げて喉をごろごろと撫でる。
「だからオマエは猫の扱いがなってないって何度言えば分かるんだ」
司の手から逃れるように首を逸らすと、彼は「えー」と声をあげた。
「猫飼った事ないからな。そこはリンドのレクチャー次第だ」
「自力で覚えろ」
司は諦めたようにリンドから手を離して「それで」とテーブルに話を戻す。
「これでパーツは一通り揃った。みあの記録ともほぼ一致する。それで合ってる?」
「ええ」
みあがこくりと頷く。
「あとは――」
腕時計を見るように手首を捻り、自分にある結晶を示す。
「これで未来へ移動できれば、ね」
ふむ、と考えるように結晶を眺める。
「紅月は時間や場所にまつわる強い意志を伝えることで。使えるって言ってたわね」
「人物を思い浮かべるのが有効ってもな。俺の場合あの人と、その時の部屋思い出したらいけたから、現代にそういう人が居れば良いんじゃないかな?」
そうねえ、と考えながらも頷く。
みあにとってあの現代で最も縁のありそうな人物といえば、この身体の主である少女だった。それから、駅で見た仮面の女……かしら、と思い返すも彼女はどうにも存在があやふやで指定しがたい気がした。
「あたしの場合はもしかしたら、自分の記録を辿るのが楽かもしれないわね」
そう呟いて頭の中で記録を展開する。みあ自身が見てきた百年から、隕石が落ちてきた時に最も近い記録を抜き出す。
細かな指定は難しそうだったが、その時点の記録を明確に、鮮明になぞる。
二月の頭頃。まだまだ冷え切った空気。人々の行き交う渋谷駅を探す。
だが、そこにあったのは記録の無い数日間だった。
「――あ」
しまった、とみあの顔色が変わる。
「あ?」
「えっ」
司と霧緒の声。それからリンドが息を呑む音がした。
彼らを包み込むように、紅い光は広がっていく。
みあの記録にあったのは、ぽっかりと空いた期間。
八重子が居なくなり、みあが目覚めるまでの数日間。
そこを結晶が見逃す事はなかった。
紅く輝く石は強さを増し、全員が目を開けられなくなった時。
それはふっつりと消え。
彼らの姿はどこにもなかった。
□ ■ □
最初に目を覚ましたのは司だった。
上体だけを起こしてぼんやりとした頭をわしわしと掻いて起こす。
倒れていたのはさっきまで居た店ではなく、暗くてよく分からない空間。仄かに紅く照らされているそこが、過去へ戻る時に一度飛ばされたあの空間だと気付くまでにそう時間はかからなかった。
「ここにあった石はもう使ったと思うんだけど……」
呟きながら見回す。薄ぼんやりと照らされてはいるものの、光源となっていた石はなかった。その残滓が残り香のようにあるだけだった。
とりあえず、手近に居たリンドを少し揺する。目覚めたリンドは辺りを警戒するように見回し、自分達しか居ない事を確認して司の膝の上へとやってきた。
「これはどういう事だ?」
「さあ。みあの石が光ったのは覚えてんだけど……とりあえず二人も起こすか」
「そうだな」
数分後。四人が輪になって座っていた。
「んで。これはどういう事なんだろうか。っていうのが俺の疑問なんだけど」
話を切り出した司に、みあが「そうよね」と頭を押さえるようにして俯いた。
「自分の記録から未来に飛べないかと思ったんだけど、丁度その頃ってあたしの記録が途切れてる日があるのね」
「へえ、そんな事あるんだ」
「ええ。なんらかの理由で死亡してしまった場合、自動的に次の身体で目を覚ますけど、そうそうタイミング良く死亡と起動が重なることはないわ」
となると、とみあは苦い顔をする。
「記録に空白の期間が出来上がる。さっき、石はそこに反応したんだと――」
ふと、みあが言葉を切った。
「……何か、声がしない?」
「声?」
霧緒も耳を澄ます。
「――こ、ますか?」
「……うん、なんか聞こえるね」
「聞こえ、ますか?」
「聞こえてるけど……誰だ」
声はすれど姿の見えない。だが、高く響くそれは女性のようだった。
どこかで聞いたような気がする。けれどもこの空間で反響するそれから元の声を当てるのは少々難しかった。
聞こえますか、と問う声は次第に形がはっきりしてくる。
二、三度繰り返されたそれは唐突に途切れ、空間にすい、と切れ目が入った。
鋭利なナイフで切り裂いたようなそこから漏れる紅い光に、四人が一斉に身構える。
「繋がりましたね」
小さな紅い光を片手に灯してその空間に入り込んできたのは。
淡い色のフレアスカートに白のブラウスという出で立ちの女性。随分印象が異なるが、背中に流した黒髪と艶やかな唇、そして何より、その目は見間違うはずもない。
何仙姑、その人だった。