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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
5:Temple of the False God
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SCENE3 - 11

 その一言で視線が跳ね上がった。背筋から尻尾までぴんと伸び、毛が逆立っているのが分かる。でも、それらはすぐに収まり尻尾は力なく欄干へと垂れた。が、視線だけは外せなかった。

 少年は、穏やかに笑っていた。その目に、口元に嘘はないように見えた。


 彼が口にしたのは、かつて自分が残した言葉だ。一緒に居れば居るほど、彼の身に降りかかる危険が恐ろしくて別れを告げた時の。

 あの時自分はどんな顔をしていたのだろう? 分からない。心配で、心細くて、ほっとしたと思う所もあったのだけは覚えている。


「……オマエは、笑えるんだな」

 少なくとも。今、目の前にある表情ではなかった。

「俺は、こんなに、こんなに――」

 悲しいのに。

 言葉が、視線と共に落ちた。


「リンド。僕は、信じてるんだから」

 石畳へ軽く飛び降りる足音がした。

「今から僕が頑張ったら……ちゃんと未来はリンド達に。ううん、僕達に繋がるって。だから……悲しくなんか……な、いんだ」

 すん、と小さく鼻をすする音がした。

 強がってなどいない。そんな訳などないのだ。リンドが気付いて顔を上げた時にはもう、有樹はリンドに背を向けていた。空を、どこか遠くを見上げていた。

「――ユウ」

「あのね、リンド」

 少しだけ掠れた有樹の言葉に、リンドの声が詰まる。

「船で会った人達ね。みんないい人達だよ」

「……そう、か」

「うん。みんなで話してたんだ。頑張って生き延びようって。それで、いつか日本に帰ろう、って。だから……みんなで、頑張るよ。僕、ひとりじゃないから。寂しくなんて、ない。から……っ。だから、さ」

 声が震えていた。


 夜中にうなされては目を覚まし、自分を抱きしめなければ寝付けなかった程の夢が目の前にある。そんな中で、自分をここに残して行っておいでよと背中を押す。

 小さく幼い身体と心で、どれだけの感情を抑えているのか計り知れなかった。俺は一体何をしているのだと思い知らされる。彼の心の強さに、くらくらする。


「……ユウキは、強いな」

「リンドと会えたから、だよ」

「――はは」

 零れたのは、笑い声にも似た鳴き声だった。

「ああ、俺もユウキと会えて強くなった、って胸張って言えるように頑張る。――だから、約束するよ」

 欄干を降りて、有樹の足元にすり寄る。顔は見ない。けれども声は届くよう、近くに。

「俺は、オマエが見た夢を二度と現実になんてしないようにする。そのような可能性、欠片も残さない。オマエが頑張ると言ったんだ。それを無駄になんか絶対しない。その為に頑張ってくる」

「うん……うん。約束、だからね」

「ありがとう――また、会おう」

「うん。また、ね」


 雨がぽつりと、降ってきたような気がした。

 リンドはそっと少年の元を離れる。


 数歩進んで、「そうだ」と足を止めた。

「あのさ」

「なに?」

 二人とも背を向けたまま、言葉を交わす。

「いつかオマエの近くに、俺ととてもよく似た猫が来るかもしれない。どんな姿で現れるのかは分からないが……そいつの事、大切にしてやってくれ。俺より……そうだな、マグロの缶詰二缶分くらいの差で待遇してやってくれ」

「――はは、分かった。日本のお刺身たくさん食べさせたげよう」

「ああ、頼んだ」

 うん。という返事に振り返ると、有樹はリンドの方を見ていた。鼻の頭と耳が赤い。口元は笑っていた。

「必ず、また会えるさ」

「うん、また、会おうね」

 リンドはしばらく彼を見上げ。


「それじゃあ――行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」

 くるりと向きを変えて離れる。今度こそ、そこから立ち去った。


 橋にひとり残った少年は、リンドが駆けていった路地をいつまでも見ていた。

 きゅっと結んだ口が、震える。

「――っ」

 唇を噛み締めて。手を、白くなりそうなほど握りしめて。

 息が喉に詰まっている。それをどう逃がしたら良いかを考えるより先に、涙が出た。

「う……っく」

 慌てて袖で目をこする。空を見上げて、はあ、っと大きく息をつく。肩から力を抜くと、頬から顎へ伝う雫が襟を濡らした。

 だいじょうぶ、と呟いてみたが、言葉にならず歯が鳴った。

「……うぅ」

 拭っても拭っても、涙は止まらない。

「う……ひっく……――う、うわあああん」

 堰を切ったように出た声は、止まらない。


 重い空の下。少年はひとり、声をあげて泣いた。

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