SCENE3 - 4
「リンド」
「何だ」
「考えてることは良く分かる。だが、それはきっと間違ってるぞ」
それは静かな否定だった。
一体何を根拠にそんな事を言うのだ。とリンドの中で苛立ちが募る。
「わ、私は……そんなこと……」
「うん。分かってる」
オロオロと否定するその姿を、司はあっさりと肯定する。
「確かに深堀は鎌を使ってた。『鋭い刃物』としては十分だな。だけどあんな大振りな刃物じゃこんな傷にはならない」
と、ツカサは傷口を指しながら言う。
「ま、この仮定は鎌以外の獲物を使われたらあっという間に崩れるんだけどさ。なんつーか。リンドも分かるだろ? 彼女は見た目からして無害だ」
「え」
「……まぁな」
「えっ!?」
二人のやり取りの間で、霧緒が複雑な顔をする。
「……えっと。私、それは喜んでいいのでしょうか」
「うん」
だとするならば。とリンドは周囲に視線を向ける。
「それならば。一体誰なんだ」
「うん。と、いうわけでさっきの話だ。誰か――うん、別に何か、でも構わない。二人とも、何か見たり会ったりしなかった?」
その問いに「何か、というと」と口を開いたのは霧緒。
「……駅の入り口で襲撃を受けはしましたが。……あの白い異形に似た攻撃で」
斬殺にはなりませんし、何分、攻撃だけで姿は見ていないんです。と困ったような顔をする。一方、険しい顔をしたのはみあの方だった。
霧緒の服の裾を握りしめ、「あたし、見たよ」と震える声だがしっかりと声にした。
「女の人で……、真っ赤に染まった剣を二つ持ってた。うん。間違いないよ」
「そいつらがチチとハハを――!」
「リンド落ち着け。で、そいつについてもっと覚えてる事とかあるか?」
うーん、と小学生に似合わぬ眉の寄せ方をして、みあはぽつりぽつりと口にする。
「殺すのを楽しんでる、っていう感じじゃなくて。なんていうのかな。そうしなきゃいけない、って感じに見えたよ。殺さなきゃ、じゃなくてもっと静かっていうか……襲われたから仕方なく、みたいな」
「襲いかかったから反撃に遇った? そんなことがあるものか!」
あの二人に。優しい笑みを浮かべる夫妻に、人を襲う理由などあるはずがない。
そう訴えるリンドから視線を伏せて、司は軽く首を振る。
「だが、俺にはみあが嘘をついているようには見えない」
「ツカサ!」
瓦礫を越えて、膝をついたままの司に詰め寄る。
「それなら何だ! 二人が、あの二人が。チチとハハが人を襲ったと! お前はそう言うのか!」
「だから落ち着けって。とりあえずこれを見てくれよ」
思わず上げた声にも彼は落ち着き払ったままで、二人の死体を指し示す。
「この辺とか……それからこことか。彼らの切り傷には、多少だが傷が再生した痕がある」
「――っ!?」
鋭利な刃物による断面の淵。司が指し示した箇所は歪に膨れ上がっていた。
よくよく見なければ見落としてしまいそうなそれは言われた通り、傷が急速に再生しようとした痕跡。
「お前なら分かるよな?」
それはオーヴァードの持つ、再生能力。
「《リザレクト》、か?」
「即死っぽいから本当に多少、だけどそうだよな」
それにしても疑問が残る。と司は立ち上がりながらつぶやく。
「少しだけとはいえ、《リザレクト》の痕がある。みあの話から、夫妻は剣を持った女性に襲いかかり、反撃された。この傷はその時の物だろう」
『しかし』
重なった反論と反転に、思わずリンドは口を噤む。
「リンドの話だと、夫妻が自発的に人を襲うという可能性はとても低い」
そうだろ? と、確認を求める視線を肯定して、話の続きを待つ。
「と、いう事は、だ。どういうことだと思う? 深堀サン」
「わ、私ですか!?」
「そ。君」
唐突に話を振られた霧緒は、一瞬視線を彷徨わせたが、すぐにまじめな顔になって「そうですね」と口元に手を当てる。
「その話全てが本当だというのならば。夫妻は自分以外の意思で動いていたことになるかと。そう――例えば誰かに操られていたり、理性を失った暴走状態……ジャームだった、といった感じでしょうか」
「うん。俺も同意見だ。深堀の言う通り、夫妻は操られてた。絶命する程の一撃だし、相手は余程全力だったんだろう。ジャーム化の可能性はあり得るな……」
ぶつぶつと考える司の声を聞きながら、夫妻の傷跡に視線を落とす。
いくら彼らを見つめたところで、今の状況では、これがリザレクトによるものだ、という調査に対する確信以上の物は得られない。
「――解らない。とにかく、上へいこう」
首を振って、視線を外す。
ここに居ては何も解らない。
彼らが絶命するに至った理由も。ユウキの状況も。
真実すらも。
上に行かねば。きっと何も解らない。と一段高い足場へと飛び乗ると同時に「リンド」と小さな声で司が呼んだ。
「用心した方が良さそうだぞ」
色々なモノにな、と言う彼の目は、少しだけ言い辛そうな、何とも言いようのない色をしていた。
「……ユウキの事を言っているのか?」
「それも、あるかもしれないな」
「……」
一瞬だけ動いた視線、潜めた声。そしてその曖昧な返事。
その意図を全て汲み取るのは難しい。
しかしその中には、進めば解る事もあるだろう。
「――上へ、行こう」
「そうだな」
答える司と、頷く二人に背中を向け、もう一段高い足場へと飛び乗った。