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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
5:Temple of the False God
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SCENE3 - 10

 有樹は近くの橋から道行く人々を眺めていた。

 リンドに待てと言われてひとり、おとなしく待っていた。

 

 リンドがその橋に着いた時、有樹は道行く人々を離れた所から見て微笑んでいた。

 けれどもその微笑みがどうにも寂しそうに見えた。

 そして自分は、今から彼へ別れを告げなくてはならない。

 ふと、彼に寄る足が止まりかけた。

 小さく首を横に振り、心を落ち着かせて彼へと近寄る。


「ユウキ」

「――リンド」

 足元近くまできて名を呼ぶと、少年もまた頷くように名を呼んだ。

 そこで二人の言葉は自然と途切れ、視線は道行く人々へと向く。


 賑やかな声がする。

 橋の上には、二人だけだ。


「お祭り、すごかったね」

「そうだな」

「……ここの食べ物は、おいしいかな」

「……ああ、美味いだろうな」


 ぽつり、と会話が落ちては消える。

 このままではいけない。リンドは喉に詰まった話題をなんとか音にする。


「なあ、ユウキ」

「うん?」

「あのな、ユウキも分かってるだろうが……俺達は、面倒な事に巻き込まれたみたいなんだ」

 うん、と少年は頷く。

 あまりにも素直な返事に、リンドは自分の言葉を見失った。

 足元になんて石畳しかないのに、それを探そうと視線が落ちかけたその時。


「ねえ、リンド」

 有樹の声がリンドの視線を上へと引き上げた。

「うん?」

 リンドを見下ろす有樹は、真直ぐな目をしていた。

「世界は、守れそうかな」

 その言葉で、理解した。


 彼は知っている。

 自分がどうしてここに居るのか、かつての飼い猫が何を言いに来たのか。

 そして何をするべきなのか。全部知っている。そういう目をしていた。


「……分かってるんだな」

 うん、と頷く少年にできるだけ近付こうと橋の欄干へ飛び乗る。寄り添うように、けれども微妙に距離を開けて。背筋を伸ばして座ると、少年も欄干へ背を預けて口を開いた。


「夢をね、見てたんだ」

「夢?」


 ああ、このやり取りは覚えている。もう無い未来で。公園で交わしたあの時と同じだ。

 唯一違うのは、有樹の感情だ。

 あんなにも不安そうだった目と声は、今こんなにも穏やかだ。


「そうか。時々うなされていたのは知っていたが……」

「そんな時に目を覚ますと必ずリンドがそばに居てくれたね」

「飼い猫の役目だからな」

「そっか」

 少年は小さく笑う。

「それで、どんな夢、なんだ?」

「うん。リンドがね。僕の眠ってる間に、じゃあな、ってどこかに行く夢」

 それから、と彼は言葉を続ける。

「リンドがどこかに行って、駅で何か大変なことが起こって。それで、みんな――世界中が滅茶苦茶になって。僕はもう死ぬまで家に帰ることができない。そんな夢。だから」

 だからね、と有樹は言葉を繋げ直した。

「船に乗せられた時から、なんとなく分かってたんだ」

「そう……だったのか」

「うん。多分ほかのね、えっと、異邦人、って言われたっけ。その人達と一緒じゃなかったら僕はきっと目も耳も塞いで、これは夢だって信じようとしなかったと思う」

 リンドは清々しく語る少年が見ていられなくて視線を落とした。

「最低だな。俺は……何も気付かなかった」

「仕方ないよ。夢だって僕しか見てないし。リンドに話したこともなかったからね」

 でも、そばに居てくれたのは嬉しかったな。と少年は笑ったようだった。

「夢はね。ちゃんと続きっていうか……少しだけど話があるんだよ」

「続き」

 繰り返すように呟いて視線を上げると、頷いたのか彼の髪が揺れていた。

「僕は小さな島でずっと考えてるんだ。リンド達に何を残そうかって。ノートとか黒板とか、そんなのに難しい文字いっぱい書いて、一生懸命考えてた」

「……」

 僕にはまだよく分かんないけどね、と話す有樹の声は少しだけ前を向いていて、リンドは何も言えなかった。


 それは彼に話した事もない自分の故郷だとも。

 未来で見た浅島博士と呼ばれていた老人の事も。


「それから、色んな人と話をしてたよ。僕以外にも何か残せる人が居るのかもしれない。リンドが知ってる人も居るのかなあ」


 それはきっと、葛城の当主だ。

 百年を知る研究者だ。

 それから。歴史を見つめ記録する者だ。


「ああ……そうだな。色々、会っている」

 有樹は「そっか」と言ってリンドの隣に腰掛けた。

 欄干に座って並ぶ猫と少年。二人で見上げる冬の空は冷え冷えとしていて、日本のそれより重い色をしているように見えた。

「船の中で考えてたんだ。もしあの夢が本当なら。僕がここに居るのは、滅茶苦茶になる未来をどうにかしようって頑張るためだって。これから僕達のやることが、リンドに繋がる。だったらやらなきゃ」

 だって、と有樹は笑う。

「僕は、リンドの飼い主だよ?」

 リンドはその言葉に言葉を失った。何を言えば良いのか、分からなかった。

「リンドがこれからどうするか、分かってるつもりだよ。だから僕は止めない。だって、リンド(かいねこ)の意志を尊重するのが飼い主の役目――でしょ?」

 彼は足を少し揺らす。

「どうしたら良いかなんて今は全然分からないんだけど、大丈夫。僕はひとりじゃ、ないから」

 少年の手が、そっとリンドの頭に触れた。これまで何度もやって来たように、優しく撫でられる。

「はは、あったかいや」

「オマエの手は冷たいな。――なあ、ユウキ」

「なあに?」

「実の所な、俺はオマエに何を言えば良いのか分からないまま来たんだ」

「なにそれ」

 有樹がくすくすと笑う。

「でも、オマエの話を聞いて分かったよ。俺は、謝りに来たんだ」

 それと、と言葉を繋ぐ。

「お願いに」

「お願い?」

 何? と手を離して彼は問う。

 俺は、とリンドは言う。

「俺は、また行かなくちゃいけない。オマエをこの場に置いて、傍を離れなくてはならない」

 ふるりと首を振って、リンドは続ける。


 少年と交わした言葉を、約束を。

 あの時の決意をもう一度口にする。


「俺は、オマエを守りたい。だが。だから、その為にオマエを一人にしなくてはいけない」

「うん」

「だが、俺はユウキを守る為に、傍に居る。姿が見えなくても、ちゃんと守っている、から――」

 言葉が、続かなかった。

 一体どんな顔をして言えば良いのか。有樹は賢い少年だから、何を言っても受け入れるだろう。だからこそ、言葉が続かなかった。


「リンド」

「――何だ?」

「お別れを、しようか」

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