SCENE3 - 9
「――さて」
宿を出たみあはふう、と一息ついた。
「これでできる事は全部できたかしら」
「できたんじゃねえかなあ。少なくとも俺にはもうない」
「私も、他に思い当たる所は無いかな」
うーん、と空を見上げながら考える二人の返事にみあはこくりと頷く。
「じゃ、“彼女”に話が付いていて、桜花さんが生きている。あたし達が運んできた石は二つとも消滅済み。さあ、この場合の未来がどうなるかちょっと照らし合わせてみましょうか」
そうしてみあは、己の内にある百年の記憶を紐解く。自分の知る百年の歴史と、紅月が持っていた歴史。二つを照らし合わせ、その道筋の分岐をピックアップする。
最も大きな分岐はこの時代だ。ここさえ確定する事ができれば、後の道筋に大きな影響は及ぼさない。
大きな結晶は二つ。共に撃破。
ただし、異邦人の中に結晶の影響を受けたものが存在する可能性は残っている。
何仙姑と河野辺司の接触。
異形と石の知識を彼女が得た事で、欧州に残った異形達への対処が可能。
これにより、後に彼女の手足となる勢力が欧州側へ僅かに傾く。
葛城桜花が日本に帰国。
紅月を通じて超人兵士、異形、紅い石に対する危険性と警戒心が根付く。
このバランスにより、後に起きるクーデターでUGN側の勝率は――かなり高い。
「……ん」
何かが引っかかって、みあは照合をやめた。
「どした?」
異変を察知した司がみあを覗き込む。
「いえ。このままだと隕石が落ちる未来に繋がるとは思うの、だけど」
「だけど?」
霧緒が繰り返して問う。
「決定打に欠ける、と言えば良いのかしら。考慮に入れていない何かが――あ」
みあの言葉が途切れた。
その先に居たのは、リンドだった。
何も聞こえていない様子でそわそわと街の方を気にする尻尾が、みあの中でかちりと音を立ててはまった。
――浅島有樹の過去残留。
それによる、カオスガーデンの形成と、残った異邦人や石の対処。
レネゲイドウイルスの研究にも貢献できる。
何仙姑。葛城桜花。浅島有樹。
この三つが揃えば、自分達がかつて居た未来へ繋がるのは確実だ。
「いえ、大丈夫。今のままなら隕石が落ちてくる未来に繋がるわ」
そうね、とみあは未だそわそわしているリンドに視線を向ける。
「リンドが決断してくれれば、だろうけど」
その一言で全員の視線がリンドに向く。
「だってよ、リンド」
「あ――ああ。そう、だな」
話は聞こえていたのだろう。リンドは曖昧に頷いたが、その視線は彷徨っていた。
「分かっている……が、会ってきても、構わないだろうか」
最後に話だけさせて欲しい、とリンドは言う。
「ん、覚悟できてるんなら良いんじゃね?」
司はリンドに手を伸ばし、頭をわしわしと撫でる。
「それでお前のけじめが付くなら俺は止める理由ない」
「分かってる。……それから」
「うん?」
「撫で方がなってない」
不満げな言葉に、司は「はいはいすみませんね」と苦笑いして手を離した。
「そうね。あたし達はその辺で待っといてあげるから行ってらっしゃい」
「うん。行っておいで」
三人の言葉に背中を押されたのかリンドはくるりと背を向けた。
「じゃあ……ちょっと、行ってくる」
そう言うが早いか、小さな影は路地裏へと消えた。