SCENE3 - 8
「……そんな事が、起きるのですか」
呆然としたような、スケールが大きすぎて状況が掴めないのか。桜花は説明をどうにか飲み込もうとしているかのようだった。
「やっぱり、信じられないですか?」
霧緒がそろそろと訊ねる。
未来からやってきて、あなたが死んだら世界が滅ぶ、なんて事言われてそうそう信じられる話じゃないのは分かっていたが、やはり不安だ。
だが、桜花はいいえ、と首を横に振った。
「信じます。あるはずのないこの刀の存在もありますし、私の母か妹がこれを託したなら、それも皆さんが信じられるという証です」
桜花はふわりと微笑み、力強く頷いた。
「私は、皆さんの話を信じます」
「良かったあ……」
はふう、と霧緒が胸に手を当てて安堵の息をつく。
「信じてもらえなかったらどうしようかと思いました……」
「信じてもらえて良かったわ」
みあの声もどこか安心したようだった。
「まあ、これがなかったにしてもちゃんと生きて帰らないと。貴女を待ってる人も居るんだから」
「そうですよ。日本で約束してる方がいらっしゃるんでしょ?」
彼女達の言葉に桜花の頬がさっと赤くなった。
「え、待ってる人といいますか、その。約束といいますか……」
「でも、その人のためにここに来てるんじゃないの?」
「……そうです」
桜花は赤い頬のまま、頷いた。
「祖国の為というのは勿論ですが、少しでも力になれたら……と、申し出ました」
「だから、桜花さんは無事に帰って、その方との約束を果たして――ちゃんと幸せになってくれないとダメですよ?」
はい、と桜花は頷いて笑う。
「本当に、皆さんは不思議な方達ですね」
「あはは……そうかもしれませんね。と、いう訳で桜花さん。後の事は頼みます」
「はい、祖国の未来、必ずや私達の手で貴方達に繋げてみせましょう」
「そうね。きっと一番の難所は越えたはずだけど、あとは貴女達にかかってるわ……必ず、生き残りなさい」
この子のためにも、とみあはぽつりと呟いた。
「――“私”が言うのもなんだけどね」
「まったくだな、“みあ”」
自嘲気味なみあの言葉に、司の声が降ってきた。
ちょっと見上げると、彼は口元だけで笑っていた。特に何か言いたそうとか、そういう訳じゃなさそうだ。ただ単に、みあと桜花の間にある何かを感じ取ったのだろう。言葉にされない以上それが何かは分からない。何もないのかもしれない。
だからみあは、肩をすくめて目を伏せた。
「今のあたしは“書き記す者”よ」
「そうか」
「みあさん」
今の会話が聞こえていたらしい。呼ばれたみあが視線を上げると、桜花がこっちをみて微笑んでいた。
「私は……みあさんが一体どのような方なのかは分かりません」
けれど、と淀みなく彼女は言う。
「貴女が紅月の名を持つのなら。それは紅月の血が貴女に繋がっている証。その繋がりには確かな意味がある」
たとえ、と桜花の言葉は静かに続く。
「それが“貴女”という存在のためであろうとも」
みあがぱちりと瞬きをする。桜花の微笑みはとても穏やかだった。哀れみや慰めではない。その路にあったであろう悲しみはそのまま受け止めた上で、みあの存在をどこまでも肯定する。そんな表情だった。
「どうか、今居る貴女を悔やまないでください」
「――そうね。ありがとう」
霧緒には、ありがとうと答えたみあの微笑みに一瞬だけ寂しそうな翳りが見えた。でも、それは瞬きをするほどの事。見間違いだったかな、と思うほどに穏やかな笑みだった。
「さて、あたし達もそろそろ行きましょうか」
時間もなさそうだし、と彼らは桜花に背を向ける。
「オウカ」
リンドがふと、口を開いた。
「はい?」
「――カオスガーデン。この言葉を覚えておいてくれ」
「カオス……ガーデン」
ぽつりと繰り返す桜花にリンドは頷く。
「きっとオマエ達の力になる」
「それなら」
みあが振り向いて言う。
「異邦人が日本まで帰れる手助けもあると確実じゃないかしら」
「そうだな。オウカ、頼めるか?」
「――はい、分かりました。その言葉も、確かに」
胸に抱くように頷く桜花の言葉に、みあは小さく微笑んだ。
「それじゃあ桜花さん。後は頼んだわ」
「はい。みあさんも……皆さんも、お元気で」
司がそれに頷き、リンドも後に続く。
霧緒が最後にドアへ向かい、もう一度振り返った。
「それでは」
「ええ」
どちらともなく言葉を交わす。
「お元気で」