SCENE3 - 7
動けるという桜花を部屋で休ませ、周囲の瓦礫と怪我人の手当をする。
それから再度集まると、桜花は着物を着替えて添え付けのソファに腰掛けていた。蒼白だった顔色もさっきよりは良い。話も十分にできそうだった。
「少しは落ち着いた?」
みあの声に彼女は「はい」と頷いた。
「皆さん、ありがとうございました。私一人だったら……」
どうなっていた事か、と桜花はほっと一息ついた様子で頭を下げた。
彼女の言う通り、助けに入らず放置していたら全滅していたのは間違いない。
「本当に、お礼の言葉もありません」
「私達はできるだけの事をしただけ、ですから」
頭を上げてください、と霧緒がおろおろと桜花に言葉をかける横で、リンドが司の肩に乗ったまま「これで歴史は変えられただろうか」と呟いたのが聞こえた。司は「さあなあ」と肩をすくめ、その答えを求めるようにみあへと視線を向けてきた。
みあも同様に肩を少しだけ上げて一応の答えとすると、司はふうんと口を少し尖らせて桜花へと視線を戻した。
「ま、これもある意味俺らの都合だし気にしないでくれ。それより、桜花さんは自分の仕事を全うすべきだ」
「ええ。船の手配は出来ていると連絡は受けています」
必ずやあの敵船に送り届けてみせます、と強く頷いた彼女に、みあが片手をひらっと挙げて「ああ、そっちはもう大丈夫よ」と笑った。
「はい?」
ぱちりと目を瞬かせて、首が僅かに傾く。
「そういや説明してなかったな。するヒマもなかったが」
「ですね。まず……船についてはありがとうございました。おかげでとても助かりました」
ぺこりと頭を下げ、それからうーんと悩みながら口を開く。
「それから……。話す事がたくさんあって、一体どこから始めれば良いものか」
「改めて自己紹介、とかかしら?」
「改めて?」
桜花が首を傾げる。
「そ。前は言えなかったこともあるから――と、いう訳で」
みあがスカートの裾をつまんで微笑む。
「紅月みあ。世界の敵を刈り取るモノよ」
「リンド。通りすがりのトラベラーさ」
「河野辺司。えーっと。普通の高校生です」
間。
「おい」
リンドの低い声が響いた。
「何だ今のは。俺達チームワークが悪いみたいに聞こえるじゃないか」
「司が普通だったら日本はおしまいね……」
「待て。なんか酷い事言われてる気がした」
「あら、正直な感想よ?」
「うむ。ミアの言う事はもっともだ」
「ちょっと……あーもう! みんなどうしてそんなにバラバラなんです!? ……というか河野辺さん高校生だったんですか!?」
「……霧ちゃん? 俺を何だと思ってたの」
「え。いや。年上だろうなとは思ってましたが、そこまで考えたことは」
「高校生ですよ。こーこーせー。ふつーの」
「え。えっと……あの……皆さん……?」
桜花の困惑した声で。全員が「あ」と我に返ったように桜花の方を向く。
「す、すみません……」
霧緒が申し訳なさそうに頭を下げると、桜花は「いいんですよ」とくすくす笑った。
「なんだか皆さんの仲の良さを見る事ができた気がします」
「仲の良さ……か」
司がどこか困惑したような、複雑な顔をする。
「ええ。良い事です――それで」
桜花は背筋を正して全員を見渡す。
「今なら言えるお話、と受け取りましたが……私、霧緒さんと数刻前にお話ししましたね?」
その時にお話しいただけなかった事ですか? という桜花の問いに、霧緒は頷く。
「はい。その通りで。今から話す事はちょっと……かなり、信じられないかもしれないですが」
嘘は言いません、と彼女は左手を桜花に差し出し、袖をぐっと引き上げた。
あらわになった彼女の手の甲にあるのは、脈動する紅い結晶。
「……これは?」
「さっきの敵の一部、です。別に桜花さんを襲ったりはしないはず、ですよ」
桜花は不思議そうにその結晶を見ている。
「私達が今ここに居るのは、桜花さんを助けるためです。その敵が」
「先程の……宇宙人、ですか?」
「はい」
霧緒は頷いて袖を戻す。
「私達は、およそ百年後の未来から来ました。この石は私達が居た時代に落ちた隕石の一部です。世界を苗床にして繁殖するために、過去へ飛ばされてきました」
未来、と桜花は繰り返し、それから視線がみあへと向いた。みあはくすりと笑ったものの、何も答えずに目を伏せて続きを促した。
「私達は桜花さんから船を借りて、あの軍艦での目的を果たす事はできました。でも、それだけではダメで――桜花さんを、死なせてしまいまいました」
本人を目の前にそんな事を言うのもおかしいような気がして、少しだけ視線が落ちる。
「死んだ? 私は今こうして話を聞いていますが」
「ええ。実は私達がこの時代に来るのは二度目、なんです。桜花さんがこの地で消息を絶った事で出来上がってしまった未来で、その刀――葛の葉を預かり、戻ってきました」
桜花は言われて、まじまじと葛の葉を眺める。
「この葛の葉が未来の……? そう時間が経っているようには見えないのですが」
「そりゃ霧ちゃんのせいだな」
司が口を挟んだ。
「えっ」
「霧緒さんの?」
「え。あー……、実は何度か力を借りまして。その影響で、ちょっと。詳しい原理とかそういうのは説明が難しくて。あ、でも、壊したりはして……ない、はず。はずですよね?」
「いや、知らないけど」
「どうだったかしらね」
「キリは割と無茶な戦い方をするからな」
「……う、うん。壊してたらすみません」
しゅんと肩を落とした霧緒に桜花は「良いんですよ」とくすくす笑った。
「葛の葉は今ここにありますし、これが使えたという事は、それだけの技量があると認められたのでしょう――ああ」
脱線してしまいました、と桜花は話を戻す。
「それで、未来から再度やってきた貴方達は私を助けに来た。と」
はい、と霧緒が頷くと桜花は軽く首を傾げた。
「それは、何故でしょう? 私がここで命を落とす事で、そこまで大きく変わる歴史とは?」
「桜花さんの任務が無事に終わらず、桜花さんを襲った敵をこの時代に残す事で、世界はさっき見せた石の苗床になってしまうんです」
「そうすると、この世界は紅い石に埋め尽くされる」
みあが霧緒の言葉を拾い、繋ぐ。
「謎の奇病として広がって、いつか世界を食い尽くし、滅ぼすわ」