SCENE3 - 6
私は一体、何をしていたのでしょう。
桜花はぼんやりとした視界を整えようと瞬きをする。
視線が次第に焦点を結ぶ。見えたのは天井。少し頭を動かすと、廊下は酷く壊れていた。
ああ、私は――と、自分が倒れ伏した直前を思い出した。
胸を、氷の槍で貫かれたんだ。心臓が冷たく凍り付き、砕ける感覚が蘇る。胸元にそっと触れる。濡れた感触がある。冷たいが、心臓は動いていた。
「桜花さん」
呼ばれて、傍らに影がある事に気付いた。
「大丈夫ですか?」
黒い影。人だ。赤い洋服に、白い髪。心配そうに、でもどこか安堵の表情で覗き込むその顔は。
「きりお、さん……あれ、どうしてここに……」
身体を起こそうとしたら、胸の奥がきりっと痛んだ。
「っ!」
「身体、痛みますか……?」
「少し……ありがとう、ございます」
咄嗟に支えてくれた手に礼を言いながらなんとか上体を起こす。着物は酷い有様だった。ぼろぼろでこれはもう着れないだろう。ストールもあちこちが破けていたが、破れた箇所を隠す事はできそうだった。
「ところで、霧緒さん達はどうしてここへ?」
忘れ物ですか? と首を傾げて気が付いた。先程と服が違う。何故だろう、と疑問が過ぎる間に、霧緒がきょとんと瞬きをした。が、すぐ我に返ったように「そ、そう。忘れ物で」と困ったように笑った。
うん、忘れ物には違いなかった。と霧緒は桜花に頷いた。
まだ顔色は悪いが、彼女が息を吹き返した事に安堵する。そんな霧緒の隣に、みあがしゃがみ込んできた。
「そう、大事な物忘れちゃって――でも、もう大丈夫そうね」
桜花は不思議そうな顔をしている。一体何を忘れたのか? この状況は、敵は。聞きたい事がきっとたくさんあるだろう。
「あと、桜花さんに、話しておかないといけない事もあって」
話しておかなくてはいけない事、と桜花の口が小さく繰り返したのが見えた。
「それは、この状況に関係のある事ですか?」
「話が早くて助かるわ。ここを襲撃したヤツの正体とか、そんな話ね」
「それはもしかして――」
「おっと。残念ながらナチスじゃないぞ」
心当たりがありそうな言葉に司が否定を挟む。言葉の先を読まれたのが意外だったのか、桜花は続きを飲み込んで彼へと視線を向ける。視線を向けられた本人はというと、全く意に介した様子も無く言葉を続けた。
「いわゆる超人兵士でもなければ、軍隊でもない。たとえ“特殊な気”の耐性があったとしてもそれを無効化するような。そんなのが相手だった」
「超人兵士でも、人でもない……?」
疑問は残る。が、自分が見た状況がそれを確かに物語っていたのは覚えている。
「ならば一体、あれは何なのですか?」
桜花の声は僅かに震えていた。未知の存在を相手としていたのだから無理もない。
「あー……宇宙人……かなあ」
「うちゅう、人……?」
桜花の首が傾いた。その顔は「オカルト話か何かか」と書かれているような不思議そうな表情をしていた。みあも司の発言に「そうね」と苦笑いで頷き、リンドは息をつくように肩をすくめた。
「宇宙人。そう言った方が分かりやすいわね。それから」
と、みあの視線で桜花は初めて己の腕に抱かれた二口の刀に気付いた。
「これは。実家に置いてきた葛の葉ではないですか」
桜花は鞘にそっと触れる。それが本物である事を感じ取ったのか、彼女はみあに不思議そうな目を向ける。
「この刀は私の……葛城の宝です。それが、何故ここに……?」
「預かりものよ。貴女を大切に想う人からの」
「私を……あの」
桜花の視線が一瞬だけ伏せられた。聞いても良いのか、迷っているのだろう。
「いいわよ。今なら答えてあげるわ」
「その、みあさんは、……なんと言えば良いのか。葛城の……、いえ、紅月の一族なのですか?」
みあはその質問に小さく笑って「そうね」と肯定した。
「その答えはYESとしときましょう。あたし――“紅月みあ”は、貴女にとって関わりの深い位置に居るのは間違いないわ」
さて、とみあは立ち上がる。桜花の視線が彼女につられて上がる。
「ここで話を続けても良いのだけど。込み入った話になるし、顔色がまだ悪いわ。もう少し落ち着いてからにしましょう?」