SCENE2 - 3
祭りが始まる。
行き交う人々が仮装し、マスケラを被り、通りはとても賑やかで華やかになる。
「こりゃあ……すごいな」
司が路地で溜息をつく。薄暗い影の中はよく冷える。溜息は白くなって消えていく。
「ここで張ってれば会える、んだよな?」
「ええ。港に着いた船の中に、私達が乗ってきたものがありましたし。この通りがその現場ですから」
大丈夫なはずです、と霧緒が頷いた。
そうして待つ事しばらく。
「――あ、居た」
人混みに紛れた遠くからみあが人影を指す。同時に当時の記録を引きだし、照合する。
それは確かに、あの日ぶつかった男だった。
「マスケラも服装もそのまま。間違いないわ」
「アイツか」
司の肩の上でリンドがふむと呟き、みあを覗き込むように見下ろす。
「で、アイツとはどの辺りで会うんだ?」
「広場から離れるように移動してたから……この辺かしら」
手にした地図をなぞるみあの指を頭に入れたリンドは「分かった」と頷き、するりと地面に降りる。
「それじゃあ、行ってくる。オマエ達は先に宿に戻ってくれて構わない」
言うが早いか、リンドは人の足を縫うようにして雑踏へと紛れていく。小さな身体はすぐに人混みで見えなくなった。
リンドは示された通りがよく見える路地で男が通るのを待つ。地面に近いと靴ばかりで見失ってしまう。かといって高い所だと目立つ。通り過ぎる人々が確認できる高さに場所を取り、毛繕いをしながらその時を待っていた。
人混みを、黒髪と白髪の少女がすり抜けていくのが見えた。
白い仮面をつけた着物姿の少女はオウカ。その後を追うのはキリだ。人と人の隙間から辛うじて見えた赤毛はミアだろう。
あの二人に再会して、オウカと引き合わせられた時の事を思い出し、小さく首を振る。思い出してはいけない物だったと、彼女達に視線を戻す。
桜花が二人から離れるように流れていくその先に、あの男が居た。
霧緒の真横を通り過ぎ、一瞬足を止める。
少しの間をおいて、男は再び人混みの間を流れていく。
リンドは男から目を離さないようにしながら、人混みの脇を進む。日本のように塀でもあれば随分と楽だろうが、場所が違えば文化も異なる。見失わないよう、けれどもできるだけ移動しやすいよう。付かず離れず男を追う。
数区画も進まないうちに、男が僅かに後ろを気にしたのが分かった。
「ミアが気付かれたか」
マスケラで顔も視線も見えないが、間違いないだろう。幼い少女の視線から姿を隠すように人混みを利用しながら男は足早に進んでいく。そうして彼女の視線から完全に姿を消したらしい男は、一瞬だけ足を止め。そのまま石橋を渡り、人の少ない路地へと姿を消す。
リンドもその後を追う。
男の足は迷いなく道を進む。人混みと店先を縫いながら、どこかへと向かっていく。
一体何処へ向かうつもりなのか。後を追うリンドが疑問を抱きかけたその時。
男の気配が再び後ろに――こちら向いた。
それは一瞬だったが、男は確かにリンドを認めた。
「な」
思わず足をぴたりと止めかけた。気付かれた。と直感が告げる。
距離は十分に取っていた。気配も紛れていたはずだ。それなのに何故気付かれた。
リンドの疑問を余所に、男は再び人通りの多い通りへと出る。そして今度は、リンドからの視線を遮るように歩いていく。
これ以上の追跡は不可能だ。先程のみあ同様、撒かれてしまうだろう。
リンドは追跡の足を止め、男が人混みに紛れて姿を消すのを見送った。
彼はどこへ向かったのか。それは分からない。
ミアを撒き、自分の追跡に気付いた男だ。ミアの話によれば、服の下にある紅い石すら見抜くという。
「全く勘のいい奴だ……一体何者なんだ」
踵を返して来た道を戻るリンドの疑問は、人々の雑踏に紛れた。
□ ■ □
「お。リンド」
宿に戻ったリンドを迎えたのは司の声だった。ベッドに腰掛けて読んでいた新聞から目を離し「どうだった?」と問う。
「駄目だった。俺の追跡も気付かれたよ」
「マジか」
「アイツはどうにも勘が鋭いというか……なんだ、振り返りもせずに俺やミアの存在に気付いた。何かあるのかもしれない」
リンドの言葉に「何か、ねえ」と全員が考え込む。
「……ワーディング、みたいなもの、とか?」
霧緒がぽつりと呟く。
「いや、それならもっと分かりやすいし、俺らだってあっちの存在に気付くはずだ。もっとこう……なにか目印になるよう、な」
司の視線が霧緒でぴたりと止まった。
「何ですか?」
「みあと霧ちゃんが初めてあいつに会った時の状況、もっかい教えて」
「えっと……二人はぐれないように手を繋いで。ぶつかったのはみあちゃんだったね」
「ええ。それで、あいつはぶつかったことを謝る時に、あたしと霧ちゃん――というかあたし達の手を確認したわね」
ひらりと手を翻して示したのは、変わらずに脈動する結晶。
「手袋もしてたしコートの袖もあった。服で確かに隠れてたはずなのに。あいつの視線は確かにここで止まったわ」
ふーむ、と司は天井を見上げる。
「みあが気付かれたのは、結晶のせいだろうな……」
リンドはきっと、その警戒の一環で気付かれたのだろう。
「――汝らには“恩”があることも、その理由である」
ぽつりと、みあが呟いた。
「え?」
「ん?」
「ミア。どうした突然」
全員の視線がみあに集まる。みあは難しい顔をしてぶつぶつと考えていた。
「覚えてるわよね。一度倒したバルトがあたし達に言った言葉。訳するとさっきみたいな言葉になるわね」
つまりよ、と彼女は難しい顔のまま続ける。
「石を見せていないにも関わらず、バルトはあたし達が石の持ち主であることに気付いていた。あの男も、同じだとしたら……?」
「石の気配を察知する事が出来る、という事か?」
「あー……末利も似た事言ってたっけ? 結晶が活性化状態になると、近くに居る他の結晶も活性化しだす、とかなんとか……」
つーことはだ、と司が枕を抱き寄せて言う。
「大きな力を持つ石は、他の石の存在を察知、影響を与える事ができる……?」
「力を持つからこそ、他の石を持つ人が分かるのかも知れませんよ」
「うん、霧ちゃんの案も可能性はあるな……ともかく、だ。どっちかは判断できないけど。あの時のみあは石を持ってたせいで気付かれた可能性が高い」
「待ってください」
霧緒が声をあげた。
「その話が確かだとすると……その男もまた石を持っていた、という事に」
「なるだろうね」
あっさりと司は頷いた。
「で。そうすると話がひとつに繋がる物があるな?」
「オウカ……か」
リンドの呟きに司が「そのとーり」と親指を立てる。
「あの時の宿の状況。あれは渋谷駅で使われた物と同じ、強力なワーディングが使われている。という事は、桜花さんが襲われた時に異形が使われた可能性がある」
「そうですね。私もそう思います」
頷く霧緒に、そうすると? と司は問う。
「桜花さんを襲った相手は……紅い石を持っている」
「ご名答。世の中偶然が三つ揃えば確信になるってもんだ。ひとつ、強い力を持つ石は他の石の存在に気付く事ができる。ふたつ、桜花さんを襲った相手は異形を扱う事ができる。みっつ、その相手は、紅い結晶を持っている。それで、霧ちゃんの答えに辿り着ける。リンドの石がバルトなら、駅で俺らをガン見してたあの目があの男の石、って所かな」
「成程……。色々と話が見えてきたな」
リンドが司の隣にぽふんと飛び乗る。
「つまり、オウカを守る事が出来れば、歴史を変える二重の策とやらも挫く事が出来る」
「そういうことになるわね」
みあも頷く。
「と、いう訳で、だ。俺達が次に動くべきは、“俺達”がアイゼンオルカに殴り込みに行った日」
それまではちょっくら体力温存といこう。
そう言って司は枕を抱きしめたまま仰向けにベッドに倒れ込んだ。
――あれ? 俺達?
司は一瞬だけその言葉に違和感を覚えた。
が、そのままベッドの柔らかさに意識を埋もれさせた。