SCENE2 - 2
「霧ちゃん思い出したの?」
まだどこか眠そうな眼の司が、トーストに目玉焼きを乗せてかぶりつく。
「はい。といっても、私はあんまり覚えがないのですが……」
頷く霧緒の目が、みあへと向く。
「みあちゃんが見た人じゃないかな、って。ほら。お祭りの時にさ、みあちゃんが追いかけた人居たでしょ?」
みあは少しだけ目を閉じて「ああ、居たわね」と頷いた。
「はにふぉいふ」
「……河野辺さん。何言ってるのか分かりません」
霧緒の溜息混じりの声に、司はこくこくと頷いてコーヒーを流し込んだ。
「ん。で、なにそいつ」
「さあ。追いかけてはみたけれど途中で見失っちゃったからそれ以上は分からないわ」
でも、とみあはパンをちぎる。
「服の上からでも結晶の位置が分かるような奴よ」
きっとろくな存在じゃないわね、とちぎったパンが口へと放り込まれた。
「そいつに会ったのはいつだ?」
ミルクの皿から顔を上げてリンドが問う。
「――祭りの何日目かは分からないけど、リンドと再会するより少し前ね。あたし達が到着してそう経ってない頃」
「ふうん。よし、リンド。出番だぞ」
「何がだ」
ぐっと親指を立てる司に、リンドの冷ややかな視線が刺さる。
「何って、その男の追跡に決まってるじゃん」
司はさらりと言葉を返す。
「祭り、雑踏、隠密行動。こんな小さいみあが失敗してるんだ。どう見てもお前が適任だろう?」
「……まあ、妥当な判断ではあるが。ツカサはいつでも唐突すぎる」
はあ、と溜息をついてリンドは首を横に振る。
「いや、以前もこのような事があったな。あの時はミアだったか」
「あったかしら」
「ああ」
いつの事だったか、と思い返すような事はしない。ただリンドはうむと頷いた。
「分かった。異論は無い。その役目、引き受けよう」
あとで詳しい事を教えてくれ、とリンドはミルクに舌を伸ばした。
□ ■ □
到着した水の都は、祭りの準備で活気づいていた。
いくら黄昏の時代とは言え、祭りは祭りだ。多少の自重はあるだろうが、浮かれるのも無理はない。
「時期としては……あと数日、ってところかあ」
はあ、と白い息を吐きながら司が街を見回す。
祭りの準備と日常が混ざり合った通りを歩く三人。リンドは司の肩の上で尻尾をぱたりぱたりと縦に揺らす。
「本当はここでちょいと観光――なんていきたい所だが、そうも言ってられないのが悲しいねえ」
「まあまあ、いつか旅行で来れば良いのではないですか?」
霧緒の言葉に司は「そうね」と答える。
「しっかし寒いよな……もっと暖かい時期に来たい」
「それならそうすれば良いじゃない」
みあが通りを進みながらあっさりと言う。司は「ごもっともで」と呟いた。
「ここら辺があたしがその男とぶつかった場所。それから――」
と、道の先を小さな指で指し示す。
「あっちの方に行ったから、霧ちゃんに桜花さんを任せて追いかけた」
「ふむ」
でも、すぐに見失ったわ、とみあは言う。
「どのような奴だったかは覚えているか?」
「ええ。祭りの日はみんな仮装してるから見つけにくいかもしれないけれど」
と前置きをして、みあは男の特徴を簡単に話す。
マスケラの形、背の高さ。コートをはじめとした服装。
「あとは……当日見つけるのが一番ね」
「そうか。ならば当日まで待つしかないな」
そうね、とみあは頷く。
「それまであたし達ができることは――宿の確保と、情報の整理かしらね」
「情報?」
霧緒が首を傾げる。
「そ、あたし達が動くべき日までに気をつけなくちゃいけないことがいくつかある」
ぴ、とみあの人差し指が伸びる。
「ひとつは、もう一人のあたし達と出会わないこと。できれば引き籠もるか変装が望ましいかしら」
「東洋人を泊めてる宿は珍しい……だっけか」
司が思い出すように呟く。
「そうね。特に司は分かりやすいわ。ちょっと髪染めたりコンタクトとかしてみたら?」
「いや待て。俺はそんな事しなくても外見くらいならどうにかなる。それよりみあだろ」
「あら。あたし?」
みあは髪をちょっとつまんで自分の姿を確かめる。
「……そうかしら」
まあ、いいわ。と、続けて中指。
「それから、アイゼンオルカの同行を見守ること。――あ、手を出してはダメね」
「何故だ?」
リンドが首を傾げると、みあは彼を見上げて「当然でしょ」と口を曲げた。
「あっちはもう一人のあたし達に任せるの。その方が体力も温存できるし、あたし達も裏で動きやすい」
「ふむ」
なるほどな、とリンドは頷いた。
「まあ、それはそれでやることもないでしょうし……あとはゆっくり体力温存と装備の確認、とかかしらねえ」
「とりあえず宿だ。話はそこからだろ」
なんか冷えてきたし、という司の声にみあと霧緒も頷きあい、宿探しに繰り出した。