SCENE1 - 5
出港を間近にした巨大なガレアス船から離れて見つけた三人は、テーブルに向かい合って何かを話し合っていた。
足音に気付いたのか、灰色の猫が耳を動かしてこちらを見る。
「遅かったな」
「あ。おかえりなさい」
「ちゃんと無事に帰ってきたわね」
気付いた三人は司へ視線を向けて、それぞれの出迎えを口にする。
「んー。これでも早かった方だと思うし、無事で済まなかったとしても、あの船に取り残されるのだけは勘弁な。で、何してるの?」
テーブルを覗き込むと、そこには欧州の地図が描かれていた。それから、ドイツの北西部とイタリアの北部に赤い丸が付けられている。
イタリアの印が示すのはヴェネツィア。ドイツはブレーメン……ではない。海辺に近い、港。地図には「Wilhelmshaven」という町の名前が記されていた。
「ヴィルヘルムスハーフェン……なるほど。これが現在地?」
ドイツに付けられた印を指で軽く叩くと、リンドが「うむ」と頷いた。
「しかも、俺達が飛ばされてくるより二週間も早い」
「二週間」
思わず繰り返すと、うん、と全員が頷いた。
「まあ、あたし達がヴェネツィアへ移動する時間を考えると丁度良いのかもしれないわ」
交通手段にも地理にも詳しくないし、そんなすぐに着かないでしょ。と、みあは地図の印を指で辿る。
ドイツの港町からイタリア北部へ。
ドイツとイタリアの間に位置するのは、スイス、リヒテンシュタイン、オーストリア。一番近いのはオーストリアを経由する道だろうか? いや、どうだっけな。地図を見ながら司は考る。この時代の欧州情勢をざっと振り返り、安全かつ最短で行ける道を探す。
「うーん、この頃だと……スイス、かなあ」
「スイス、ですか?」
首を傾げる霧緒に頷いて、地図に指を置く。
「うん。中立だから少しはマシかなって。あと、この時期のオーストリアは大変なんだよ。もうちょい後だったらなんとかなるかもしれないけど、今はドイツと一触即発だ。その上異邦人が現れたら監視の眼は厳しくなるのは必至だし、それまでの間に超えられる方がいいな」
「ふむ。時間はあるから問題ないだろう」
リンドが地図に前足を乗せて頷く。
「避けられる疑いは避けた方が良い。俺はツカサの案に賛成だ」
「そうね。そうと決まれば……準備しましょう。今日はとりあえずここで一泊。司とリンドは宿を探してきて頂戴。霧ちゃんはあたしと買い出し。明日、用意が調い次第出発ね」
みあがてきぱきと指示をしながら地図をばさばさと片付け始める。
「おー。やる気だな、みあ」
「どれだけかかるかも分からないし、行動は早い方が良いもの。あ。交通機関が使えるならその手配もお願い。無理なら後で宿にする街を探さなきゃ」
「おーけい」
リンドもみあに頷くように、司の肩へするりとのぼる。
「うわ。リンド……毛皮暖かいのに、肉球冷たすぎ」
「毛皮とか言うな」
ぴたり、と肉球が司の頬に押し当てられると、司は小さく悲鳴をあげた。
「……さ、霧ちゃん。漫才コンビは置いといて行きましょう」
「う、うん……では、また後で」
「おー。また後で」
そうして二手に分かれ、旅の準備に取りかかる。
「はてさて、うまくあいつらの裏をかけるといいねえ……」
司は重い雲が立ちこめる冬の空に、そんな事を呟いた。