SCENE1 - 4
「ところで何仙姑さん」
「はい」
「もし、貴女がその“タンポポの種”に出会ったらどうしますか?」
「“それら”に人類とその歴史が侵されるのは本意ではありませんから、相応の対応を」
さらりと躊躇もなく彼女はそう答えた。
なんとも予想通りの答えで、司は苦笑いする。
「そうですか。……安心しました」
何仙姑の視線が少しだけ不思議そうに細められる。
「いや、ここまで話しておいてなんですが、貴女が人類の終焉を望んでいたらどうしようかと思いました」
何仙姑は溜息をつくように目を閉じて茶器に口をつけた。
「殊更に人類全体の行く末について思う所はありませんよ」
「そうですか」
ええ、と頷く彼女に、司は心の中で一息つく。
さて。これで話すべき事は全て話しただろう。
あと、気になる事といえば……。と、司は何仙姑へ視線を向ける。
「なんでしょう?」
視線に混じる疑問をすぐに察知し、彼女は茶器から口を離す。
「いやあ、とっても失礼な事を聞いてしまうのですが」
「はい」
ある意味これが、今一番気になる事ではある。機会があるなら使わなくてはならない。
「年齢。おいくつですか?」
彼女は少しだけ司をじっと見た。そして、すぐに唇を吊り上げて艶然とした笑みを浮かべる。
「――いくつに見えますか?」
質問に動じるどころかこの笑顔。そして質問を質問で返してくる、この大変困る対応。
そうだ。この反応だ。思わずくつくつと笑いが零れた。
「そうですね……十代から二十代、でしょうか」
「それなら、その位なのでしょう」
食えない回答まできた。つくづく、この何とも言いようのないやり取りは「似ている」と実感する。
「そうですか。いや、申し訳ありません。私の居た世界に“とても良く似た人”が居たもので」
つい気になってしまいました、と笑うと、彼女もそうですか、と静かな笑みを返してきた。
注がれた茶がなくなる頃。
ごうん、と船が振動したのが伝わってきた。
「おっと。もしかして出港が近い?」
「そうですね」
何仙姑は手にしていた銀時計の蓋を開く。瞳にまつげの影が落ち、瞬きをひとつ。
「間もなく出港予定時刻です」
「それじゃ、俺はこの辺で失礼します。お茶、ごちそうさまでした」
何仙姑は席を立つ司に「ええ」と頷いた。
「それでは。お邪魔しました」
そう言ってドアノブに手をかけた司の背中に、何仙姑の声がかかった。
「――ところで」
ぴたりと手の動きが止まる。振り返るより先に、彼女の言葉が静かに投げられる。
「私からもひとつ」
「はい」
なんだろう、と思わず背筋を意識して振り返る。
彼女もまた椅子を離れ、テーブルの傍らに立っていた。
「貴方がここへ辿り着くまでに、いくつもの困難があった事でしょう。それでも貴方はこうして私に話をしてくれました。そして先程の問い。貴方にも何か理由があると推測します」
彼女の視線が、司の眼を真直ぐに射る。
「貴方は私に期待する事があるのでしょう? ――それは、何ですか?」
「期待――すること」
視線を落として問いを繰り返し、黙考する。
自分は一体何を期待して、彼女にこの話をするに至ったのか。
何仙姑が上司である事の確認。違う。
未来における自分の救出。違う。
異形や結晶に対する知識の共有。違う。
未来における対策。これも違う。
いや、どれもある意味合っているのかもしれないが。そうじゃない。
じゃあ、自分は一体彼女に何を期待してここへとやってきたのか。
必要と信じるあらゆる物を使い、正しいと信じるすべてを信じて。
何の為に、彼女へ会いに。話しにきたのか。
――。
「そうですね。こういうのは非常に変な言い方になりますが――」
口元に当てた手を下ろし、何仙姑へと視線を上げる。
自分がこの女性に期待する事。
「そう、例えば百年の時を経てなお、貴女が正しく貴女である事を――期待します」
しばしの沈黙。
そして彼女は、その言葉に応えるように微笑んだ。
「良いでしょう。河野辺司。貴方の名、覚えましたよ」
「――ありがとうございます」
司が深く礼をすると、彼女は「さあ」と声で外を示した。
「そろそろ船が出ます。他にご用がなければお行きなさい」
「はい。――それでは、失礼致します」
ごく自然に、そんな言葉が出た。
そうして、微笑む何仙姑に見送られ、司は船を後にした。