SCENE1 - 3
案内されたのは、あの時と同じ部屋だった。
朱色を基調とした内装。
部屋の隅にあるベッド。その隣にある鏡台には、小さな香炉と髪を結うための道具。
中央に添えられているのは小さな丸テーブルに、数脚の椅子
暖かな明かりが満ちるその部屋で、彼女はあの時と同じように席を勧めた。
「――それで、貴方とは未来でお会いする、と?」
湯気のたつお茶を前に、彼女はそんな言葉で話を再開した。
「そうです。そこで初対面となります。――で、私はそこで貴女に助けられました」
何仙姑は司の言葉を受け取り、僅かながらに首を傾げた。
「何故でしょう」
「正直、分かりません」
真直ぐな答えだった。理由は分からない。だが、何仙姑の視線は揺らがない。
「貴女は独房に突然現れて私を連れ出し、この部屋で話をしました。私が名乗るより先に名前を知っていて。脱出用のメモまで用意してありました。あまりに用意が整っている」
だから、と言葉を繋ぐ。
不思議だった。
独房に突然やってきた事も。
名前を呼ばれた事も。
あのメモも。
だが、これなら全て繋がる。
「私はこう考えました。貴女のような人が、独房に捕まって連日尋問を受けているただの日本人に興味がわくのか? 正直そこは分かりません。でも、現に私は貴女に助けられました。それは――貴女が私を助けたのは、過去に私と会った事があるからではないか。過去に私が、そう頼んだのではないか。……もしそうでなくても、今ここでお願いすれば、未来の私は貴女に助けられる可能性が高くなる。なので、こうして時間を遡ってお願いしに参った訳です」
「なるほど」
何仙姑は司の言葉を受け止めて、頷いた。
「それが今である、と。未来に出会う貴方の救出依頼。……それが。私に接触した目的ですか?」
そう問いかける声は穏やかだが、目は決してそうではなかった。この人はどこまでも底が知れない、と司は心の底で思う。この感覚は、嫌という程感じてきた物と同じだった。
「これも理由のひとつですが――。もう一つ聞きたい事があります」
「どのような事でしょう?」
何仙姑はどこまでも静かに話を受け止める。
どの程度話せば良いだろうか。司はそうですねと相槌を打ちながら思案する。この時代に余計な情報を残しすぎるのは良くない。それは変わらないはずだ。
だが、この人には話すべき事は多いだろう。
頭の中で手早く情報をまとめて、話を切り出す。
「私がこうして時間を行き来する羽目になった、この世界を蝕む“寄生虫”についてです。それについての、推論や意見を伺いたいのです」
「それは一体、どういう物ですか?」
「そうですね……私が見た物は“白い異形”であったり、“紅い水晶”のような形をしていました」
何仙姑は司が示した単語について少しだけ考える素振りをしたが、静かに首を横に振った。
「……残念ですが。私は貴方の仰る存在についての知識を持ちません」
何仙姑は静かにそう答えた。
予想通りの答え。この時はまだ、どちらも存在していないはずだ。実物を見せられたら良いが、自分の結晶はもうない。未だに保持してるみあも霧緒も船の外で、見せる事は叶わない。
ですが、と何仙姑の言葉が続く。
「生態や性質についてもう少しお話いただければ、それらのありようについて推測はできます」
「ならば、説明致します。事の発端は私が居た時代、百年後の未来です」
そうして司は何仙姑に語る。
百年後。日本の首都、東京に隕石が落ちた事。
その隕石が紅い結晶と白い異形を生み出し、過去へと飛ばされた事。
それによって変えられた未来の事。
その性質から“タンポポの種”と呼ばれていた事。
研究所で得た、紅い結晶の性質と目的。
世界を結晶で埋め尽くそうとしている事。
その為に、歴史の改変を繰り返すだろうという事。
そしてその結晶は、近いうちにこの時代へやってくるという事。
推測や推察も交えて、自分が得た情報を何仙姑へと話す。
「恐らく彼らは歴史の改変を繰り返す事で、この世界全てを自分達の“生殖地”にしようと企んでいます。以上が、私が今お話しできる全てです。――突拍子もない上に、絵空事のような話で申し訳ありません」
そんな言葉で話を閉じると、何仙姑は黙って何かを考えているようだった。
「……なるほど。では、その“タンポポの種”について簡単ではありますが私の推測を」
そうして何仙姑は、言葉を続けた。
「まず、紅い結晶と白い異形。“それら”は地球の外から来た存在でしょう」
「そうですね。私もそう思います。どちらも隕石の落下地点に居ました。そこから発生したと考えるのが自然です」
ええ、と彼女は頷く。
「そして、“それら”は単体で存在する事が難しい。基本的に、寄生する事で初めて存在しうる程度……地球上では弱い生命体と思われます。逆に言えば。寄生抜きで自律している個体は大変危険、とも言えます」
なるほど、と司は小さく相槌を打つ。レネゲイドウイルスも同じような物だろう。人や物に感染する事でその存在を維持する事ができる。もし、ウイルス単体が自律するような、そんなのが存在したら――。うん。考えるのはやめよう。
なんだか寒くなった気がした背中に考えを止めて、何仙姑の言葉の続きを待つ。
「寄生する事で存在できるもの。それ故に、寄生無しに自律できる個体が強力というのは、“それら”に限った話ではありません。いつから存在するのかは分かりませんが、似たような存在もあります。ですが、“それら”は地球上で自然発生した物ではない。つまり、地球上のどの存在とも相容れない可能性が高いと推測されます」
「相容れない可能性……」
その言葉は紅月も言っていた。結晶に憑かれた人間は、俺達の代わりに結晶が居るようなものだと。と、いうことは。という言葉と共に、みあと紅月の姿が浮かぶ。
「その、似た存在というのは……もしかして“書き記す者”、とかですか?」
何仙姑はその問いに少しだけ目を伏せた。
「その名を耳にした事はあります。“書き記す者”は恐らくそのような存在の一人なのだろうと、私は思っています」
何仙姑の予想は、自分達がこれまでに手に入れた情報の確認に近い物だった。
「なるほど……ありがとうございます。もし会う事があれば、ですが。“それら”は強大な力を使いますので気をつけてください」
「ええ」
例えに出した「もし」ではあったが、実際それが起こった場合どうなるのだろう。
そんな疑問がよぎった。
彼女が自分の持つイメージと一致するのであれば。自分のプランを阻害する可能性を持つ相手には、相応の対応をするだろう。そうでなければ、自分の知る未来はない。
さて、実際のところは?