ENDING
周囲に倒れている、もう一人の“自分達”。
その中でまだなんとか息を繋いでいるのは紅月一人だった。
「……負けた……か」
途切れ途切れの息の中、紅月がぽつりと呟いた。
司は黙って紅月を見つめている。
リンドも足元に寄り添い、じっと彼を見ていた。
「なあ、司」
「何だ?」
紅月は天井を見上げたまま、問う。
「お前の世界は、どんなだ?」
ぱき、と小さく亀裂の入る音が声に混じる。
「……どんな、か」
そうだな、と目を細めてみる。
「レネゲイドに侵された、ただそれだけの世界だ」
答えは簡潔だった。
本当に、それだけ。
でもな、と言葉が続いた。
「そこには、俺には眩しすぎるほどの日常が、詰まっていて――」
何を言おうとしたのか。そんなの考えない。
少しだけ空いた間に、自嘲気味に笑って。
「そして俺は、それを求め、壊す役割だ」
そう言ってやった。
紅月はそれを聞いて目を細めたようだったが、顔の半分以上が紅い結晶に覆われたそれは、ぱき、という小さな音を立てただけだった。
「――霧緒」
「は、はい……」
「あんたは……どうだ」
霧緒はえっと、と呟いてぎゅっと傘と刀を抱きしめた。
少しだけ俯いて、えと、ともう一度口にする。
喉に引っかかるようなその声を飲み込んで、彼女は顔を上げた。
「そうですね……脆くて、危なくて。でも」
優しい所、です。と何かを堪えるように答えた。
その後ろでは、みあの歌が続いている。
全てを包み込むような声で。優しい世界を紡ぐように歌い続けている。
紅月の身体はもう、殆ど動かせないらしい。首を動かそうとしたが、出来ずに息をつく。
見下ろす司には、視線だけがリンドの方を向いたのが見えた。
「……リンド、は」
どうだ、と同じ問いを投げかける。
リンドは尻尾の先を小さく動かしながら「そうだな」と目を細めた。
「……ただ俺達の居場所があるだけで、余りこの世界と変わらない」
リンドの答えに紅月は小さく笑ったようにも見えた。
そして、最後にみあへと視線を動かす。
だが、何も口にしなかった。
みあはただ、歌い続ける。
人の営みを。日常を。思いを。
高く低く、ただ歌い続ける。
みあに、歌を止める気配はなかった。
問われたとしても、止める事はないだろう。
それは紅月も理解しているようで、その歌にただじっと聞き入る。
どれくらいそうしていたか。
もう殆ど動かせないように見えた紅月の腕が、ぴくりと動いた。
その指先も既に紅い結晶となっていて、曲げようとすると脆くひび割れる音がした。
それでも彼は、震えながらもゆっくりとその手を動かし。自分の右目に触れた。
呼吸をひとつ。
そして、その指先を右目に埋め――紅い結晶を抉り出した。
「――必ず、守れ」
紅月は、崩れる指先で、紅く濡れた結晶を放り投げる。
それは誰かの手に届く前に紅い輝きとなって周囲を包む。
「二度とこの世界を――産ませるな」
そんな言葉を最後に。
ぷつん、と周囲の景色は途切れた。