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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
1:Sudden Impact
16/202

SCENE3 - 2

「ふぎゃっ」

「ごふぅっ」

「きゃんっ」

「え……わ、ごめんなさ……!」


 陥没した地面から遥か下。

 相変わらずコンクリートの瓦礫が形作る薄暗い空間に盛大な声と物音が上がる。

 最後に着地したのは、あの帽子の子らしい、と背中の衝撃と声を聞きながら、他人事のように司は思った。

 背中の重量感も転がるようにして離れた所で、ようやく身体を起こすと、ワンピースの少女が足下――さっき勢い余って踏ん付けたリンドに駆け寄る所だった。

 最初の。顔面への一撃が効いたのか、猫はへなり、と力なく横たわっている。

「わ、わ……猫さんごめんなさい!」

「……所謂猫踏んじゃった、って感じ?」

 少女がおろおろと猫を抱き上げる様子に、思わずそんな感想を漏らす。

 抱かれたリンドは、ぐったりとした顔でため息をついた後、ちらりと恨みがましそうな視線を司の方へ向け。

「ツカサ……許さんからな……」

 なんて、期待を裏切らない声で恨んできた。

 まあ、一番に踏んだの俺だもんね。と、司はそれを素直に受け止める。

「悪ぃ、リンド。マグロ増やすから許せ」

 何の気もないやり取りだったが、リンドを抱いた少女が目を丸くした。

「わ。猫さん喋れるの?」

 その言葉に一瞬だけ、リンドがしまったと言わんばかりの顔をしたが、すぐにそれを仕舞い込み「まぁな」とどこか素っ気ない返事をする。

「すごいね!」

 抱いた猫に笑顔を向けてひたすらに感心するその顔は、どう見ても子供だ。無邪気とも言えるその反応に、リンドはくすぐったそうな顔をして、少しだけ顔を背けた。

 アレは彼なりの照れなのかもしれないな、という感想と共に立ち上がると、「怪我はない?」という声がした。

 司と少女の間に立った声の主は、黒い帽子の彼女だ。ついさっきまで振り回していた大きな鎌はもうなく、代わりのように若草色の古風な番傘が抱かれていた。

 彼女の声に答えたのは、少女の方。

「あ。はい。全然痛くありません。お兄さんもお姉さんも猫さんも、助けてくれてありがとうございました」

 そう言って、彼女がぺこりとお辞儀をすると、血で黒く固まった髪が軽く揺れる。

 それはさっきまでの堂々とした姿が似合わない程に、どこまでも年相応の振舞いだ。

 黒帽子の少女が、微笑ましいものを見たように口元を緩ませる。

「あのままでは危なかった……、と思うしね」

「おー。何せ助けろって最初に言われたしな」

 少しばかり和んだ空気に、司も軽く笑って答える。

「子供を助けるのは当然だ」

 腕の中で、リンドも当たり前の事のように言う。

 さて、皆の無事が分かって場も和んだ。となると。と司は次の話題を口にする。

「ところでさ……キミたち、誰?」

 リンドはわかるが、残りの二人は全くの初対面。

 出会ってから此処までではっきりと分かったのはたった二つ。


 二人の性別と、オーヴァードであること。

 それだけだ。


 少なくともここから脱出するまで、お互いの名前くらいは把握しておきたい。

 背後の大きなコンクリ塊に背を預けながら二人を伺うと、忘れ物を思い出したような顔をしていた。

 さっきの白いヤツに必死で、お互い名乗っていない事も忘れていたらしい。

「あぁ……助けてもらったのに名前も言わないでごめんなさい。あたし、紅月みあって言います」

 そういってワンピースの小学生――みあはにっこりと笑う。

「リンド、だ。ミア、そろそろ下ろしてくれて大丈夫だ」

 言うが早いか、リンドは彼女の腕から軽く飛び降りて司の背後にあるコンクリート塊へと駆ける。

 猫を腕から手放したみあは少しだけ名残惜しそうにリンドを見送ったが、司の横に座り込んだ姿を見届け、そのまま視線を司へとずらす。

 それは、「あなた達は?」という視線での問いかけ。

「俺は河野辺司な」

「深堀霧緒、です」

 丁寧なお辞儀と共に最後の一人が名乗り、「それにしても」と、どこか落ち着いた声で言葉を続けた。

 なんだろう、と向けた司の視界で、帽子から覗く白い髪が揺れた。

「こんなに壊滅的な状況で――無事な方が居て、よかった」

 軽く伏せた目から表情は読めないが、声からどこか安心したような雰囲気を感じる。

「? お姉さんは、最初からここに居たんじゃないの?」

 首を傾げて問いかけるみあに、霧緒はえぇ、と頷いた。

「私、ここには救助の為にきたんです」

「救助?」

 思わずその単語を繰り返した司を彼女はちらりと見上げ、頷いた。

「ってことは」

 その続きを読み取ったのか、彼女は「はい」と肯定する。

「UGNです」

「……」

「?」

 その首の傾きは「どうかしました?」って所だろうか。その視線をそっと躱してリンドに視線を送ると、猫は何とも言いようのない顔をして、視線を返してきた。

「……う、うーん。困ったぞリンド」

 リンドに届く程度に、そんな言葉を込めた溜息を漏らす。

「俺は困らんがな」

 返ってきたのは素っ気ない声。まさに猫。我関せずの態度は流石だ。

 だが、家からここまでの付き合いがあったおかげか、司が――自分達がFHだとバラすつもりはないらしい。

 猫は三日経ったら恩を忘れるというけれど、三日以内なら仲間の情も有効のようだ。

 猫すげぇ、と全く別の所に感心するが、現状はそれどころじゃない。

「そうだよな……お前は困らないよな」

 そう呟きながら、表に出せないため息を心の底でつくと、一瞬視界に入ったみあの目が、真っ直ぐに司を見ていた。

 なんというか。何かを検分するかのような視線。

 それは一瞬だったが、気のせい、と片付けてしまえない程に鋭かった。

 もしかしたら彼女は、自分が彼女と異なる組織――FHであるということに気付いたのかもしれない。が、司にとっては目の前のUGNにバレる方が、リスクは高い。

 別に組織にこだわりがある訳じゃないけど、彼女がそうかは分からない。

 余計な争いの芽は、見せない方がいいだろう。

「……えっと。よろしくおねがいします?」

「あ。はいっ。よろしくお願いしますね」

 そんな曖昧な返事には、にこりとした笑顔が返ってきた。

 この笑顔でこの返事――と、司は一瞬だけ眉をひそめた。

 彼女はここに居る全員が救助対象であると思い込んでいる気がする。もしかしたら、それに気を回すだけの余裕が実はない状況だったりするのだろうか。

 とはいえ。物事を遂行するには平穏が一番だ。と一人で結論を出すと、リンドがいつの間にか左側に回ってきていた。育ちのいい猫のように、背筋を伸ばした姿勢で霧緒に挨拶をする。

「よろしくな、キリ。この通り喋ったりするがまあ、気にしないでくれ」

「いや、それは気になるだろ常識的に考えて」

「まあ、常識としては気になる所ですが……了解しました」

 すげぇ神経だ。

 前知識もなしにそんな事信じられるのかよ。

 その表情は、表に出ていたらしい。霧緒はそんな司を見て、口元を緩める。

「世界はとても広いですから――何が起きるかも、何が居るかも分かりません。それに、レネゲイドの影響だって計り知れません。居てもおかしくないとは思いますよ?」

「マジか」

「えぇ」

 彼女がなんて事ないように頷き、そうかと適当に納得をする。と、遠くで、何かが崩れるような音が聞こえた。

 音の方向に、全員が思わず視線を向け、多少和んだような、そうでなかったような空気に緊張感が戻る。

「そういえば……ここは地下、なのか?」

 ずいぶんと落ちてきたようだけど、と横に積みあがっていた瓦礫を見上げて深さを測る。

 上を見上げればぽっかりと開いた穴。大きく開いたそれも、登り直すには遠い。

「だろうな。随分と落ちた感じはした」

「ふぅむ。となると、ここは差し詰め、地下構内ってところか……?」

 ぐるりと見渡す。

 相変わらず、相変わらず固く冷たい塊が転がるだけの空間。瓦礫と死体があちこちに落ちているが、地下は全壊を免れたのか、建物だった形跡がなんとか見受けられた。

 上空からの光で周囲はそれなりに明るいが、奥へと続く空間にその光は届かず、ただ黒い口を開けている。

 上空から届くのは光ばかりではなかった。

 世界を普段の色から切り離すような感覚。ワーディング。

 さっきの白い異形が発生源ではなかったらしく、ワーディングも未だに解かれていない。

 状況がさっきとほとんど変わっていない、というのは歓迎できたものじゃなかった。

「ツカサ」

「ん?」

 なんだリンド、と言葉の先を促す。

「俺は周囲を回ってくる。まだワーディングも解かれていないようだしな」

 すくりと立ち上がって、猫はそう答えた。

 確かに、このワーディングが解かれていないのは今一番の問題だ。

 なにせ、この一件の原因に、まだ出会っていない、という事になる。

 それは自分の任務には全く関係ないと言ってしまえばそれまでだし、どちらかと言えば隣のUGNの管轄だろう。だが、この猫はその原因を気にしている。

 司だって、気にならない訳ではない。しかしそれ以上に猫を止める理由なんて、彼にはなかった。

「んー。俺も一緒にいくぜ? 気になるし」

 そう言うと、リンドはふるりと首を横に振る。

「ツカサはここに居て、お嬢さん達を守っていてくれないか?」

「……うーん」

 その提案に思わず唸る。

 さっきの戦いぶりとか見るに、俺が守るより先にしっかり自衛すると思うよ? なんて過ぎるがそうじゃなくて。

「連れて行った方がいいんじゃないか?」

「そうか?」

 腑に落ちなさそうに問い返したリンドに、一つ頷く。

「お前一人で行動させて何かあったら困るし、俺達だってずっと此処に居る訳にもいかない。いつ崩れて道が無くなるか分からないからな。道があるなら今のうちだ」

 そう言いながらポケットに突っ込んだ司の指に、預かった端末が触れた。

 猫はふぅむ、と唸ってヒゲを撫でる。

「そうだな。――二人とも、この先も何があるか分からないが、大丈夫か?」

 リンドの問いかけに、二人は迷いもなく頷く。

「うん、大丈夫だよ」

「そうだね……分散するよりはいいかも」

「そうそう。分散すると危険だしな。うん。――じゃぁこれで決定だ。リンド、先導を頼むぜ?」

 うむ、という声が聞こえるが早いか、くるりと背中を向けたリンドは、背丈より大きな瓦礫へと飛び乗った。

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