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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
4:Riptide Laboratory
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CLIMAX - 11

「……もう、俺だけ、か」

 周囲に倒れ伏した仲間達を一瞥して、紅月がぽつりと呟いた。

「ああ、お前だけだな」

 応える司の声に、紅月が少しだけ目を伏せたのが見えた。

「そうか――多分、これが俺の最後の歌になる……だろうな」


 そう言う彼の声に、感情の色はなかった。

 ただ零れたその言葉に自覚があったのかはわからない。

 だが、そこに何らかの覚悟を垣間見た霧緒は、そっとヘッドホンに指を添えた。


「さあ――」

 いくぞ、と紅月が静かに息を吸う。

委ね埋(Der mir so)もれた(kratig)砂も(widerstand)ろとも(,Die Zeit) 新たな(wird Herr,)傷痕として(der Greis)此処に(hier liegt)記そう(im Sand.)

 紅月の、その仲間達の悲しみ、希望、絶望。全てを内包したようなその歌声は、部屋を満たそうと風に乗り、部屋を紅く照らす。

針が無(Die Uhr)くなるそ(steht)の刻に(still)――」

 紅く輝く空気の中に渦巻くものを誰もが感じた瞬間。


「さぁ、お眠りなさい」

 澄んだみあの声が届いた。


 耳に届いたその音を逃がさないように、霧緒は咄嗟にヘッドホンを外し、自分の後ろへと放り投げる。

 黒いヘッドホンは胸の内ポケットからコードを引きずり出しながら空中へ舞う。

 端子の先を踊らせて飛び出し、ぴたりと空中に静止したそれに――銀色の瞳が開いた。


 きぃん、と小さな音が響き、みあの声と共鳴して霧緒の背後に空間を作り出す。

「その音、私より後ろに……届かせなどいたしません――!」

 そうして紅月の歌声を一身に受け止めた霧緒に、異形によって運命を狂わされた人々の嘆きが染み込んでくる。


「――っ!」

 ぐらり、と霧緒の視界が、意識が浸蝕される。

 無数の声が囁き、語りかける色に。重みに。意識が耐えられない。

 酷い痛みと共に眩む感覚に、自身が朽ち果てる錯覚を覚える。

 喉の奥からどうしようもなく込み上げる物を声にすらできず。霧緒はその場に崩れ落ちた。

 

「――一人か」

 その声に応えるように紅月の目の前へ飛び出したのは司だった。

「ああ、一人だな!」

 駆け寄り、地面を蹴り上げ、空中でグレネードランチャーを構える。

「だからお前もいい加減――倒れ、ろ。よ!」

 紅月の視線が向いたその瞬間、そのまま銃口を顔面へ叩き付けて、引き金を引く。

 顔面ゼロ距離で砲弾を放たれた紅月の身体は、顔面から鮮血と紅い輝きを撒き散らしながら吹き飛ばされ、人形のように地面へと落ちる。


 司も銃弾が発射された反動を利用し、距離をとって着地する。

 吹き飛ばされて、仰向けに倒れた紅月から目を離しはしない。

 司の体内ではウイルスがざわついて、引き金にかけた指を今にも引きそうだ。

 それでも狙いだけを定めて司は紅月の反応を待つ。

 それが今の最善手だ。


「――はッ」

 紅月の口から、声が漏れた。

「は、ははははは!」

 やっぱりか、と司は舌打ちと同時に引き金を引く。

 だがそれは、紅月の哄笑に粉砕された。

「司ァッ! みあ! 俺は! 俺はまだ! 生きているぞ!」

 笑いながら起き上がるその顔面の半分は、人外の紅い輝きに覆われていた。

「紅月……」

 みあの固い呟きが落ちる。


 これはもう――いや、とっくの昔にどうしようもなかったのだ。


「もう、終わりにしましょう……」

 そうしてみあの小さな呼吸音がした。

 幼いけれども、伸びやかな声が響く。


 紅月の紅い輝きを押さえるように。

 彼のどうしようもない絶望を眠らせる為に。


「眠りなさい。果てない絶望(ゆめ)の棺は此処に――」

「――ぐ」

 紅月の喉から苦悶の音がする。ぼろぼろと指先が崩れ、紅く煌めき落ちていく。

時 (Zum Au)よ 止(genblicke ) ま( düft' ich) れ( sagen:)―― お (Verweile)前 は(doch,) 美 (du bist)し い(so schoen!)」」


 崩れる指先をきらきらと輝かせ、紅月は歌う。

 出せる限りの声で。

 自分の命すらも削るように。

 彼は、歌う。


 そして。そんな彼の胸元を斬り裂くように飛んできたのは――水の刃だった。


「な――」

 紅月の目が揺れ、すぐさまその刃の主――リンドを睨み付ける。

「まだ……立ち上がるか……!」

「ああ、猫は執念深いんだ」

 オマエもその執念はすぐ横で見てきただろう? とリンドは冷ややかに問いかける。

「オマエ達に罪があるとは思っていない。俺達は、オマエ達の分も背負って生きていく。それ位しかしようがないが、許してくれ」

「は――!」


 リンドの言葉を笑おうと、したのだろう。

 だが、それは叶わない。紅月の膝ががくりと崩れ落ちた。


 顔面の半分を覆う仮面のような結晶に、亀裂が入る。

「ああああああああ!」

 紅月の絶叫が響き渡る。それはもう歌ではない。無様なまでに怨嗟を込めた、ただの叫びだった。

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