CLIMAX - 11
「……もう、俺だけ、か」
周囲に倒れ伏した仲間達を一瞥して、紅月がぽつりと呟いた。
「ああ、お前だけだな」
応える司の声に、紅月が少しだけ目を伏せたのが見えた。
「そうか――多分、これが俺の最後の歌になる……だろうな」
そう言う彼の声に、感情の色はなかった。
ただ零れたその言葉に自覚があったのかはわからない。
だが、そこに何らかの覚悟を垣間見た霧緒は、そっとヘッドホンに指を添えた。
「さあ――」
いくぞ、と紅月が静かに息を吸う。
「委ね埋もれた砂もろとも 新たな傷痕として此処に記そう」
紅月の、その仲間達の悲しみ、希望、絶望。全てを内包したようなその歌声は、部屋を満たそうと風に乗り、部屋を紅く照らす。
「針が無くなるその刻に――」
紅く輝く空気の中に渦巻くものを誰もが感じた瞬間。
「さぁ、お眠りなさい」
澄んだみあの声が届いた。
耳に届いたその音を逃がさないように、霧緒は咄嗟にヘッドホンを外し、自分の後ろへと放り投げる。
黒いヘッドホンは胸の内ポケットからコードを引きずり出しながら空中へ舞う。
端子の先を踊らせて飛び出し、ぴたりと空中に静止したそれに――銀色の瞳が開いた。
きぃん、と小さな音が響き、みあの声と共鳴して霧緒の背後に空間を作り出す。
「その音、私より後ろに……届かせなどいたしません――!」
そうして紅月の歌声を一身に受け止めた霧緒に、異形によって運命を狂わされた人々の嘆きが染み込んでくる。
「――っ!」
ぐらり、と霧緒の視界が、意識が浸蝕される。
無数の声が囁き、語りかける色に。重みに。意識が耐えられない。
酷い痛みと共に眩む感覚に、自身が朽ち果てる錯覚を覚える。
喉の奥からどうしようもなく込み上げる物を声にすらできず。霧緒はその場に崩れ落ちた。
「――一人か」
その声に応えるように紅月の目の前へ飛び出したのは司だった。
「ああ、一人だな!」
駆け寄り、地面を蹴り上げ、空中でグレネードランチャーを構える。
「だからお前もいい加減――倒れ、ろ。よ!」
紅月の視線が向いたその瞬間、そのまま銃口を顔面へ叩き付けて、引き金を引く。
顔面ゼロ距離で砲弾を放たれた紅月の身体は、顔面から鮮血と紅い輝きを撒き散らしながら吹き飛ばされ、人形のように地面へと落ちる。
司も銃弾が発射された反動を利用し、距離をとって着地する。
吹き飛ばされて、仰向けに倒れた紅月から目を離しはしない。
司の体内ではウイルスがざわついて、引き金にかけた指を今にも引きそうだ。
それでも狙いだけを定めて司は紅月の反応を待つ。
それが今の最善手だ。
「――はッ」
紅月の口から、声が漏れた。
「は、ははははは!」
やっぱりか、と司は舌打ちと同時に引き金を引く。
だがそれは、紅月の哄笑に粉砕された。
「司ァッ! みあ! 俺は! 俺はまだ! 生きているぞ!」
笑いながら起き上がるその顔面の半分は、人外の紅い輝きに覆われていた。
「紅月……」
みあの固い呟きが落ちる。
これはもう――いや、とっくの昔にどうしようもなかったのだ。
「もう、終わりにしましょう……」
そうしてみあの小さな呼吸音がした。
幼いけれども、伸びやかな声が響く。
紅月の紅い輝きを押さえるように。
彼のどうしようもない絶望を眠らせる為に。
「眠りなさい。果てない絶望の棺は此処に――」
「――ぐ」
紅月の喉から苦悶の音がする。ぼろぼろと指先が崩れ、紅く煌めき落ちていく。
「時 よ 止 ま れ―― お 前 は 美 し い」」
崩れる指先をきらきらと輝かせ、紅月は歌う。
出せる限りの声で。
自分の命すらも削るように。
彼は、歌う。
そして。そんな彼の胸元を斬り裂くように飛んできたのは――水の刃だった。
「な――」
紅月の目が揺れ、すぐさまその刃の主――リンドを睨み付ける。
「まだ……立ち上がるか……!」
「ああ、猫は執念深いんだ」
オマエもその執念はすぐ横で見てきただろう? とリンドは冷ややかに問いかける。
「オマエ達に罪があるとは思っていない。俺達は、オマエ達の分も背負って生きていく。それ位しかしようがないが、許してくれ」
「は――!」
リンドの言葉を笑おうと、したのだろう。
だが、それは叶わない。紅月の膝ががくりと崩れ落ちた。
顔面の半分を覆う仮面のような結晶に、亀裂が入る。
「ああああああああ!」
紅月の絶叫が響き渡る。それはもう歌ではない。無様なまでに怨嗟を込めた、ただの叫びだった。