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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
4:Riptide Laboratory
157/202

CLIMAX - 10

 みあは目を閉じて呼吸を整える短い間に、記録から言葉を拾い上げる。

 体内で沸き立つウイルスが、いつも以上に活発になる。生成される薬物が体内を満たし、身体が淡い光に包まれる。


(うつつ)に流れる(とき)は瞬き」


 彼女の周りを渦巻く風が、淡い光が、音を拾い上げて部屋中に広がる。

 優しく。ゆっくりと蝕むように。

 それは、時を紡ぐ為の歌。


時 の(leeren) 女 王 が(Augenblick)   作 り し(, Der Arme) 怨 嗟 を (wuscht ihn)、 空 洞 な(festzu) 刹 那 を(halten.)



 紅月もまた、瞳を紅く輝かせて高らかに歌う。

 以前出会った時のような掠れた声ではない。遠くまで響く、ノイズのない声。

 それもまた、時を紡ぎたいが為の歌。


 みあのまつげが揺れ、静かに開いたその瞳は薬物によって紅に染まっていた。

「――されど夢幻は永遠に」

 声が、響く。部屋中に吹く風に。染み込む歌に。紅月の声が途切れる。

 膝ががくりと崩れそうになるが、倒れはしない。

 痛む頭を押さえるようにして、みあの歌声に耐える。


「……まだだ」

 絞るような声がした。

「まだ、あんた達には聞かせてない」

 なあリンド。と小さく呼ぶ声に、“リンド”も「無論だ」と頷いた。

「俺達はまだまだ先に進める」

「ああ、そうだな」

 ぎらりと、紅月の目が一際紅く光る。

「あいつらの絶望を。意地でも持っていってもらうぞ――!」


 そうして響かせようとしたその声は――無音だった。


「――!」

 その原因を瞬時に理解した紅月が睨み付ける先に居るのは、霧緒だった。

 片手をヘッドホンに添えて紅月を見据えるその眼に、紅月の奥歯が鳴った。

「その程度で、この歌が終わると思うな……!」

「ええ勿論。――この程度の足止めで終わってくれるなど、思っていません」

 霧緒の口調は静かだが、みあはその声が僅かに震えているのを感じた。


 時間を止め、重力で音を押し潰す。バロールの奥の手とも言える能力だが、慣れない使い方。そして、彼女はもう立っているもやっとだ。

 そんな限界に近い彼女の、強がりにも近い返答は、紅月の気を引く為のもの。


 霧緒の後ろでランチャーを肩に担いだ司の指が、そっと引き金を引いた。

 霧緒を掠めて飛んでいく弾は、そのまま紅月も通り越し――更にその後ろに居る猫へと迫る。

「――は、その程度の物!」

 と、弾は鋭利な刃で切り裂かれる。

「その程度……ねえ」

 にやりと笑う司。立て続けに装填し、引かれる引き金。

 弾は“リンド”が刃で切り裂き、飛んで避けては虚しく地面で爆発する。


「さて、そろそろかな」

 そう呟いて放たれた一発。

 “リンド”はそれもまたひらりと躱した――が、その着地点へ降り注ぐ銃弾。

 それは、“リンド”自身が斬り裂いた銃弾の欠片達。


 司が狙ったのは、その欠片達が降り注ぐ一点。これまでの銃弾は全てその為の誘導。

 “リンド”がそれに気付いた時はもう遅く。

 着弾した銃弾と、欠片と化した火薬の誘爆にくるくると吹き飛ばされた。


「――この」

 猫特有の身軽さで壁を利用して着地したものの、その身体は傷だらけだった。

 目はぎらつき、呼吸も荒い。

「流石猫。身軽だな」

「猫だと思って甘く見ると――痛い目を見るぞ」

 司の軽口に、爪が床を削る音が混じる。

 飛んできた水の刃を避けながら、司も銃弾を撃ち込む。

「そうだな。引っかかれないように気をつけないとな!」


 紅月の身体からも、紅い光が零れる。

 それは水の刃に反射し、ちらちらと光っては周囲の空気に溶け込んでいく。

 歌で弾かれた水滴で再構成した刃を、みあの歌声に乗せるように走らせる。司の銃弾の間を縫うように、もう一人の自分へと、刃を向ける。


「そのような(なまくら)で――」

 “リンド”は身軽に刃と銃弾の雨を避けていく。

 先程のように、司の計算に乗る事はしないが、その分傷が増えていく。血が点々と散る。

 リンドの刃を相殺し、司の銃弾を打ち落とす。

 部屋中の温度がこれまでにない速度で下がっていき。生み出される刃は、僅かな振動で氷と化すまでになった。

 小さな破片と、これまで以上の鋭利さと速度をもった攻撃に、リンドの刃が打ち砕かれる。


「くっ……」

 リンドは襲ってくる氷を避けるが、地面で弾けた破片がその身体を貫く。

 部屋中を満たすほどの冷気がリンドの操る空気と混じり合い、氷の粒を撒き散らす。

 司が打ち砕き、霧緒が弾いた氷も散弾と化し、細かな傷を負わせていく。

 リンドも、攻撃の手は緩めない。

 丸くなりそうな身体を震わせ、自分の周囲の空気を少しずつ有利な空気へと塗り替えていく。吐く息が白くなりそうだが、僅かながらに氷の数が減ってくる。

 そうしている内に、水の刃が“リンド”の足元を掬う。


「っ!」

 爪が折れ、血が飛ぶが、それは“リンド”の攻撃に何の支障もきたさない。

「この程度で!」

 吼える“リンド”の一声で、周囲の水が一気に凍る。

「――これでも、まだ言うか?」

 挑発するかのような“リンド”の声に。


「そんな乱れた空気を撒き散らして言う台詞では無いな」

 リンドは軽く飛び上がり、とっ、と一つの氷に触れる。


 ひとつ、またひとつと氷の刃を避け、足場として。

 身体を。知覚を。加速させて距離を一気に詰める。。

 今や氷の刃はリンドにとってただの足場に過ぎない。リンドの脚が触れ、離れた氷は地に落ちて砕け散る。領域に入り込んだ氷の刃は弧を描き、“リンド”へと舞い戻る。


 それはリンドを狙って飛ばされる氷とぶつかり合い、澄んだ音と共に砕け落ちる。

 自分の領域が押されているのを感じた“リンド”が、じり、と下がる。だが、リンドから決して目を離す事はしない。舞い戻り、砕ける刃を避け、氷を足場に距離を詰めてくる自分へ狙いを定め、攻撃を繰り出す。

 次の足場。その次は――。

 だが、その集中が“リンド”に死角を生み出す。


「――!」

 ざくり、と“リンド”の身体に銃弾で打ち砕かれた氷の欠片が突き刺さる。

 ぐらりとバランスが崩れたその隙を逃しはしない。距離を詰めたリンドは残った領域の主導権を奪い取り、“リンド”へ水と氷の刃を降らせる。

 切り裂かれ、空中に舞いあがる小さな身体は受け身をとる事すらままならず、濡れた水面を滑って壁へと激突する。

「くそ……糞、糞、糞!」

 立ち上がる事も出来ないまま、“リンド”は目の前に着地した青い目へと叫ぶ。

「どうして……オマエばかりが……!」

「オマエの境遇は解ってる心算だ。もし俺がオマエでもそうしたかもしれない。――だが、どうしても譲れない事があるのさ」

 オマエにも解るだろう? とリンドの目が問いかける。

「ああ……解る。解るさ」

 だから、と“リンド”の目がぎらりと光る。

「この絶望位は――持っていけ!」


 “リンド”の姿がぶれたように見えた瞬間、リンドの目の前に“リンド”が迫る。

 赤いものが混じる液体をありったけの力で刃の形にし、体当たりをするようにリンドへと襲いかかる。

 リンドの首に深々と“リンド”の爪が刺さり、身体を刃が斬り裂く。


「……オマエ、しぶといな」

「……オマエもな」


 そのか細い声が、最期の言葉だった。

 そうか、同じか。と自分の声も形になったかどうかはわからない。

 この赤い目の猫は、どうしようもなく。本当にどうしようもなく、(リンド)だったんだな。ともう動かぬ猫にリンドは苦笑し――意識が暗転した。

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