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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
4:Riptide Laboratory
156/202

CLIMAX - 9

 がきん! と堅い金属の音を響かせて打ち合う霧緒は、飛んでくる水の刃も銃弾も。歌声も弾き、斬り裂き、お互いの次の一手を読み、受け止め、反撃を繰り返す。

 狙う位置が異なるのか。振るわれては重なる刃が、読みと異なる方向へ弾かれる。


 それは、向こうも同じ事らしい。

 彼女の目に、焦りと疑問の色がよぎる。だが、“霧緒”の動きにはまだ余裕が見える。消耗は霧緒の方が僅かに上回っていた。

 だが――ここで自分が倒れる訳にはいかない。

 霧緒は足元に力を込め、彼女がこれまで狙ってきた軌道と同じように刃を滑らせる。

 それは“霧緒”の腕に食い込み、骨を捕らえる感触を伝える。

「――っ!」


 その一撃に“霧緒”が腕を引こうとしたその瞬間。

 水の刃が彼女の背後から胸を貫いた。


「あ――」

 その声はどちらが発したものか。

 霧緒の頬を。胸を。彼女の血が濡らす。

 からん、と手から滑り落ちた鎌の音。

 もう身体の修復も間に合わないほどに傷ついた身体は、ずしゃりと水溜まりに崩れ落ちた。流れる血は止まる事なく、どんどんと濃度を増して、水よりも血を濃くしていく。

「姉、さ……ん」


 目の前に倒れ伏し、動かなくなった白髪の少女に、霧緒はただ視線だけを向ける。

 霧緒は何も言わない。言えない。彼女に言うべき言葉を、持ってはいなかった。

 持っていたのはひとつの疑問。


 道を違えた彼女は姉に、何を言いたかったのだろう?

 問いかけることはしない。答えを得たとしても、どうしようもない事だと分かっているから。


「――」

 彼女の口が、小さく動いた。

 それが何だったのか。答えだったのか。希望だったのか。

 それはもう、誰にも分からない事。

 顔を覆う白髪に、動かない指に。霧緒の膝から力が抜けそうになる。

 もう立っているのがやっとかもしれないと解るほどに、彼女の身体も傷つき、消耗していた。


「ったく……」

 司はぼそりと毒づき、もう一人の自分が放つ銃弾を打ち落としていた。


 お互いがお互いの思考を読み合い、打ち合う。

 それを外したパターンを。

 更に外したパターンを。

 相手が思いつかないであろう方法を。

 弾道を逸らし、跳弾すらも利用し。

 飛んでくる水の刃を。足元に散らばる薬莢を。

 敵味方、この部屋全ての動きを把握し、弾き出す。


 お互いが全てをきっちりと読み合う攻防戦。


 腕を狙えば、足を狙う。

 心臓を狙えば、頭を狙う。

 時折ずれる動きすらも組み込んで、次の。次の。更に次の動きを予測する。

 二つのマガジンがリロードされる音と、銃声が重なる。

 終わりの見えない読み合いに、脳が焼き切れそうな感覚を覚える。


 そこに割り入ってきた――計算外。

 誰かが水溜まりに崩れ落ちた音。

 その音が、お互いの思考に一瞬だけノイズを走らせる。


 そしてその一瞬を取り戻す速度が。二人の違いとなった。


 司の銃弾が、“司”の耳元を掠める。

 それを避けたその足首に――水の刃が突き刺さる。

 足を取られた“司”が膝をつく。

 その身体は銃弾と水の刃で傷つき、動きを。思考を。生命を一気に削り落とす。

「く、そ……なんで、だ」

 喉の奥から絞るような、苦悶の声。

 血と水で濡れた身体はあちこちが斬り裂かれ、銃を持つ腕は骨だけで繋がっているような状態だった。それでも、彼は少し離れた所に立つ司を睨み付け、動く方の手で銃口を向ける。

「なんで、勝てない……!」


 叫ぶ声が、銃声と重なる。

 銃弾が、司の頬に傷を付ける。

 頬に流れる血を黙って拭って彼に返すのは、興味の失せた視線だけだ。


 銃弾はもう飛んでこない。

 一度だけ、引き金を引く。


 崩れ落ち、銃を伏せるように置かれた手。その身体は着弾に一度だけ跳ねたが、それきり動きはしなかった。


 勝利は当然の結果だった。負ける気なんてこれっぽっちもなかった。

 だから、ここで何か一言でも言葉をかけてしまえば、その縁は腐っても落ちる事なく付いて回るような気がして。言葉をかける気すら、失せていた。

 同時に、なんだか腕の力が少しだけ抜けたような。何かが軽くなったような気もしていた。


 耳障りだったあの声も。いちいち癇に障る物言いも。見ていて苛立たしい表情も。

 もう二度と見る事はない。聞く事もない。

 ああ。と、司は銃口を向けたまま何となく思った。


 動かなくなったこいつを目の前にして、安心したんだ。


 こいつが、この世界の“河野辺司”が。嫌い――いや、そんな言葉じゃ物足りない。死ぬほど。殺したいほど嫌いだったんだ。勿論二度と会いたくない。

 この世界に生まれ育った“自分”等、死ぬまで見たくない。

 ならば。この世界を二度と作るような事はしない。そうだ。それがいい。


 そんな事をひとりぼんやり頷いてると、みあの声がした。

「――ま、自分ではなく、他人に成り代わろうなんて奴が勝てるはずがないのよね」

 そんな、溜息交じりの声に司が視線を向けると、立ち上がったみあが服の埃をぱたぱたとはたいていた。

 銃弾での致命傷を防ぐ替わりにボロボロになったコートを脱ぎ捨てるみあに、司は言う。

「まあそうだけど……しっかし、それを口にするとか辛辣だな。みあ」

「そう? 当然の言葉だと思うけど」

 軽く首を傾げて答えるみあの目に宿る色を見て、司は「そうだな」とだけ答えた。

「よし、それじゃあ――」

 と、司は残った紅月と“リンド”の位置を確かめる。


 距離。残っているであろう攻撃手段。体力。

 少しでも勝率を上げる為に必要なものを。言葉を。渦巻く感情を。

 世界を理不尽に改竄されたと解っているのに、元凶には手を出せない憤りを。

 それでもなお自分である事を貫き、世界もろとも消えるという選択に至る覚悟を。

 それらを瞬時に読み取り、この世界で手に入れた情報全てと照合し――算出する。


「みあ」

 にやりと笑って銃を構え。伝える。

 狂気にも似た“記録”の信仰者へ。その信仰を、介錯せんとする者へ。

 たった一言。それだけで良い。


「あいつらのトラウマを抉るように――歌ってやれ」

「おうけい」


 ぐ、と親指を立てて応えた彼女が息を吸うと同時に、司も銃口を定めた。

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