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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
4:Riptide Laboratory
155/202

CLIMAX - 8

全 て の 楽 は(Ihn satigt) 飽 き も せ ず (keine Lust)(,) 案 ず る(ihm gnut) 暇 無 き 福 が(kein Gluk)――」

「時よ止まれ 眠れぬ夜を迎える為に――」

 紅月とみあの歌声が混ざり合い、空間の空気を変容させる。

 二人とも、お互いの感情を音に変え、ウイルスの活性化が伝播していく。

 互いの歌声は、互いを打ち消すように、取り込むように混ざり合って音と空気を作り上げていく。

 銃声も、空気中を斬り裂き奔る水の音も、響く重力と、鎌の音も。全てを織り込み、紡ぎ上げていく。


 そこに。

 みあの歌詞が途切れた一瞬、リンドは“リンド”の目が光ったのを見た。

 それは誰よりも強く獲物を狙い、射貫く色。


「――!」

 危ない、伏せろ。と叫ぼうとした声を、“リンド”の視線が封じる。

 その瞳が作り出すのは、歌声も、銃声も。全ての音が消えたような、静寂の世界。

 断続的に生み出し、放たれる刃が“リンド”の作り出した世界を埋め尽くす――が、その中でふわりと動いたのは、白く長い髪だった。


 がり、と、鎌が地面を削る音が静寂の世界に響く。

 “リンド”の世界が崩れるのは、それだけで十分だった。


 腹部を押さえたままの霧緒が、片手で鎌を振りかざすと、空間を飛び交う水の刃が全て彼女へと軌道を変える。

「キリ!」

 叫ぶ声に、彼女の視線が髪から垣間見えた。


 穏やかに見えたそれに言葉はなく、すぐに迫る水の刃を鎌で切り裂き、重力で弾き、水滴へと変えていく。それでも対処しきれない刃は彼女の身体を容赦なく抉る。

 彼女を濡らす水滴に、血液が混じる。頬を切った水は白い髪を赤く濡らす。

 水なのか、血液なのか分からなくなりそうな液体をぽたぽたと垂らしても。彼女はその場に崩れる事はしない。

 足下に広がる血の量は、水で薄められてるとは言え、少なくはない。それなのに彼女はふらつく足で立ち続けていた。

 守る、という彼女の言葉がその背中に見えた。


 出血が酷いと訴えるように、霧緒の身体が頭を眩ませる。

 暗転しかけたその意識を、痛みを思い出す事で取り戻すと、その目の前には水の刃と共に懐へ飛び込んできた白い髪があった。

 髪から覗くその目は、身体を斬り裂く水のように冷たく、何の言葉も持ちはしなかった。


 視線が絡む。

 同時に感じる風圧と、視界のに迫る刃。


「――っ!」

 咄嗟に柄の強度を高めてその鎌を受け止める。が、鎌の勢いは殺せても乗せられた斥力までは受け止められない。

 あっけなく吹っ飛ばされた霧緒は、咄嗟にその勢いを重力操作で相殺し、壁間際になんとか着地をする。

「……随分と、離れてしまいましたが」

 ぐい、と汚れた口元を袖で拭い、両手で鎌の柄を握る。

「黙って飛ばされたりなど――いたしません!」

 着地したその勢いを利用して、力を反対側へ作用させ。さっきまで自分が居た場所に立つ“霧緒”の元へ数歩で迫る。


 あと一歩。

 鎌を振り抜いた“霧緒”の目が、霧緒を捉える。

 鎌を振り上げた霧緒を見ても、その瞳に焦りはない。

 そこに違和感を覚えた瞬間。

 銃声と同時にきぃん! と刃を銃弾が弾く音がした。


 思わぬ方向からの力に、手元が僅かに揺らぐ。

「!?」

 焦ったその隙に、白い髪の少女二人の間へと割り込んで来る背中。

 ぶつかりそうになったその足を慌ててて止めると、肩越しに目が合った。


 その瞳は――違う!

 そう認識するも、もう遅い。


 “司”の口が残念でした、と吊り上がる。

「――さて。こっから先は、遠慮してもらおう」

 そう言いながらくるりと振り返った“司”の銃口は、霧緒とは大きく外れた方向へと向けられる。

 その動きに、思わず視線をとられる。


 引かれた引き金の先に居たのは、歌い続けるみあ。

「針よ動け 落ちる砂が生み出す刹那を記す為に――」

 フレーズが途切れたその隙間を狙うように、みあの身体に銃弾が撃ち込まれる。


「みあちゃ――」

 霧緒の声より早く。銃弾を撃ち込まれた小さく軽いその身体は、受け身をとることすらできずにあっけなく転がされる。


 みあに視線すら投げることなく、的確に打ち込まれる銃弾。

 霧緒から目を離さないのは、警戒の現れか。

 ぐっと口を結び、“司”の目をもう一度だけ見て、霧緒は口を開いた。

「――貴方、お兄さんを放っておいて良いんですか?」

 “司”が答えようとしたのか、引き金を引いて止まった一瞬、リンドの放った水の刃が“司”の腕を掠めた。


 傷は浅い。だが、隙を作るには十分。

 霧緒はそのまま獲物を横に薙ぐ。

 刃は“司”の脇腹に軽々と埋まり、そこから斜め上へと斬り上げられる。だが、その刃は傷を付けるのが目的ではない。

 彼の視線が、腹部に迫る刃を向く。そして瞬時に、直後に自分の身体がどうなるかを知る。その一瞬を見逃す事なく、斥力で思いっきり殴りつける。

「――な……っ」

 殴り飛ばされる彼の背中が刃にある返しで斬り裂かれ、地面を滑るように転がされる――が、彼はそのまま受け身をとり、膝をつくにとどまった。


「私は貴方のお兄さんではありませんが。――相手、間違ってますよ?」

「いいや」

 僅かなふらつきを見せながらも立ち上がる。傷口は見えないが、その出血量から見るに、思った以上に浅いようだった。

「今は……あんたの足を止めるのが最良手……だったんだけどねえ」

「そうですか。それは残念でしたね。ではお兄さん、相手をお願いします」

「おーけい」

 その背にマガジンリロードの音を聞き、霧緒は改めて獲物を構えた。


「あのツカサは……」

 今の霧緒の攻撃は、確かに彼の胴体を切り離したかに見えた。

 だが、前に立つ彼の傷は浅い。

 それは避けたからに他ならないのだが――問題はその避けた手段だ。


 リンドの目には、鎌が当たる瞬間、“司”の姿がぶれたように見えた。それは気のせいなどではない。彼は咄嗟の判断で、残像だけを残して致命傷を避けたのだろう。

 先程の“霧緒”もそうだった。

 自分の力に制限などかけず、使える限りの能力を使っている。


 それがどれだけの消耗をきたし、己にとって危険な事なのかを知ってか知らずか。

 もしくは――それだけの覚悟を持った上での事か。


 だが、とリンドは身体を取り巻く冷気を強める。

「その覚悟以上のものが、こちらにもある」

 言い聞かせるように爪で床を軽く引っ掻くと、次々と水の刃が生み出される。

 それはこれまでにない数と鋭利さをもって、仲間達の隙間を縫い、敵と見なした“自分達”へと襲いかかる。


「――これに、耐えられるか?」

 それをいち早く察知した紅月の歌声が、一際力強く響く。

移 り 変 わ る(So buhlt) 姿 を 記 し(er fort) 、 刻 み 歩 (nach)ん だ こ (wechse)の 内 に(lnden)――」

 その一声に込められた力を示すように。リンドの放った刃は紅月へと届く前に、次々にただの水飛沫へと変わる。


 だが、それは全てではない。

 次々に落とされ、作られる水溜まりの中で、ずしゃり、と崩れ落ちる音がした。

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