SCENE3 - 1
落下。
その時間は決して短くはなかった。
瓦礫の上で体勢を立て直し、リンドは落下地点から離れた空間に狙いを定めて飛び降りた。
猫は身軽だ。その位なら難しくもない。と、綺麗な着地をする。
残りの三人は大丈夫だろうかと過ぎった瞬間。
「――ちょっ!?」
焦ったような声が降ってきた。
反射的に振り返れば、迫りくる黒い影。
目の前に広がるそれが何なのか、理解するのに時間を要した。
そして。
それが靴の裏だという事に気付いた時には、もう全てが遅すぎた。
――そうだ、話は穴に落ちるところから始まるんだ。
司はふと、そんな事を思った。
不思議の国に迷い込んだと思っていたが、ここからが本番だったらしい。
しかし、穴に落ちた異国の彼女のように、周囲に興味を持てる程の落下速度にはなってくれない。
「ま、現実って厳しいからね」
ため息をついて、周囲に視線を走らせると、少し離れた所に空間を見つけた。
あそこならうまく着地できそうだ。と司は考える。
自分の落下速度。周囲に落ちる瓦礫の大きさ。位置関係。
それらを把握して軽く瓦礫を蹴った。
そこまでは良かった。
まさか、リンドが目の前に飛び出してくるとは。いやうん。予想外だった。
「――ちょっ!?」
思わず上げたその声がまずかったのか、リンドはそれに振り向き。
結果。見事に踏ん付けた。
「ふぎゃっ」
うわ、なんか変な声がした。大丈夫かな?
そう思った直後。背中に衝撃が走った。
重力に任せて落ちた。
落ちる間際、突き出た瓦礫に捕まって自分達を見下ろしている仮面の女の姿を見た、ような気がした。
戦闘中には姿を消していたあの仮面の女が一体誰だったのか、という疑問は残るが、その解答は遥か上空。
あのオーヴァードには興味あったのだけど、手が届かなくなった今となっては一旦諦めるべきね、と彼女は息をつく。
あれだけ特徴的な人物だ。調べればまた接する事だって可能だろう。
それよりも、この二人と一匹。一度に現れた三パターンもの観察対象。
水の刃と周囲の領域を支配するオルクス。
正確な照準を瞬時に弾き出すノイマン。
俯瞰したかのように敵の配置を把握するその視界の広さは、エンジェルハィロゥ。
それから、あの鎌を振り抜く際の強化手法は物質変化――モルフェウス。
これは丁度良い――。
と口の端を吊り上げた所で彼女は気付く。
軌道修正が不可能な所――目の前にある、少年の背中に。
「ごふうっ」
「きゃんっ」
あぁ、思った以上に可愛らしい声も出るもんだ。
と、突撃して前のめりに倒れた少年の背中に星を散らせて、そんな事を思った。
霧緒は手にしていた鎌を慌てて傘に戻して、ぎゅっと抱きしめた。
何が起こったのかを手短に把握する。
床が崩れた。
……えっと。そうじゃなくて。そうだけどそうじゃなくて。と霧緒は考える。
床が崩れたのはきっと、最後の衝撃――いや、重力波だ。
あの時感じたのは、銃弾を落とし、部隊に壊滅的なダメージを与えたそれと同じだった。元々瓦礫を積み重ねて形を保っているような建物だ。余計な圧力をかければ――結果は簡単に見えるってものだよね。
と、まとめた所でその時の感覚を思い出す。
あの感覚をうまく使えば、落下の衝撃を和らげることができるかもしれない。
――。
――――うん、難しいよ!
あっさりと諦めて、傘を広げる。
風圧に負けないよう強化をしたそれは、風を受けて一気に速度を落としてくれる。
これで随分と速度は緩和されるはず、と下を見れば猫の上に少年が着地していた。
とても苦しそうな声が聞こえたが、このまま降りれば、その真横に着地できるはずだった。
そう。はずだった。
彼の背中に少女がぶつかり、着地予定の場所に二人して倒れなければ。