SCENE5 - 3
「――リンド」
はあ、とみあが呆れたような声を上げた。
「リンドはこの世界の。この施設の何を見たの? これは有樹が頑張った結果でしょ? 彼がこんなに頑張って駒を残しててくれてるのに、無駄にしたいの? 貴方がそんな事でどうするのよ」
「ミア、俺はオマエ程の強い想いを持つ事はできない……。ユウキだって、普通に生きてくれれば良かったのに。って思うよ」
「まったくリンドったら情けない」
「な」
跳ねるように顔を上げたリンドに、みあは溜息をついてみせる。
「有樹は。普通に生きる事も出来たのに。死ぬまで研究者として生きる事を選んで。この研究所を残してるの。なんでか分かる?」
「何でって……」
リンドがたじろぐと、司が代わりに答えた。
「いつかお前が来るって、信じてたんだろうよ」
「うん。私もそう思うな」
霧緒もその言葉に同意する。
「きっと、リンドが有樹君を大事に思ってたように、有樹君もリンドがすごく大事だったんだよ」
だから、彼らが同じように過ごせる世界を取り戻したかったのだろう。
その為に。どうすれば歴史を正せるかなど分からないまま。長い人生の残り大半を――命を懸けて。
リンドはそれらの言葉にただ一言「そうか」と呟いた。
その顔はまだ複雑そうだが、それ以上何を言うでもなく、自分の尻尾の先を見つめていた。
「あー……まあ。しかしなんだかな。面倒くせーなあ」
そう言いながら、司は銃に弾を込める。
「え。河野辺さん……面倒って」
ここまできて面倒と言い切った彼の言葉に、思わず呆れた声が零れた。
「何? 霧ちゃん」
声に答えはするものの、やっぱり視線は手にした銃から動かさない。スコープを覗いたり、布で磨いたり。敢えてそれから視線を動かさないようにしているようにも見えた。
「いえ……なんでもないです」
小さく首を振ると、リンドが「キリ」と尻尾を揺らす。
「ツカサは悪ぶってるだけさ」
「悪ぶってる、ねえ……」
どうだか、という声が手入れの音に紛れる。
彼が今、何を考えているのかは分からない。
それはこれまでの旅路かもしれない。上司からの言葉かもしれない。過去の自分を見た時に感じた何かかもしれない。「友人で良かった」と言っていた相手――諏訪さんと敵対した時の感情なのかもしれない。
協力的なようでいて、敵と認めた相手には決して手加減をしない。それが誰であっても。河野辺さんは、自分が信じる何かにずっと従っている。それを見直している。そんな感じがした。
彼もまた、みあちゃんと同じ位。もしかしたらそれ以上に、真直ぐな物を持っているように見えた。
それにしたって選ぶ言葉があるんじゃないかとも思うが。
少しだけ羨ましいような、手を伸ばしたいような気持ちが口元を緩める。
「まあ、河野辺さんらしいといえば、らしいですけどね」
「どーも」
みあと司は真直ぐに向き合っている。リンドも、向き合おうとしている。
それなら自分も、きっと前を向ける。
いつの間にか、自分の中でも何かが落ち着いたようだった。
はあ、とひとつ息をつく。
「よしっ、私は気合い入れますよ」
「くれぐれも俺らを巻き込んで殺さないようにな」
「……しませんよそんな事」
口に出してはいないけど、さっき思った事を撤回したくなった。
しかし、これも彼らしさなのだ。そう思う事にした。
エレベーターはまだ降りていく。
一体どれだけ降りただろう。
どこかで、何かの遠吠えのような物が聞こえた。
それから、わずかに伝わる地響きのような振動。
「……ん。何だ今の?」
司が手入れの終わった銃から顔を上げる。
「地震……じゃなさそうだな」
「ええ。どちらかと言えば、上で聞いたドラゴンの声にも似てましたが」
「なるほど。ドラゴン、ね」
霧緒の答えに、みあの目が険しくなった。
きっとみあには、それが何か予想がついたのだろう。
それ以上、誰かが言葉を発することなく。エレベーターは降りていく。
時間感覚も分からなくなった頃、エレベーターの速度が落ちたのが分かった。
速度の変化が圧力になって、地面へと軽く圧し付けてくる。
「着いたか」
「そうみたいね」
よいしょ、と立ち上がる司と、壁から背中を離すみあ。
リンドも司の足元に立ち、全員が開く扉に意識を向ける。
扉が開いて、真っ先に感じたのは鉄の匂い。
次いで認識できたのは、大量の鉄くずとジャーム達、一際大きな何かの死骸。
そして、その中に立つ、四つの人影。
「とりあえずリンド。覚悟が出来ないなら、そこで尻尾巻いてても良いのよ?」
「パーティの足を引っ張るのは猫的美感に反する。終わってから後悔する事にするよ」
そう言ってエレベーターの外へと飛び出す。
みあも「そう」と頷いて、外へ出る。
司はグレネードランチャーと愛銃を手に。霧緒も刀と傘の柄を確かめ、後に続く。
「ま、挨拶はいいとして――まずは向こうさんの話でも聞こうじゃないか」