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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
4:Riptide Laboratory
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SCENE5 - 1

 ロビーか談話室か。みあが広い吹き抜けの部屋へ顔を出すと、ソファに座る霧緒と司、その足元にリンドが居た。

「あら、もうみんな調査終わってたのね」

「あー。まあ、うん」

 どこか疲れた顔をした司が答える。

 隣では、霧緒が顔色悪そうに額を押さえていた。

「……何があったのよ二人とも」

「え。霧ちゃんに襲われかけた」

 霧緒を指差しながらの司の声に、彼女が小さく呻く。

「今度はキリか。なんだ。船での恨みか?」

「えっ……違っ、違うよ!?」

 溜息をついたリンドに、霧緒が顔を上げてわたわたと否定する。

「それなら今頃俺はここに居ない」

「……っ!?」

「――まあ、冗談は置いといて。霧ちゃんはちょーっと錯乱してただけ」

 だよね、と確かめるような司の視線を受けて、霧緒は申し訳なさそうに視線を落として「はい」と小さく頷いた。

「錯乱? そういえば顔色も良くないじゃない。何があったの?」

「うん……その。昔の光景を思い出したというか、見たというか……」

「なるほど。この世界の過去に触れて実際に能力を使ってた、ってところかしら」

 みあの言葉に、彼女はこくりと頷いた。

「まあ、あたしもこの世界の自分の情報に触れたし、皆もそうである可能性はあるわよね」

「え。みあ居たの?」

「ええ。居たわよ」

 もっとも、と溜息をつく。

「“紅月みあ”が居ないのは話した通りだけど、“書き記す者(おなじたんまつ)”――紅月がね」

「ははあ、なるほど?」

 司がどこか納得したように頷く。

「あいつがお前で……へえ」

 末利め、と司はくつくつと笑った。

「どうしたのよ」

 みあの疑問そうな声に司は「いや」と笑いながら答える。


「研究所でな。俺、紅月(あいつ)は誰、って聞いたんだよ。その時に末利の奴『また会う事があったら紹介する』って言ったんだ。で、次に会ったのがみあだ。あいつとお前がイコールなら、紹介は不要って訳だ」

「なるほど。間違ってはないわね――ま、それは置いといて。あたしと霧ちゃんが過去……いえ、この世界の自分の情報、かしら。それに触れたんなら、司とリンドもそうなんじゃない?」

 問いかける視線に、二人は頷く。

「リンドの言ってた嫌な雰囲気、ってのはきっとこれらの事だろうな」

 まったくロクなもんじゃない。とぼやく司に頷きながら、みあは霧緒の隣へぽすん、と腰掛ける。

「じゃあ、急がなきゃいけないけどその前に。ちょっと情報共有といきましょうか」

 そうしてみあは自分が触れた“記録”について簡単に語った。


 紅月がこの世界における自分である事。彼が歴史の改竄をいち早く察知した事。

 浅島博士、末利と共に歴史を是正しようと奔走していたが断念。今は歴史を変え返す為に動いている事。

 時間渡航の石は既に紅月の手元にあるが、位置情報をリセットする石は未だこの研究所のどこかにあるという事。

 彼らはその石を手に入れる為にこの島へとやってきたのではないかという事。


「もしかしたら、あたしと司が出会った紅月は、位置情報をリセットする石――紅いドラゴンと一戦交えた後だったのかもね」

「なるほど。あれはボコボコにやられた後だったって訳だ……で、俺だけど」

 ふう、と司は天井を見上げて遠い目をした。

「あいつはなんていうかな……」

 と、司はいかに弟が真面目人間で、UGNを処分する日々の中でFHが勝利したこの世界に絶望したかの一端を興味無さそうに語った。


「まるで他人事だな」

 リンドの感想に司は「いや、他人だろ?」と真顔で返す。

「昔の人も言うだろ? よそはよそ、うちはうち、って。でもまあ、なんだ。なんかまっすぐな奴だったよ?」

「……想像つかんな」

「えー。心外ー」

「それがわざとらしいと言うんだ」

 えー、と不満そうな台詞を吐く司にみあは視線を向ける。霧緒を挟んで座っている為、身を乗り出し、覗き込むように首を傾げる。

「それで……なんで司を殺そうとするのかしら」

「えー……やはり弟とは兄を超えるべき存在だから、とか? まあ、そこは本人に聞くしかないんだけど」

 ぞっとしない話だよな。と肩をすくめてみせた。

「俺はこれだけ。それ以上は何も無かったのでおしまい。はい次。俺を殺ろうとした霧ちゃんはどんな自分を見たの?」

「あの、別に河野辺さんを、って訳じゃ」

「殺ろうとしたのは否定しない。と」

「いえ。霧緒はそんなつもり――」

 声はだんだん小さくなり「なかった、ですよ」という声は消えるようだった。

「え、ええとですね」

 目を閉じて首を振り、彼女もまた自分が見た物を語る。

「私が見たのは、オーヴァードになった日の事でした」


 オーヴァードとして目覚めるきっかけまでは一緒だった事。そこで「傘を手にする」という記憶に無い行動をとった事。それで姉を殺害し――それで“ジャーム化した姉”から身を守りたい一心で、彼女を殺したこと。


 その光景を思い出したのか、霧緒は両手をぎゅっと握りしめる。

 そんな彼女の隣で、司が何か思い出したように携帯端末を取り出した。

「なるほどね。それじゃあ、そんな霧ちゃんに追加情報をあげよう」

「……追加情報、ですか?」

 霧緒が少しだけ顔を上げて不思議そうな顔をすると、司はうんと頷いた。

「この間調べた情報の続き。FHの暗殺に執着してた霧ちゃんはね、FHの存在は間違ってるって言葉を残してた」

「存在が、間違っている……それは、あのクーデターが失敗した方を本当の歴史と捉えているって事ですか」

「だろうね。みあの話にもあったけど、そういう話を聞いたからこそ出た言葉なんだろうよ。あと、同時期から姉さんに会いに行く、って言い出したらしい。周りからは罪悪感に負けたとか幻想に逃げたとか、そんな事言われてたみたいだけど」

「姉さんに……会いに」

 霧緒は首を傾げ。そのまま視線を落とした。

「きっと、歴史が変われば姉さんは生きている。だから会えるって、信じてるんだ……」

 会えるはずなんてないのに。と彼女がぽつりと呟いた声は小さく、みあの耳に届くのがやっとだった。ちらりと視線だけ向けると、彼女は少しだけ寂しそうな顔をしていた。


 みあは視線を戻して、足をぶらつかせる。

「それで、あとはリンドね?」

「俺は、博士の――ユウキの最期に立ち会ったよ」

「へえ」

「それが何年前の事かは分からないが……あー……」

 少しだけリンドはもう一人の自分をどう呼ぶか、口の中で言いにくそうに転がし。

「アイツは博士が自分を――この世界を見ていない事に酷く苛立っていた」

 と、溜息をついた。

「あれ、こっちの有樹少年は?」

「勿論ユウキとも交流はあった。だが、アイツは博士にも、自分を見てもらいたかったんだろうな」

「ふーん。浅島博士はここの有樹少年じゃないからなあ。博士にとってのリンドはお前だろうし」

 まあ、と司が軽く言葉を繋ぐ。

「それで何も見てないって怒るのはお門違いのような気もするが」

 それがこの世界のお前の選択なんだろうよ。と司は屈んでリンドの喉元を指でごろごろとくすぐった。

「にゃ……! 突然なんだ」

 リンドが怪訝な顔をして司の指から逃れると、司は「元気づけてやろうと思って?」と軽く笑った。

「下手くそめ。もっと上達してからにしろ」

「えー」

「大体オマエは猫の扱いがなっていない。ペットを飼った事無いだろう」

「リンドが居るじゃん」

「俺はオマエのペットになった覚えは無い」

「馬鹿な」

 そんな軽口の応酬を、みあは足をぶらつかせて見ていた。


 それぞれが見た過去の自分。彼らは全員この島に居る事も分かっているが、この建物の中では誰も遭遇していない。

 一体、彼らはどこに居るのかしら?

 疑問は抱けどアクセスして探る事はしない。それがいかに危険な事か、お互い気付いているはずだ。


 ――と、突然部屋の空気の流れが変わった。


 風など吹いていないのに、部屋の奥へ何かが流れる感覚。目が軽く眩んだような。力が抜けるような。同時に、自分の中にあるウイルスの活性化が押さえられたのが分かった。

 それは、このフロアの奥へと吹き込んでいく空気に乗って行ってしまったようにも感じる。


 その異変は、どうやら自分だけが感じたものではなかったらしい。

 全員が会話を止め、フロアの奥へ視線を向ける。

「……なんだ今の」

 司が眉をひそめてフロアの奥へ視線を送る。

「気味が悪いな」

 リンドも落ち着かない様子で尻尾を動かす。

 霧緒もこくりと頷いて、大きく息をついた。

「ああもう。本当、あたしに干渉するなんて許し難いわね……」

「とりあえず嫌な事が起こってそうな気がするのは確かだな……で。どうする?」

 行ってみる? と司はご飯へ誘うかのような口調で全員に問いかける。

「勿論」

 リンドが頷く。

「行くしか無いでしょう?」

 みあも、椅子から飛び降りる。

「ですね」

 霧緒が横に置いていた傘と刀を手にしながら頷く。


 四人は空気の流れ込む奥へ視線を向けた。

「さあ、この奥に何があるのか――見せてもらおうじゃないの」

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