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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
4:Riptide Laboratory
138/202

SCENE4 - 1

 紅月みあ、として目覚める前。

 “書き記す者”の名は、水無月八重子といった。


 平均的な身長に背中まで伸びる真直ぐな黒髪を大きなリボンで結んだ少女は、酷い熱気と煙、人々の怒号に悲鳴の中、時折揺れる地面と瓦礫の中で目覚めた。


 ――自分の記録の再生、かしら?

 みあは再生される“記録”を俯瞰しながら、そんな事を思う。

 この間のような、誰かとの視界共有ではない。それ故に、情報が一気に流れ込んでくる苦しさもない。ただ、目の前で展開される光景を俯瞰する。


 目を覚ました時、八重子は瓦礫の中に居た。

 地面に転がったままぼんやりと見えたのは、黒く煙る空と、傾いで焼け焦げた塔――浅草十二階。雲をも凌ぐと言われた楼閣の、無惨な姿だった。


 嗚呼、あそこから落ちたのだ。と今はもうない展望台を煙る空に見る。

 酷い地鳴りと揺れに耐えられなかった展望台はあっさりと崩壊し、少女はその崩落に巻き込まれて命をも落としたのだ。


 ふむ、とみあは首を傾げて八重子の行動を俯瞰する。

 持っている“記録”と変わらない自分がそこには居た。


 帝都が壊滅したとも言われた震災からの復興で、かつて江戸と呼ばれていた街は東京へと姿を変えた。復興により加速した世の中の賑やかさは、次第に大きくなってきた軍靴に掻き消され、世界情勢は均衡を崩した。

 そんな中でも八重子の行動は変わらない。観察対象を見つけては近付き、観察し、記録していく。


 突然。

 ぷつり。と一瞬だけ世界のネガポジが反転した。


「――っ!?」

 みあの頭にずきりとした痛みが走り、思わず頭を押さえる。それは八重子の痛みに同調したのだろうか。彼女も同じ場所を押さえてしゃがみ込んでいた。

 だが、それもすぐに収まった。俯瞰する世界の色が戻るにつれ、その痛みも消えていく。

 一体なんだったのか、と八重子を見下ろしたみあは、その事実に気付いた瞬間、目つきが険しくなったのが分かった。

 

 八重子の持つ“記録”が、塗り潰されていた。

 

 それは、時間軸の重複した、持ち得るはずのない記録。

 崩壊した駅。白い異形。

 観察対象となりうる少年少女達。変形した電車。

 広い海。白い髪の少女。黒髪に着物の少女。

 水路で構成されたような石造りの街。灰色の猫。巨大な黒い船。

 青い服の少年。機械と紅い光に冒された軍人。

 目の前に広がる惨状と、船上で出会った少女と思しき死体。

「ここで――が、ぬ、――は」

 ノイズに混じる、幼い声。

 それは全てが紅く塗り潰され、何事も無かったかのようにその“記録”は終わった。


「――これは」

 みあはぽつりと呟いた。嫌な汗が流れているのが分かる。

 これは、“紅月みあ(じぶん)”が持つ記録だ。

 同じ時代に、同じ“書き記す者(たんまつ)”が居たが故に起きた、記録の混濁。


「貴女……が、死ぬ筈はなかった」

 頭痛が収まった八重子がぽつりと呟いた。

「この“記録”は、一体、誰……私の?」

 痛んだ頭を押さえるように。信じられない、と彼女は頭を抱えて横に振る。

 それを見下ろすみあ自身も、苦い顔になっているのが分かる。


 彼女の身に何が起きているのかという予想はついていた。

 彼女が頭痛を覚えた瞬間。あれは、みあが百年前の欧州で情報を集めていた頃だろう。

 あの時に接したのは他の端末だったが、同時に“書き記す者”が持つ情報に混乱が発生し、八重子の“記録”にみあの“記録”が同期された。もしかしたら、みあにも八重子の持つ“重複する期間の記録”があったのかもしれないが、「日々更新されるひと月余り」と「一度に更新される百年余り」ではその情報量は桁違い。

 意識しなければ、きっと気付きさえしないし、現にみあが気付く事はなかった。


 みあは東京で自分の身に起こった事を思い出す。自分の“記録”によく似た、全く異なる“記録”が流れ込んできた瞬間。あの時は自分が持っていた“記録”とあまりに違いすぎて、全て拒絶した。

 さっきの八重子もあの時の自分と同様、反射的に“記録”の流入を遮断したのだろうが、“記録”の重複期間が短く、以降が空白だったが為に受け入れてしまった部分があったのだろう。


 そこから、八重子の行動は変わった。


 “紅月みあ”へと繋がる“書き記す者”は、そのまま記録する日々を重ね続け。レネゲイドウイルスが世界中にばらまかれた事件以降はFHの研究者として過ごしていた。


 だが、八重子は重複した“記録”と共に行動を起こした。

 どうしてそのような行動をとったのかは分からない。

 死ぬはずがなかったという少女――葛城桜花が死んだ影響を探す為か。

 そもそも葛城桜花とは何者で、どのような対象であったのかを知る為か。

 何故死んだのか。それは、“記録の主(じぶん)”が関わった故に起きた事なのか、という答えを得る為か。

 どれにしろ。それは“書き記す者”としてあり得ない行動だった。


 もう存在しない対象に何故興味を持つのかと、意味のない事だと、知っていながらも。八重子は桜花の縁者を探し出し、紅月彰彦という青年に辿り着いた。

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