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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
4:Riptide Laboratory
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SCENE3 - 6

流血注意です。

 あり得ない方向に曲がった首は左半分でなんとか繋がっている。右半分からは鋭利な切り口と、傷の入った白い骨をのぞかせていて。そこから勢いよく流れ出す血が、廊下を赤く染めていた。

「――え。ねえ、さん?」


 呼びかけた声に答えはない。

 目に光もない。

 ただ、鉄の匂いが充満する。


 どう見ても。

 深堀紫は、中途半端に首を刎ねられて絶命していた。

 

 ――霧緒は、こんな光景知らない……!

 どこかで、そんな声が響くが、それはすぐに疑問で掻き消される。

 一体何が。どうしてこんな事に……?

 その疑問の糸口は、自分の手の中にあった。


 そこには傘と鎌を無理矢理圧縮したように中途半端な姿をした物体が握られていた。

 ぞわぞわと変化していくそれは、お気に入りの――さっき手を伸ばした傘。

 骨と布の部分が形を変え、大きな刃を成していて。まだ傘だと分かる部分も、少しずつ刃へ吸収されていく。


 これが。

 この刃が。目の前の惨状を作り出した、元凶……?

 自分の手の中にある歪なそれと、目の前の光景が信じ難くて、ただ呆然とする。


 ――と。

 これまで音のなかった空間に、ぴちゃり。と小さな音がした。


 続いて聞こえたのは、ひゅう。という空気の漏れる音。

 それは霧緒の喉がついさっき立てた音によく似ている。

 液体の音と空気の音。

 音の主は――首半分を刎ねられたはずの姉だと。霧緒は直感だけで認識する。


「き……ちゃ、」

 掠れた声がした。空気の漏れる音もする。

 目の前で、さっきまで光のなかったその目が、霧緒を見上げた。

 苦しそうに。自分の置かれた状況が分からないと言うように。ただただ、辛そうに。焦点の定まらない瞳で。半端に繋がった首から、音を漏らすように。

「ね。……どう――る、の」


 どうなってるの。と姉さんは苦しそうに尋ねる。

 空気の漏れる音を存分に含んで。真っ青な顔で見上げて。問いかける。

 何が起こったの? 痛いの。苦しいの。助けて。

 そう、訴えかけてくる。


「――っ!」

 その訴えから耳を塞ごうとして。気付いた。

 空気の漏れる音が少しずつ消えて、元の音を取り戻しつつある事に。

 彼女が言葉を発する度に、その音は少しずつ小さくなる。

 ある程度音がしなくなったところで、ぴちゃ、と音がした。


 姉の指が床に散らばった血を撫で。腕を支えに身体を起こす。

 髪から滴るのは、血液の雫。

 癖のある黒髪から落ちるそれは。血液と言うよりも髪の毛を液体にしたように黒く見えた。

「これ……霧ちゃんが、やったの?」

 血で貼り付いた髪をどける事もせず、紫は霧緒を見る。


 紫の目に感情は見当たらない。

 霧緒の目には、恐怖があった。


 目の前の光景が。廊下に流れる赤黒い血液が。

 何より今目の前で動いている姉さんが。――気持ち悪くて。怖くて、仕方がない。

 込み上げる吐き気を震える手で押さえて、後ずさる。

「ね。霧ちゃん。この痛いのは――それでやったの?」

 そう言ってゆっくりと、紫の指が切れていたはずの首に触れる。

 確かに。確かについさっきまであった傷は、時間を巻き戻したかのように修復されている。


 なんで。いや、この理由は知っている。なんで――。

 意識がごちゃごちゃする。知っている。知らない。疑問と解答が、頭の中で渦巻く。


「わ、私は……霧緒は……」

 単に姉さんが離れてくれればそれで良かった。

 あの苦しさから、逃れられればそれで良かった。

「霧ちゃん」

 姉さんが笑う。立ち上がって、見下ろす。

「――や」

 後ずさろうとして、背が壁に当たった。

「ああ。駄目じゃない。こんなに廊下汚して。嘘までついて」

 ほら、貴女も汚れてる。と姉さんが一歩踏み出した。


 逃げられないけど。出来るだけ距離をとる為に。壁にもたれかかるようにして、立ち上がる。

 足が震える。

 姉さんが、近付いてくる。


「ほら、ちゃんと言ってくれないと。 和樹さんと何があったの? この廊下どうするの? ほら」

 ちゃんと話して? と笑う彼女の目は、焦点が合っていない。


 その笑顔が、光景が。あまりにも怖くて。手にした傘を、もう一度振った。

 ただ、近付く姉の動きを止める為だけに。


 その一振りは綺麗な光の弧を描いて、彼女の首を今度こそ身体から切り離す。

 血が噴き出し、ワンテンポの間を置いて彼女の身体が崩れ落ちる。身体が廊下に倒れ伏すと同時に、重いものが転がる音もする。

 足元へ崩れた身体と、その横に転がる首。その目はまだ笑っている。

 口がかすかに動く。


 ――わたさ、ないんだから。


 確かに、声はなくとも聞こえた一言。

「い、や……いやああぁあぁあっ」

 叫びながら、手にした獲物を転がる首めがけて振り下ろした。

 ぐちゃりという音がする。

 何かがつぶれるような感触がする。

 もう自分が何をしているのか、分からなかった。


 ただ。

 自分は悪くないと言い聞かせるように。

 目の前の恐怖をどうにかする為に。

 泣きながら。

 喚きながら。

 何度も何度も、手にあった鎌を振り下ろした。

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