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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
4:Riptide Laboratory
118/202

SCENE1 - 1

 霧緒が目を開けて、真っ先に感じたのは水の青だった。

 それから、砂浜の白。緑が貼り付いた黒い岩場。それは普通に見かけるような、岩場が多い海岸の光景。

 水の青は響く音に合わせて繰り返し揺れる。

 普段より大きめに聞こえるそれが寄せては返す波の音で、自分はその音で目を覚ましたのだと気付いた。

 そして、砂浜に倒れている事も。

 どうやら自分は気を失っていたらしい。

 まだどこか眩む頭で記憶の終わりと持ち物を探す。


 ――船が何かに襲われて、それを倒す為に武器を携えて向かった。

 ヘッドホンは上着に絡まっていたのをすぐに見つけた。


 ――河野辺さんはクラーケンだと言っていたが、武器と帽子を取って戻る途中だったのでその姿は見ていない。

 刀も傘も、少し離れた所に落ちていた。


 それらを拾い上げながら、ふと気付く。

 波に浸かっていた靴やスカートはまだ水が滴っているが、ヘッドホンも髪も乾いている。うつ伏せだったからか腹部はまだ濡れているけれども、一体どの位気を失っていたのかと不安がよぎる。

 それを振り払うように砂を払い、ヘッドホンを耳にかけて波の音を遠ざける。

 そして、混乱している今の状況を整理する。

 船が襲われて。傾いて……きっと、ひっくり返されたのだろう。

「それで、船から投げ出されて……」

 今に至る。そういう事だろう。

 海へ投げ出された時、甲板へ向かう廊下に一人だった。応戦の音はしていたが、その姿は見ていない。

「えっと。みあちゃーん?」

 とりあえず名前を呼んでみるが、見渡す限りの砂浜と岩場に、彼女はおろか、船に乗っていた誰の影もなかった。

 何処までも続く砂浜と岩場。陸の方に遠く見えるのは、小高い山と、人工の建造物にも見える何か。こうして見た限りでは、普通の島と変わらない。

 船から見えた島影は多くなかったが、本当にここがカオスガーデンと呼ばれる島なのだろうか?

 自分以外の皆は、無事なのだろうか?

 そんな不安を、傘と刀と一緒にぎゅっと抱きしめて。ふと、気付いた。

 何か、音がする。

 波の音ではない。砂を踏みしめるような、足音のような。

 ざ、ざ、と近付いてくるその音を確かめるように振り返ると、そこには人が居た。


 深く被った黒い帽子。風に揺れる白い髪。その耳にヘッドホンはない。

 黒い上着。赤のインナーにスカート。右手には真っ黒な傘がある。

 顔は帽子と前髪に隠れていてよく見えないが。その姿には見覚えがあった。


 覚醒技術研究所で水原さんを奪い、姿を消したあの少女。

 ――もう一人の自分。


「貴女……あの時の」

 そんな声が、小さく零れる。

 その声は彼女に届いたのだろうか。俯くように頭を下げ、帽子のつばに触れる。

 帽子が頭を離れる。軽く首を振って乱れた髪を整え、脱いだ帽子を胸元に掲げるように下ろした彼女の視線が、上がる。

研究所(あそこ)から無事脱出したのね、良かった」


 良かったと言葉では言っているものの、その声も眼も凍り付いたように冷たく沈んだ色をしていて、霧緒への興味は感じられない。

 ただの社交辞令として言ってみた。それだけの台詞。


 そんな彼女から目を離せないでいると「だけど」と静かに言葉が続けられた。

「ここに来たのは間違い。可及的速やかに立ち去るのが最善です」

「立ち去るのが……?」

 それはどういう事だろう、と眉をひそめて反芻すると、彼女はその疑問を拾い上げたらしい。目を閉じて、小さく息をつく。

「ここが危険で。この先に進んでも、得る物は何も無い。そういう事」

 だから、と彼女は視線を向け、初めてその瞳に霧緒を映した。

「ここは……居るべき場所ではない。東京に帰りなさい」

「……そんな事」

 思わず気圧されそうな冷たさに、言い返す。

「そんな事、言われても……ここで素直に帰る訳にはいかないの」


 まだ、仲間の無事も。

 カオスガーデンへ行けと言われた意味も。

 何一つ分かっていないのに帰れるはずがなかった。


 目の前の“霧緒”は、その答えを聞いても表情を変えない。が、それ以上止める事もしないようだった。

 ただ、胸元に掲げていた帽子を投げて寄越す。

「……わ」

 飛んできたそれを慌ててキャッチしている間に、彼女は背を向けていた。

「貴女の物なのでお返しします。私には不要な物ですし」

 表情は見えないが、彼女の声色が変わったのは分かった。

 さっきよりも冷ややかで。もう用はないと言うような声。

 それから、と背を向けたまま言葉を繋ぐ。

「警告はしましたからね」

 言い終わるが早いか、彼女は戻ってきた足跡を辿るように島の内陸部方面へ歩いて行く。

「え……、あ、ちょっと!」

 一方的に色々言われたが、こっちにだって聞きたい事は沢山あった。だが、彼女はこれ以上話をするつもりはないらしい。足を止めるも振り返る事もせずに立ち去って行く。

「一体どういう事なの……」

 何がなんだか分からない。

 ただ、言われたまま帰る訳にはいかない。それだけは確かだった。


 砂を落とした髪を纏めて、帽子にしまい込む。

 目の前に続く足跡は、波に消される事なく島の内陸部へ続いている。

 帽子のつばをきゅっと下ろして、砂を踏む。

 そうして足跡を追うように彼女を追いかけ。

 霧緒は島の中へと駆けて行った。

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