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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
116/202

ENDING2 - 4

 波の音を聞きながら、リンドはどこかを歩いていた。

 ああ、これは夢だ。と、すぐに気付いた。

 それは、自分の思考があまりに無茶だったからだ。

 

 生まれ育ったこの島で、周囲はリンドを小馬鹿にしたように笑い、リンドは、お前達こそ馬鹿で無分別でろくでなしだと罵っていた。

 与えられた書物も。人間の言葉も。島にあるものは全て知り尽くした。

 この島で、知らない事など何もない。

 だというのに。

「……誰も分かっちゃいない」

 ぽつりと呟きながら海岸へ向かう。


 彼と出会ったのはその時だった。

 海岸で見つけた老犬は、草の茂みの中で丸太をロープで結びつけ、何かを作っていた。

 それはどうやら、筏と呼ばれるものだろう。とリンドはどこかで見た図を思い出した。

「おっさん。そんな所で隠れて筏を組んで何してるんだ?」

 老犬はその声で初めてリンドの存在に気付いたようだった。

「うん……猫か。いや、海に出ようとな……」

 こいつは面白いことを言う、と笑うと、老犬は心外そうに鼻を鳴らした。

「ふん。猫め。この年でもな、犬というものは海は嫌いじゃない……」

 そう言いながら、ロープで丸太を固定する。

「何だ。犬のくせに漁でもするのか?」

 いやいや、と彼は首を横に振る。

「そうじゃない。いや、漁も良いが。儂はもっと先の――陸が見たい」

 リンドはその一言に眼を丸くした。

「……なんだって? おっさん。その、よぼよぼの身体で、か?」

 あまりにも無茶だろう、というリンドの態度に、老犬は鼻を鳴らす。

「ふん。見たいものは見たいんじゃ。――何だ。お前さんも他の連中と同じで馬鹿にするだけか?」

 そう言いながら背を向ける。

「腰抜けめ。外にどんなものがあるか確かめようともせんクセに。――それとも何か? お前さんはこの島にある本の知識で満足しとるのか?」

「――!」


 満足など、していない。

 この島にある本も、知識も。全然足りない。

 自分は知識を求めていた。島にある以上の知識を得る為に、島の外へと出たかった。

 外にどんなものがあるのか。


「……おっさん」

「うん?」

「俺、今猛烈に感動してる」

「ほう?」

 筏を作る手を止めた老犬に飛び寄り、リンドは懸命な顔で訴える。

「俺に出来る事は無いか? 何でもする。その代わり――俺も、連れて行ってくれ!」

「なぬ?」

 老犬は大きな眉をひくりと動かした。

「おい猫。お前さんひょっとして……海に出たいのか?」

「ああ!」

 自分でも驚く程、力強く頷いた。


 外に行ける。島の外に。外の世界に。

 そこには、自分の知らない物や出来事が沢山あるだろう。


「ふむ……何でもする、と言ったな?」

 ではな、と老犬はぼろぼろになった一冊の本を示す。

 そのページに図示されているのは、筏の作り方のようだ。

「ここの所を読んでくれ。老眼にはキツくての……」

 そんな言葉を聞きながら、ぺらぺらとページを捲ってみる。

 水の調達やロープの結び方などが載ったそれは、人間用のサバイバル本のようだった、

「うん。人語は得意だ。この位なら任せておけ……そこの紐はこうで。あの丸太を……そうだ。そして――」

 リンドの指示と手伝いで、日が沈む頃には筏は完成間近になっていた。

「ほお。お前さんは賢いのう。儂はもう図面を追いかけるのが精一杯で」

 お前さんが居なければまだまだかかっただろうな、と老犬はくつくつと笑う。

「なに、この本がなかなか参考になるものだったんだ。良く見つけたな」

 筏の材料も、足りないものは無かった。用意周到だ。と言葉の裏で褒める。

「さて――仕上げは明日としよう」

「そうだな」

 老犬と猫は、頷き合う。

「いやはや、今日は気分がいい。――っと。そうだ。儂はグランという。お前さん、名前はなんと言う?」

「――リンドだ。よろしくな、グラン!」

 

 そうだった。

 こうやって俺らは出会った。

 それから島を出るまで大した時間はかからなかった。

 人間の街でグランとは別れてしまったが、そこで俺は――。

 

 目を、覚ました。

「――おはよう、リンド」

 どうしたの微妙な顔して、と隣で水平線を見ながら足をぶらつかせるみあが居た。

「……ちょっと、昔の事を思い出していた」

 それだけだ。とまだ重たい目をこする。

 ふと、グランの言葉を思い出した。

 

「おう、そうかそうか。お前さんはリンドというのか。……いや、しかしそれだけじゃ足らんな。お前さんの知恵で儂は外の世界を知るんじゃから。そうじゃな……今日からお前さんは“叡智のリンド”と名乗るが良い」


 確か、そんな事を言っていた。

「ふうん。昔の事……ね。それはリンドの故郷の事?」

「ああ。俺達がこれから行く所さ。その島を出た時の事を――」

 思い出していたんだ、と独り言のように呟く。

「カオスガーデン……か。あたしも行った事はないのよね」

 見える島影との距離を測るように、彼女の視線が水平線をなぞる。

「どんな所なのか、少し話を聞かせてくれない?」

 よいしょ、とリンドはみあの膝に乗せられ、穏やかな手つきで頭や背を撫でられる。

「そうだな……何処から話せば良いだろうか……」

 思い出が詰まった混沌の庭園。

 楽しい事も、辛い事も、あの島には沢山あった。文句もあるだろうが、話は尽きそうにないような気もした。

「そうだな……とりあえずカオスガーデンは魔境だ」

「へえ、魔境ねえ」

 くすくすと、みあは楽しそうに笑う。

「とりあえず司には霧ちゃん呼んできてもらってるから……皆揃うまでゆっくり――」

 考えなさい、という言葉は、慌てた足音で掻き消された。

 みあとリンドの視線が向いた先に居たのは、気を失った霧緒と、彼女を抱えたまま肩で息をする司。

「ちょっと司。確かに霧ちゃん連れてきてとは言ったけど……」

「ツカサ……やはりお前キリに恨みでも……」

「違えよ!?」

 二人の何かを疑うような視線に、司が全力で否定する声が飛ぶ。

「じゃあ何だって言うのよ」

「うん、でっかい化け物が――って、こら。今度は可哀想な目でこっちを見るな」

 溜息をついて霧緒を床に下ろすと、彼女が小さく身じろぐ。

 それに気付いたリンドがみあの膝から飛び降り、霧緒の頬をぺちぺちと叩く。と、彼女はうっすらと目を開けた。

「霧ちゃん、司に何されたの?」

「う……河野辺さんが……? えっと……それで、後ろから……」

 殴られたみたいで、と霧緒はふらりと立ち上がる。

「司……」

「いや。だから俺じゃないって! なんかでっかい――」

 そんな言葉の途中で、ぎしり、と船が軋む音がした。

「……ねえ、何か軋んでない?」

「だから向こうにでっかいイカが居たんだって!」

「イカ?」

「うん。イカ。クラーケン、ってヤツだなあれは」

 怪訝な声で繰り返すみあに、司は至極真面目な顔で頷く。

 そのやり取りをどう捉えたのか。みあは沈痛な面持ちで溜息をついた。

「向こう側はもう足に絡めとられてんじゃね?」

「そんな悠長にしてる場合じゃないでしょ!?」

「うん。船が傾くのも時間の問題だな」

 よーし今夜はイカ焼きかあ、と司が銃を手に、ぐっと背中を伸ばして戦闘準備に入る。

「……緊張感無いなお前ら」

 リンドは呆れて溜息をついた。

「お前達だったらカオスガーデンも動物園に見えるかもしれんな」

「こんな動物園は行きたくねえ!」

 必死な叫び声と銃声が響く。

「あ。ああ……お手伝い、しますよー」

 霧緒も少しだけ頼りない足取りで向こうの甲板へと駆けていく。

 

 そんな船上で、誰一人として気付かなかった。

 船に迫る影が、それだけではない事に。

 海の底から勢いよく迫る巨大な生物に。

 それは、渾身の力をもって、船を底から突き上げる。

 

 そして。

 一際大きく揺れた船は為す術なくひっくり返され。

 全員が海へと投げ出された。

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