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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
114/202

ENDING2 - 2

 カオスガーデンへは、船で数日の日程だ。

 波も風も穏やかで、順調に進んでいる。

 島影も見えてきて、もう数時間もあれば到着するはずだ、とリンドは言っていた。


 水平線と島が見える船の甲板で霧緒はひとり、波を眺めながらヘッドホンの位置を直していた。帽子は飛ばされちゃいけないからと部屋へ置いてきた。

 ポケットを探り、取り出したものを少しだけ日に翳す。

 それは何の変哲もない、鍵。

 助けてくれた次の日に、水原が与えてくれた合鍵だ。

「……ちゃんと、さようなら言えなかったな」

 はあ、と溜息が出た。


 自分がオーヴァードになって家を出た時も。

 目の前で自分に彼が連れ去られた時も。

 自分は、何も言えなかった。


 それは、自分から彼を遠ざけていたからに他ならないのだけど。

 もう少しでも、ちゃんと会って話をすれば良かったな。と視線を水面へと落とした。

 

 船を調達するまでの間に、少しだけ時間をもらって彼の家の近所へ立ち寄らせてもらった。

 本当はこの鍵を返すつもりだったのだが、部屋に灯っていた明かりを見て、思わず引き返してしまった。

 連れ去られた水原は、ちゃんと家へと帰されていた。


 あの部屋に、彼が居る。

 姉が居なくなって。自分も姿を消そうとしている。

 もう一人の自分がどこに居るのかは分からない。

 あの部屋に居るのかもしれないし、もう別の場所に居るのかもしれない。

 どちらにしろ。

 彼は、一体何を思ってあの部屋に居るのだろう。

 そう思ったら、なんだか怖くなって足がすくんだ。


 鍵なんて郵便受けに放り込んでおしまいにするつもりだったのに。

 お別れではなく拒絶をした彼に、なんだかそれ以上近寄れなくて、逃げるようにその場を後にした。

 そのまま今に至る――そう言う訳だ。

「君は怪我したり辛かったりすると、親しい人からまず離れるクセがあったから」

 彼は、自分の事をそう言った。


 そうですね。と遠くに居る彼へ頷く。

 本当の所は。

 霧緒は逃げているだけなんです。

 答えのように、心の中で呟く。

 巻き込んでしまうのが。心配されるのが。優しくされるのが。なんだか怖かっただけ。

 出来る事なら、皆には心配なんてしないで、心穏やかに過ごして欲しい。

 巻き込んでしまうなら、守れば良いのだと、今なら分かるんだけど。

 守れてないし、なあ……。


「はあ……」

 溜息しか出なかった。

 自分の不甲斐なさというか。なんというか。

 手の平の鍵を見つめて、ぎゅっと眼を閉じる。

 ぐ、っと祈りを込めるようにその鍵を握りしめ――手を開くと、そこに鍵はなく。代わりのように、さらさらと零れる砂の山だけがあった。

 手の平を差し出し、風に乗って海へと落ちていく砂を、ただぼんやりと眺める。

 零れていく砂を見ていると、姉が死んでしまったと聞かされた時と似たような、どこか空虚な感覚が胸をよぎ――。

「――あ、霧ちゃんここに居た」

 かけられた声に、びくり、と背筋を伸ばした。

 咄嗟に両手を後ろに回して、手すりに背を預けるように振り返る。

「あ。え……えっと。河野辺さん」

 どうしたん、ですか? としどろもどろな声で尋ねる。

「うん。どうしたのって聞きたいの俺の方だけどね?」

 スカート砂だらけだよ? と、とても不思議そうな顔で指摘される。

「あ、あの……これは、えと、別にちょっとしたアレで……じゃなくて、えっと……その」

 もう何を言っているのかすら分からない。ばたばたと砂を払いながら、自分で墓穴を掘っているというのが嫌という程分かった。

 慌てればそれだけ余裕がなくなるのも、分かっている。

 司が呆れたように溜息をついた。

「とりあえず落ち着……」

 その言葉が途中で、何かに詰まったように途切れ。

「……うん。とりあえず落ち着きなよ」

 そして、言い直された。

「あ……はい。大丈夫で――え?」

 こくん、と頷いて気付く。

 頬に、何かが零れていた。

「あ、あれ……?」

 袖で拭うが、頬は濡れたまま。それどころか、袖もどんどん濡れていく。

 それが涙だと気付くのに、少しだけ時間がかかった。

「ご、ごめんなさい……!」

 慌てて背中を向けて、眼をこする。


 よりによって。よりによって人前で。みあちゃんのような女の子ではなく、河野辺さんの前で。

 そんな事思ったって、涙は止まってくれない。

 自分の意志とは関係なく、ぼろぼろと零れていく。

 

一体自分は、何を泣いているのだろう?

 止まらない涙を懸命に拭いながら、考えた。

 好きだった人を諦めたから? いや、それはもう、ずっと前の話。

 諦めきれてなかった? ううん。霧緒は、姉さんと水原さんが一緒に居てくれる方が、嬉しかった。それは、嘘じゃない。

 それじゃあ、何で?

「――何で?」

「いや、知らないけど……」

 思わず声に出ていたらしい。至極真っ当な言葉が返ってきた。

「それで分かってたら……怖いです……」

「ですよねー」

 そんな軽い声で、彼は隣の手すりに寄りかかる。

 こっちを見る訳ではない。ただ、風に髪を揺らしている。

「とりあえずさ。頭で考えるより言葉にしてみたら分かるんじゃない?」

「う……そ、そうですね……」

 そうして、ぽつぽつと、誰に聞かせる訳もなく、ただ自分の思考をまとめる為だけに、言葉を綴った。


 好きだと思ってた人が居たこと。

 自分が一緒に居るより、姉と二人で居る姿を見る方が幸せだったこと。

 だから、二人とは距離を置くようになったこと。

 オーヴァードになって、二人とは会わなくなったこと。

 きっと、記憶操作で自分の事は忘れてるだろうということ。

 でも。この世界で久しぶりに会って、話を出来たのは嬉しかったこと。

 水原さんを巻き込んでしまって、本当に後悔したこと。

 本当の所。

 研究所で問われた「一緒に帰ろう」という言葉が、怖かったこと。

 自分は、姉ではないし。この世界に居るはずの妹でもない。

 何より。彼の隣に立つ影は常に姉のそれで。そこに立つ自分が、全然想像できなかったこと。でも、それが――。

「――あ」

 ふと、気付いた。


 それは、初恋という感情だったのだろう。

 声に出す事を止めた口元が、涙に濡れた頬が僅かに緩む。

 本当はただ羨んでいただけなのかもしれないが。今ならば、そう呼べる気がした。

 水原を見て花のように笑い、幸せそうに彼の事を話す姉を。同じような顔で姉の事を話す彼を。

 そんな、関係の二人を。

 自分はもしかして。「恋をしている姉と水原さんの関係」に恋をしていたのではないだろうか。

 そして。その光景に、二度と会う事が出来ない事実が、辛いんだ。

 それにずっと気付かずに。いや、見ないふりをしていたんだ。


 要は。霧緒の初恋が終わった。

 それだけの事だ。


「あはは……そういうこと、ですか」

 俯くと自嘲気味な笑い声が嗚咽に混じって漏れた。涙はもうしばらく、止まりそうになかった。

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