ENDING1
崩れ落ちていく研究所の中。
末利はただ、破滅の時を待っていた。
天井や壁が崩れ落ちる音が断続的に続くが、もう、彼女の目には何も映っていない。
目を開けても霞んだ景色が映るばかり。
その視界の隅に、誰かが降り立つのが分かった。
「ああ……なんだ。あなた、か。紅月」
「ん。悪いね。色気のない看取り役で」
少年――紅月は、崩れてくる瓦礫の中で、末利を見下ろした。
「十分……じゃないかしら」
特にあなたなら、と微かに動いた唇に、紅月は「そりゃ光栄」と肩をすくめた。
そのまま紅月は彼女の元を離れ、周囲の瓦礫をどかしては覗き込んでいく。
いくつかの瓦礫をどかして、あった、と呟いた。
「……どう?」
その瓦礫から取り出したのは、紅く染まった春日恭二の腕。
「ん。思ってた通りだよ。これであいつには嘘をつかずに済む」
にやり、と紅月は笑った。
「やっぱり……やるんだ」
人の事は言えないけど、と末利の呆れたような、感心したような声に、紅月はうん、と頷いた。
「――俺はね。俺の“記録”を侵すモノを許せないんだ」
眼帯がはらりと落ちる。
そこには、傷ついた眼などありはしなかった。
ただの空洞。血すら流れない、骨格で縁取られた空虚な眼窩。
それだけが、そこにあった。
紅月は春日の腕に埋まっていた結晶を引きずり出し、数センチの結晶を満足そうに眺める。
「うん――丁度良く育ってくれたみたいだね」
一つ頷いて――それを空っぽなその右目へとねじり込む。
瞬間。
紅い光が紅月に宿る。
春日恭二に憑依していた時よりもずっと、強く、強く。
まるで、春日恭二の命は既に吸い尽くしたとでも言うように。
「たとえね。こんな化け物に冒された世界でも。未来のない世界だと分かっていてもさ」
たとえ、悪魔に魂を売り渡したとしても。
自分の知り得ない百年を、知ってしまったとしても。
せめて自分くらいは、何度繰り返してもこの世界を選ぶ。と。
そう言ってやらねばならないのではないか。
そんな言葉を、紅月は高らかに歌う。
「時 よ 止 ま れ ―― お 前 は 美 し い」
陽炎の如く、紅月に宿った光が溢れ出す。
天井が崩れ、研究所は今度こそ、終わる。
末利はもう、動かない。
そんな中。
ただひたすらに紅月を覆う紅い陽炎は大きくなっていく。
「みあ……約束だぜ」