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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
107/202

CLIMAX - 7

 霧緒は刀を持つ手に力を込めた。

 その選択に、確信があったとは言えないが、迷いはなかった。

 以前この刀を抜いた時、一瞬ではあったが鎌へと変化した。

 直後に司が抜いた時に、その兆候は見られなかった。

 それはきっとこの刀が、霧緒が持つモルフェウスの変異能力と戦闘の経験を読み取った結果なのだろう。

 何となくだけど、そんな気がしていた。

「桜花さん、ちょっとだけお借りしますね」

 唸り声を上げる春日をひたと見つめて、ぽつりと呟くと。

 応えるように、鞘が鳴ったような気がした。

 

 この刀を使い続けた葛城と言う家系は、オーヴァードの一族である。

 現代のオーヴァードがそうであるように、彼らもまた、どのような力に目覚めるのかは選べない。

 刀を使う者も居れば、槍を得意とする者も居た。

 系譜を辿れば、爪を振るう巨獣も居ただろう。

 そんな中、ソレは刀を使う者にしか用のない、飾りの家宝として千年鎮座していたのだろうか?

 否。

 ソレは、手にした使い手の武器を、それを振るう経験を知り、姿を変えてきた。

 刀に。槍に。獣の爪に。

 ――そして。深堀霧緒の持つ、鎌に。

 

 銘は、葛の葉。

 山を下りて以来、葛城と国を見守る変化の化身。

 葛城石乃より送られたそれは、桜花という主を失うと同時に、その輝きをも無くしていた。

 その真価が。

 今再び発揮されようとしていた。

 

 霧緒は鞘を捨てるように葛の葉を抜き、左手で構えながら春日へと駆け寄る。

 引き戻される鎌が刺さり絡んだままの腕をあっさりと追い抜き、その内側へと飛び込む。

 手にした刀はみるみるうちに姿を変え、大きな鎌を象る。

 右腕は、まだ動かない。

 刃を出来るだけ水平に保ち、紅く濡れた春日の身体を両断すべく、真直ぐに薙ぐ。


 その刃が彼の身体へ届く直前、その後ろから霧緒を見下ろす末利と目が、合った。


 とても冷たいその眼差しは、霧緒が手にする獲物へと注がれていた。

「その刀。危ないわね」

「――え」

 一瞬。その言葉に気を取られた。

 この瞬間に、それは致命的すぎた。


 白衣のポケットから抜かれたその手にあったのは、一本の注射器。

 彼女は迷い無く針の保護を外して、目の前の春日へと突き立てた。

 霧緒の刃も、同時に春日の身体へと吸い込まれる。

 使い手の力に応えるかのように、その刃はいとも容易く相手を貫き、切り裂こうとする――が、すぐに違和感を感じた。

 何かの圧力――末利の投入した液体で硬質化した身体が刃をがっちりと挟み込んで固定したような。そんな感触。

 引き抜こうとしても、遅かった。

 切り裂いた所から再生したその身体に、刃が飲み込まれる。

 そして、後ろから春日の腕が引き戻される気配。

 目の前では、彼女が更に取り出した試験管を放り投げるのが見えた。

 その試験管が地面で砕けるのと、鎌から手を離すのと同時に。

 視界を白い何かが埋め尽くし、そのまま後ろへと殴り飛ばされたような衝撃が霧緒を襲った。

 

 末利が投げた試験管は、一瞬だけ白い異形を象ったように見えた。

 司は銃を構えたが、それは霧緒を殴り飛ばしてそのまま崩れ、溶けるように消え去っていく。

 春日の身体に、元の形に戻った葛の葉を埋め。鎌も彼の腕に絡めとられたまま。彼女は為す術なく吹き飛ばされてきた。

 真直ぐ。こっちに向かって。


 このままでは自分も巻き込まれてしまう。

 その瞬間、彼女が飛ばされる軌道と着地点。最も適した対処法がシミュレートされる。

 着地点は後ろ。現在の立ち位置は軌道上。受け止める事は――可能。

 だが、片腕では耐えられる確率が低い。両手なら? 確実に受け止められる。だがそれは、両手の使用が不可欠――つまり、手にした銃を投げ捨てる事を意味する。それは間違いなく状況悪化を招く。攻撃の手を緩める事は許されない。この銃を手放す事は不可能だ。

 霧緒の身体能力は高い。それはこれまでの経験から十分に分かる。

 飛ばされた角度と速度から、彼女へのダメージを算出する。


 うん。霧ちゃんなら大丈夫。


 瞬きすら待たずに辿り着いた最適解。

 軌道から外れた位置へと移動し、こっちに視線を送る末利に銃口を向ける。

「残念だったな。そー簡単に愛銃は手放さないぜ?」

 にやり、と見下すように笑ってやると、彼女も同じように口の端をつり上げた。

「巻き込まれても良かったんだけど……流石ね。ここのじゃなくても、私の手は見えている。と」

 まあ、と彼女は小さく息をつく。

「一人無効化しただけでもよしとしましょう。――それにしても」

 これじゃ流石にジリ貧ね、と末利は辺りを見回す。


 ホールのあちこちはひび割れ、抉れ、壁には大きな穴があき。水と空薬莢と床の破片と――それからよくわからない何かが散らばっていた。

「……壁が欲しいわね」

 ぽつりと、漏らすような呟き。

 聞き返すより先に、彼女は白衣の内側から数本の試験管を取り出す。

 指先でゴム栓を開封して、液体を撒き散らすように試験管ごと放り投げると、床にガラスの破片と透明な液体が散らばり――ぐぐ、と床が蠢いた。

 それはたちまち、白い人形のような物体へと変化する。


「げ。お手製の異形かよ」

 思わず声を上げた。

 原理としては、さっきの液体が床を変異させて作り出したものなのだろう。

 それにしても、のそりとした動きといい形といい、これまでよく見てきた異形そのもの。

 これも研究の成果とやらなのだろうか。なんて考えながら、銃口を向けて数体を撃ち抜く

 みあも、この状況に眉をひそめて、ウイルスの支配を強めたらしい。異形の動作が少しだけ鈍くなる。だが、そんな異形達の隙間を縫うように、春日の腕が伸びてくる。霧緒の鎌を巻き付かせたままの腕は、凶器となって襲いかかってくる。リンドの放つ水の刃に紅い飛沫をあげながらも、勢いを削られる事はない。

 床を抉り、時には異形も切り裂き。そのまま鋭い蛇のように迫り来る腕は、真直ぐ司を捉えていた。

 マガジンをリロードして、銃口をそちらに向ける。


 が、春日の腕に絡み付いた鎌の刃が、司の目前に迫っていた。

 鎌の刃を、計算に入れ損ねていた。


「――! しまっ……」

 反射的に引き金を引く、が、その銃弾が届くより先に刃が司の身体を深く切り裂く――事はなかった。

「お……な、な……ん。だとおおおぉおぉ!」

 替わりのように、春日の悲鳴がこだまする。


 そして。目の前には。

「……間一髪。というやつでしょうか?」

 白い髪を揺らして立つ、黒い影。


 ついさっき後ろへと吹き飛ばされていったはずの霧緒がそこに立っていた。

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