CLIMAX - 3
ホールの窓を割って現れた影に、司は条件反射で銃を抜いていた。
狙いをつけたが、引き金を引く前に彼女は姿を消した。
反射的に追いかけようとしたのか、霧緒が立ち上がって踵を返し――。
駆け出そうとしたその足元へと発砲した。
「――っ!?」
おお。さすがエージェントというべきか。
銃弾はただ床を抉っただけだった。
もう一歩でも踏み出していれば撃ち抜かれていたであろう足を止めて、霧緒が声を上げる。
「何するんですか!」
その声には、焦りと怒りが入り交じり。ぎり、と傘を握る手に力がこもったのが分かる。
「まあ、落ち着けって」
「この状況で何を……!」
「うん。霧ちゃんが何をしたいのかは分かるけどね。で。どこに行くつもりなの?」
う。と、彼女の言葉が詰まる。
乱入者がどこへ行ったのかも分からない状態で。
目の前に紅い結晶がある今。
一体どこへ行こうというのか。
霧緒が一瞬で見失った目的を静かに突きつける。
その意図は彼女もちゃんと理解したようだ。少しだけ外を気にするような視線を向けて、大きく息をついて俯いた。
「……ごめんなさい」
「うんうん、分かってくれたなら何よりだ」
頷いて銃を下ろす。ついでに引き金からも指を外す。
「ま。なんとかなるだろ? それにしても……」
少しだけ、彼女の視線が上がる。
「過ごした環境の差って大きいなあ……」
「まったくね」
隣でみあも頷いている。
言われた当の本人は、少しだけ言葉を詰まらせたが、何も言わなかった。
「――和むのは良いけど」
末利の呆れたような、待ちくたびれたような声がした。
「コレ、ほっとくつもり?」
いつの間にか少し離れた所に立っていた彼女が指すのは、片腕を無くして今にも暴れそうな春日。
落とされた腕のパーツにも意識を向ける事なく、ただ喉の奥から響くような唸り声を上げている。
「まさか」
隣でみあが笑う。
「あたしはソレが目的で来たんだもの」
「そう」
簡単に頷いて、末利はつかつかと春日の方へと近付いて行く。
「末利。危ないから近付くな。とりあえず“処分”するから」
そう言って銃を構えて、引き金を引く。
我を失って暴れる相手に外す銃弾は無い。全ての弾が、狙い通りに春日の身体に穴をあけていく。
開いた穴から溢れ出るのは、血ではない。
血のように、紅く光る何か。
痛みはあるのだろうか? と一瞬よぎるが、目の前の男は既に、紅い石に侵蝕され尽くされているようで、その身体は既に理解の及ばない何かへと変貌していた。
「近付かない……って訳にもいかないわね」
彼女は小さく息をついて、春日の隣に立つ。
それは、彼女が自分達の敵となる意思表示に他ならなかった。
「一対四じゃ、いくらなんでも可哀想でしょう?」
責任者なのだし、と彼女は言う。
「ふむ……まあ、一理あるかも?」
「あたしは二対四でも大差はないと思うけれど、ね」
首を振る事もせずにそう言うみあに、末利は小さく首を振って息をついた。
「本当は」
ポケットに両手を突っ込んで、春日を見下ろす。
「もう少しもつと思ったんだけどね……ご覧の通りよ。さすが、あなたの見立てはいつだって狂いが無いわね」
「見立て? 何それ」
紅い結晶の暴走予測? と司が軽く尋ねると、みあは何も言わずに肩をすくめた。
末利に視線を向けると、今度は彼女も肩をすくめてみせた。
「まあいいじゃない」
“書き記す者“は端末だ。そしてこの世界にはきっと、同一とも呼べる者がいるのだろう。その見立てがどちらのものであれ同じ事、と言う事だろうか。
まあいいや、と向けたままのマガジンをリロードする。
銃口の先では、春日が相変わらず苦悶の叫びを上げ続けている。
その時。
視界の隅――窓の外で、何かが紅く光った。
銃口をそのままに窓の方を振り返ると、外に紅い光が仄かに瞬いていた。
声に応えるかのように、それらは仄かに光っては消える。
二つ、三つ。近く。遠く。
方向にすら規則姓は無く、次々と。まるで遠くから見る花火のように、脈動している血管のように。
町のあちこちから、紅い光が沸き立っては消えるのが見えた。
「あら。話し込んでる場合じゃないか」
そう言う末利の口調も、台詞とは裏腹に落ち着いたものだった。
「さて、どうする? 始める前に答えられる事っていったらあと一つ二つくらいだけど」
「そうだな……とりあえず、末利は紅い石についてどこまで知ってるんだ?」
彼女は首を横に振った。
「いいえ。まったく。何も。腹立たしい程になぁんにも」
まあ、と外にちらりと視線を向けて言葉を繋ぐ。
「せいぜい、結晶が活性化状態――多分――になると、近くに居る他の結晶も活性化しだすらしい、って事くらいかしら。ちなみに今分かったんだけど」
「……お前、悲しい程にその場主義的な生き方だな」
思わず呆れてそんな言葉が出た。
それに対して、末利は軽く頭を掻く。
肩に届かない緩いウェーブが揺れる。
「……だから、こうやって捕まえて色々実験してるのよ。人がどうやって紅い結晶を活性化させる――つまり、覚醒するのか」
「え。何? その結晶、この世界そんなにありふれてるのか……?」
それが一斉に覚醒して襲ってきたら大変じゃないかと、背筋がひやりとする。
が、彼女は薄く笑って首を傾げた。
「さあ? どうでしょうね。この町だけじゃないのかもしれないし、たった今増えたのかもしれない。――今まで何人かサンプルと思しき人間を集めて実験はしてみたけど、何も起こらなかった。けど――今はこの反応」
やっぱり、と彼女はこちらを――紅い結晶を身体に持つ自分達を見つめる。
「お母さんとかおばあちゃんが来ると、タンポポの種も喜ぶのかしら?」
「……なるほど」
彼女の言葉には、妙な納得感があった。
末利は、紅い石の存在を知っている。しかも、それを研究し続けてきたのだろう。
だが、この世界にある石の詳細には手が届かないままだった。
そう言う事だろう。