CLIMAX - 1
その日は、とても良く晴れていた。
霧緒が駅に到着した時には、既に全員が待っていた。
そして、司の案内で研究所へと向かう。
塀の続く道を歩きながら、司は今日の情報をぽつりぽつりと、眠そうな表情で教えてくれた。
「えー。今日の試験ですが、前話していた覚醒試験です。本日の受験者予定者は五名。もう全員到着して、受験の開始時刻を待っている……はずです」
「適当だな」
「ま、俺の仕事はこの後に待ってるからね……」
少しだけ憂鬱そうな声を響かせて、彼は門の前で立ち止まった。
「はいはい、皆様到着しました。ここが本日の試験会場。覚醒技術研究所です」
研究所の入り口は、どこにでもあるビルのロビーのようだった。
だが、受付は無人で、壁に試験会場の方向を示した紙が無造作に貼ってあった。
その矢印にそって進むと、ホールに出た。
天井には明かり取りの窓があり、奥と右手にドアがある。
矢印の表記はないが、そのどちらかが試験会場へと繋がっているのだろう。
そして奥への扉の前に、一人の女性が立っていた。
しゃっきりと伸びた背筋に、白衣がよく似合う。いかにも研究者、という雰囲気を纏った女性。
「いらっしゃい。初めましての人も居るわね――ようこそ覚醒技術研究所へ。私は諏訪末利」
よろしくね、と彼女は目の前に立つ四人を見渡した。
「四人グループね」
それで全員? と彼女は首を傾げて問いかける。
それに「いや」と首を振って答えたのは司だった。
「正しくは、二人と一匹と、一不明だ」
「不明とは失礼ね」
間髪入れずにみあが不満の声を上げる。
「じゃあ、訂正しよう。一よく分からない……とか?」
「一緒よ……」
はあ、と盛大な溜息をついて、みあは小さく首を振った。
「はいはい。司がごめんなさいね。話を進めてちょうだい」
「そうさせてもらおうかしら」
そう言って彼女は「何か質問は?」というジェスチャーをした。
「マツリ。――あんたがここのボスか?」
そう問いかけたのは、リンド。
彼女は「そうね」と頷いた。
「答えはイエスよ。私にもボスは居るけど、名義的にも心情的にも、研究所のボスは私ね」
「っていうかリンド。お前この間会ったじゃん」
「FHの人間だとは聞いたけどな。確認してみただけだ」
「なるほど?」
そんな司の言葉をさらりと流して、リンドは彼女へと向き直った。
「お前がボスなら話は早い。昨日、ここに少年が連れて来られなかったか?」
少年、と末利は小さく繰り返して「ああ」と頷いた。
「夕べ確かに、運ばれてきたわね」
それが? と彼女は視線で問う。
「その少年を返してもらいたい」
「それは出来ない、と言ったら?」
「――力尽くでイエスと答えさせるようにする」
じり、とリンドが身構えると、辺りが少しだけひやりとした。
末利はその様子に何をする訳でもなく、ただ視線を外した。
「ま、そうなるわよね。……それで、他の人達もみんな同じ用件なのかしら?」
「俺は別件だな」
と、司が壁に寄りかかりながらひらひらと挙手する。
「俺はとりあえず、ここで起きる事を処理する。それが今回の用件のようだし――俺の仕事、だろ?」
「あたしは赤い結晶に憑かれた人間に用があるだけよ」
ここに居るかどうかはしらないけど、と答えたのはみあ。
答えた彼らにそう、と頷いた視線が、霧緒の方を向いた。
「と、言う事はあなたが独房希望者?」
どきり、とした。
やっぱりここで頷いたら直行なんだろうか、なんてよぎる。
だけど、そんなの覚悟しないできた訳ではない。
「ええ、そうです」
「そう。物好きね……それで、その物好きさんはどうしてここへ?」
「あ、その……探している人がここに居ると、聞いて……」
探してる人、と末利は小さく繰り返す。
「それはどなた?」
「えっと、水原和樹、という男性、なのですが」
ご存知ですか、と聞く前に何か思い当たったらしい。「ああ」と小さな声が漏れた。
「あの人。それなら少し待ってなさい。今、問い合わせて――」
「その必要はない」
そんな言葉と共に、横のドアが開く音がした。
現れた人影は二人。
「――おや。“ディアボロス”」
いらっしゃったんですね、と司の声がした。
彼が呼ぶ通り、一人は春日恭二。
そしてもう一人。悄然とした顔のまま、引きずられるようについてきた男は。
「水原さん……!」
思わずその名を呼んだ。間違えるはずは、ない。
だが、駆け寄る事は叶わない。二人の間に立つ春日にその道を遮られている。
見える限り元気はなくぐったりしているが。外傷はなさそうだ。
それだけは、少し、安心する。
春日はその様子に気が付いたのか、にやついた顔で水原の腕を引き「ほら」と前へ押し出す。
その力に流されるままたたらを踏んだ水原に、慌てて駆け寄って倒れそうになったのを支えた。
「水原さん、大丈夫、ですか……?」
そっと声をかけると、彼の瞳がこちらを向いた。少し虚ろで元気はないが、きっと休めば良くなるだろう。そんな疲れきった目だ。
こんな時なのに、少しだけ頬が熱くなり、奥歯に力がこもる。
「えと、ごめんなさい……その、巻き込んでしまって」
「いや」
すまないね、と彼は目を逸らすようにそっと離れ、霧緒と向き合った。
「深堀君」
「はい……」
「あの、さ。君がここに来たのは、その、僕のため……なのかな?」
聞かれた質問の意図を一瞬掴みかねて、ぱちりと彼を見上げ。頷く。
「え。ええ。そうです。水原さんを、探しに来たんです」
そうか、と彼は少しだけ小さく息を吐いた。
「じゃあ、さ。今から僕が帰ろうと言ったら……君は一緒に、帰ってくれるかな?」