見守るだけさ
聖恵たちの元を去った後、2人は少し離れた聖恵が見える高層ビルの屋上にいた。
「で、どうなってるのか話してくれるのよね?愛奈のこと。なんで私のこと忘れてるのよ。」
紅葉が腕を組み、影芝を見る。
「愛奈は記憶を失って、今は桜井聖恵って名前で生活している。だから紅葉が思い出せなかったんだよ。」
屋上のフェンスに持たれかかりながら空を眺める。
「それって記憶喪失ってこと?」
「そういうことだ。昔の事を全部忘れちまってる。俺や翔のことも、自分が誰なのかも含めてな。」
「そんな···いつからなの?」
「2年前だ。それまでの15年間の記憶を忘れちまってるよ。」
「そんな···記憶が無くなるなんて。ってことはあの子は、なんでこの世界に居るのかも、自分の親の事も覚えてないってこと?」
「そういうことだな。」
紅葉は屋上からまだベンチに横になっている聖恵を見下ろす。
「何が原因で愛奈は記憶を失ったの?あんたの目と腕が関係あるんでしょ?」
痛いとこを突かれたように苦笑いをして空を見上げ直す。
「さすがは紅葉だな。いい勘してるよ。けど、その事については答えたくねぇな。」
「それで私が納得すると思ってるの?」
「納得してもらうしかねぇな」
紅葉が影芝を睨み付ける。先ほど聖恵に話しかけてた時とは違い、もの凄い圧力を感じる。
その圧力に対して、動じることなく紅葉の目をじっと見る。
「はぁ、もうわかったわよ。これ以上聞かない。あんた頑固だから、どうせ答えないわね。」
「悪いな。」
紅葉は深いため息をつきながら、やれやれと首を振る。
「あんたはずっと前から愛奈を見てるんでしょ?なんで本当の記憶を教えてあげないのよ。」
「今度はそうきたか。愛奈にも言われたよ。昔の記憶を教えてくれって。けど、俺は何も教えない。必要なら自分で思い出すさ。今幸せなら昔のあの辛い過去なんて、無理に思い出す必要はないだろ。」
「確かにね。知らない方が幸せってこともあるわね。けど、私は聞かれたら教えるわよ、愛奈のこと。あの子が知りたいならあの子には知る権利がある」
「それはお前に任せるよ。好きにするといいさ。」
2人の間に少しの静寂が流れる。再び会話を切り出したのは紅葉だ。
「でっ、あんたはこれからどうするのよ?」
「どうするって、何も変わらないよ。これからも聖恵を見守り続けるだけだ。」
フェンス越しから聖恵を見ると、ベンチから起き上がりバスまでノノ花とダッシュしている。集合時間が迫っているようだ。
「あんたはそれでいいの?愛奈のこと好きだったんでしょ?」
「ああ、けど愛奈はもういない。今は桜井聖恵だ。だから愛奈が···イヤ、聖恵がこれから幸せな人生を送れるよう陰ながら見守るだけさ。」
雲1つない晴天を見上げ、どこか寂しそうな顔する影芝に、紅葉はこれ以上は何も言えなかった。本人の意思を尊重しようと思ったのだ。そして、また月日が経過したら同じことを聞いてみようと思ったのだ。答えが変わっているかもしれないから。
「そろそろ行くわ。久しぶりに会えて楽しかったよ。またな紅葉」
「ええ、私こそ。愛奈のことは驚いたけど、愛奈も貴方も元気そうで良かったわ。じゃあね♪」
そう告げると2人は別れ、それぞれの家に帰っていった。




