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File 02

 翌日の放課後。尚子は、目の前に立つ金髪の男をぼんやりと見上げていた。よれよれのブレザーのポケットに手を突っ込んで、尚子に向かって顎を突き出している。一応脅しをかけているつもりのようだ。


「そうか、そうか。金を持ってこなかったか。いい度胸してんじゃねぇか?!」

「お詫びに何かしてもらわないとね」

「一発芸でもやらせてみる?」

「こんな女に無理でしょ?それなら脱がせてみようよ」


 尚子は少し肩を竦めた。制服の内ポケットに入っている白いピンの硬さが、柔らかな胸に突き刺さる。


 どうやら、悪い同級生達はうまく意見がまとまったらしい。2人が尚子の両手を掴みあげ、リーダーらしき男は、彼女のブレザーのボタンに手をかけた。


 が、そこまでだった。尚子は、ふっと鼻から息を抜くと、右手でパチリと指を鳴らす。


 時間は止まった。


 国家安全保安隊所属所属、『幸せ』収集係。通称、黒豹。これが尚子の肩書きだ。


 黒豹は、時間を止める能力、そして優れた運動能力が割り当てられている。鍵となっているのは、尚子の場合ヘアピンだ。


 能力は、基本的に任務外で使ってはならないことになっている。しかし、この肩書きが一般市民に露呈することも避けなければならない。尚子は地味な女を演じ続けることで、身分を隠そうとしてきた。だが、あまりに酷い目に遭ったり、捕らえられたりして任務に支障をきたすのも困る。今回尚子は、国家安全保安隊行動規範第十六条の『やむを得ない能力の行使』にあたると結論づけた。


 動かなくなった同級生達の手から逃れ、薄暗い非常階段をそのまま下って外に出る。美しい夕焼けが広がっていた。


「収集日和ね」


 尚子は、腕を大きく広げて伸びをした。

任務を行うのはいつも夜。尚子にとって一日の始まりとはこの瞬間であり、彼女の両親が謎の死を遂げた真相へと繋がる夜明けでもある。


 尚子は家路を急いだ。今夜の任務は、準備が必要なのだ。



***



 今夜は、街の郊外にやってきている。倒産した金属加工メーカーの工場跡だ。廃墟になっている。尚子は跳躍して有刺鉄線の壁をやり過ごし、灯りがついている窓の傍に身を寄せた。


「なるほど……確かにこれはBランクね」


 尚子が受ける仕事には、AからEのランク分けがされている。Aランクが最も危険な任務だ。


 尚子の視線の先では、二十人ほどの男女が入り乱れて踊っていた。壁の外にも関わらず、中で流れている音楽の重低音が身体によく響く。それだけならば、この仕事はEランクだろう。問題は、彼らの中央に置かれている香炉から立ち上る白い煙だ。


 尚子は頭からすっぽりかぶっているマスクを念入りに確認した。少しでも隙間があれば、あの煙を吸い込んでしまう。時折奇声を上げながら、廃材を振り回す男達を見ると、その煙の成分がどんなものなのかなんて、『上』からの解説がなくとも想像がついた。


 背負った酸素ボンベの口を後ろ手で開通させ、ゴーグルを目元に圧着させる。

尚子は動いた。


 建物の裏手に回る。半開きになっていた鉄扉の影に身を潜め、そっと中を覗き込んだ。時間を止めることができる空間の広さは限られている。中の人間全てを『止める』ためには、十分に近づいてからでなくてはカバーできない。


 尚子は音も無く身体を建物の中に滑り込ませると、コンクリートが剥き出しになった柱の影に身を隠しながら、少しずつ現場へと接近していった。


 互いに求め合い倒れ込む男女。歓喜の表情でカラースプレーを噴射し、何かを描きなぐる者。ひたすら甲高い声を上げながら酒を呷る者。中にはナイフを振り回したり、自らの身体を傷つける者も。誰も彼もが目に光が無いのに、底抜けの笑顔だ。何か怨霊が乗り移ったかのように、正常な魂がそこには感じられない。はるか高みから、マリオネットのように操られているかのような。


 尚子はゴクリと唾を飲み込んだ。こんなところに『幸せ』なんてあって良いものだろうか。こんなものを『幸せ』だと認めても良いのだろうか。


 尚子は、幸せな人々から『幸せ』成分を収集する仕事をしている。集まった『幸せ』は、国が神代から伝わる神殿に供物として供えるのだ。すると、この世の人々へ『幸せ』の再配分を行うことができる。再配分すると、世の中の犯罪が減り、平和に導くことができるらしい。らしいというのは、尚子が幼い頃に両親から聞いた話だからだ。


 尚子の両親は、現在尚子が務めている任務を専業で行っていた。しかし、ある日を境に家へ帰って来なくなった。行方不明になってから一ヶ月後。国家安全保安隊本部から発行された死亡通知が、当時中学生だった尚子の元へ届けられた。死亡理由の欄にはただ一言。『任務遂行中の事故』。


 尚子はそれを信じることができなかった。また、両親が帰宅しなくなる一年ほど前から、両親が何者かに狙われていることも知っていた。だから、これはただの偶然の事故ではない。そう確信していた。


 尚子は、死亡通知を届けにきた国家安全保安隊の職員に、両親の任務を引き継ぐと宣言した。


 知りたかったのだ。なぜ、両親が死ぬことになったのかを。


 確かめたかったのだ。本当に亡くなったのかどうかを。


 尚子は、既に様々な事情を知っていたことこら、すぐに正式な収集係として認定された。同時に、尚子の『幸せ』集めと『真相』探しが始まった。


 両親が亡くなるまでは、なんとも胡散臭い職業だと思っていた。今も尚子はそう思っている。だが、国家安全保安隊として動くこと。これこそが、全てを明らかにする近道だと信じている。


 尚子の回収成績は良い。いつも手際がよく、痕跡も殆ど残さないのでトラブルも起こらない。次第にランクの高い任務ばかりが与えられるようになり、給料と保安隊からの信頼は鰻登りに高くなっていった。


 ベテランになった尚子は、『幸せ』の匂いを嗅ぎ分けられるようになっていた。真に幸せな気分にならないと、人間は『幸せ』の成分を分泌しない。瞬時に収集対象を見極めて取りかからなければ、制限時間の5分以内に終えられない。速さが勝負なのだ。


 吸い取られた人間は、やや『幸せ』感覚が減るとの研究所結果が報告されている。だが、これも税金のように自動的かつ強制的に巻き上げることとなっている。全ては世のため、人のため。


 国が機密として管理している歴史書を紐解くと、神殿に供える『幸せ』成分を欠かした時代には、決まって飢饉や戦争が頻発し、大量の人間が亡くなっている。そういう意味で、尚子は非常に重要な任務を背負っていると言える。


 これまで尚子は、多くの人々の、様々な形の『幸せ』を目にしてきた。しかし、いつまで経っても自分の『幸せ』は見つからないままだ。両親の死亡届が届いたあの日、尚子の『幸せ』もまた、遠いところへ行ってしまったのだろう。


 任務中の考え事は危険だ。尚子はパチリと指を弾いた。時間が止まる。

踊ってジャンプしていた女は、宙に浮いたままだ。


 尚子は、さっと周りを見渡した。『幸せ』収集対象となりうる人間は総勢7名。今夜の収穫は大漁となりそうだ。


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