妖怪と人
妖怪物ですね
なかなか今回長めな気がします。
「ふぅ〜今日も疲れたわ」
俺の名前はケント。
21歳でフリーターだ。
フリーターなのは就職試験で何回も落ちているからで、それでも親の脛をかじらないで、アパートを借り一人暮らしをしている。
夢は大手企業!…とまではいかなくても、普通の中堅企業に就職できたら幸いだ。
こんな何も取り柄のない俺だが、最近1つだけ悩みがある。
「さぁーて、今日はあいつがいませんように…」
俺は家の玄関の鍵を開ける。
玄関を開けると、家の中は真っ暗だ。
俺は六畳の居間に行き電気をつける。
中には誰もいない。
「流石に今日は来てないか…よかった。」
「誰が来ておらんのじゃ?」
俺が安心しきってると、後ろからいきなり声が聞こえて振り向くと、そこには浴衣を着てるが、浴衣が崩れて、肩などが露出している女性が立っていた。
そう、こいつが最近の俺の悩みのタネの人物である。
いや、こいつは正確に人物と呼んでいいのかすらわからない。
「出たな!バケモノ!」
「おやおや、お主も酷いことを言うの。儂にはちゃんとユラという名前があると言っておるというのに」
こいつの名前なんて呼ぶんでやるつもりなんてない!
なんせこいつは…
「うるさい!この…ぬらりひょんが!」
妖怪なのだから。
ぬらりひょん。
人の家に上がり込んで、我が物顏で居座ると言うタチの悪い妖怪である。
でも実際、俺も妖怪なんて微塵も信じていなかったが、今目の前にこうしているのだから認めるしかないのである。
「だいたい、なんで俺の家なんかに居るんだよ!もっと金持ちの家に行った方が美味いものとか沢山あるぞ」
俺はカップ麺にお湯を入れながら言う。
男の一人暮らしなんて、自炊をする奴の方が少数派だと俺は思ってる。
別に自分が料理をしない言い訳ではない。
「何を言うのじゃ、お主が居てもいいと言ったのではないか」
こいつも一緒に、俺の貯蓄していたカップ麺にお湯を入れる。
「おい!何勝手に俺の貯蓄してるカップ麺食べようとしてんだよ!」
「お主も硬いことを言う男じゃのう、いいではないか。1つくらい儂が食べてもそんなには変わらんよ」
もうお湯を入れてしまったので今更返せ。なんて言えるわけもなく俺はしぶしぶ納得する。
「だいたい、あの時はお前が1人外でうずくまってたから、可哀想で一時的に家にいれただけだ。」
こいつとの出会いは静かな満月の夜だった。
俺は仕事終わり、家に帰る途中うずくまってるこいつに会った。
その時のこいつの顔は寂しそうで、俺は可哀想になり、家に招待したのだった。
下手したら犯罪の手前くらいなのかもしれないけど、あの時のこいつの顔は守ってやりたくなるようなそんな顔をしてた。
「しかしのう…今時浴衣を着た女が道でうずくまってたら、普通は怪しむものじゃがのう、お主は相当の変わり者なのじゃな。」
「うるせい!だいたいお前がな…」
「お主の説教など聞きたくないわ。ほらそろそろ3分たったぞ。」
俺が文句を言ってやろうとすると、こいつは話を聞こうとせずに、カップ麺を食べ始めた。
しかし、一人暮らしを始めて2年。
今まで一人で食べてきたご飯だが、こいつと会ってから一人で食べるご飯も少なくなってきて、喋り相手も出来て、昔の生活よりは楽しくなっているのも事実だが、そんな事を言うとこいつが調子に乗り出すから言わないでおこう。
「お主は何をぼけっとしておるのじゃ。麺が伸びてしまうぞ。」
俺は慌ててカップ麺の蓋を開けて、食事を始める。
麺が少し伸びてしまっているが、何故だろう。
今まで1人で食べてたカップ麺よりは何故か美味しく感じる。
次の日
俺は仕事に向かう。
ユラのやつは昨日ご飯を食べると、
「儂も少しだけ用事があるから出かけてくるぞ。少ししたらまた戻ってくるからのう。」
と言って深夜の薄暗い外に出かけて行った。
妖怪が常日頃何をしてるのか興味ないが、正直仕事をしないと生きていけない人間よりは、きっと楽な生活なのだろう。
そんなことを考えてると仕事場である近所のコンビニについた。
自動ドアを開いて中に入ると、そこには1人の女性店員がドアが開いたのでこっちの方を見て、そして俺とわかると周りに花が咲いたような笑顔になった。
「お疲れ様です!ケントさん!」
この子の名前はユイちゃん。
19歳の大学生。
最近このコンビニにバイトで働き始めて、俺が年も近いと言うことで、この子の教育係をしてる。
「お疲れ様、ユイちゃん。着替えてくるから少し待っててね」
俺は奥の方の更衣室に入り、コンビニの制服に着替えて戻ってくる。
「ケントさん!今日は何を教えてくれるんですか?」
笑顔で聞いてくるユイちゃん
2歳しか年は変わらないのに、この明るさはなんだろうと思ってしまう。
俺も2年前はこんな風だったのだろうか?
「ケントさん!今日は何を教えてくれるんですか?」
ユイちゃんは物覚えも早く、次々とコンビニの業務を覚えていき、教える側としても教え甲斐があると言うものだ。
「今回は揚げ物全般のことを教えるよ」
「わかりました!ユイ、頑張って覚えます!」
元気よく返事をするユイちゃん。
俺は今日もこの可愛い後輩と一緒に仕事を頑張るのである。
「ただいま〜」
今日の仕事も終わり、家に帰る。
前なら言わなかったただいまという言葉を、無意識のうちに言ってしまった。
そうすると部屋の中から返事が返ってきた。
「おかえり様なのじゃ、今日も頑張ってきたのじゃな。」
笑顔で迎えてくれるユラ。
俺も色々と悪態ついてるが、何気に家の中にこいつがいるのが当たり前になってきてるようだ。
「そういえばお主に手紙?が来ておったぞ、ほれ。」
そうして俺に手紙を渡してくるユラ。
こいつ等々人様の家の郵便受けまで開けるようになったのか…
俺はユラから手紙を受け取るとそこには、この前入社希望を出した会社からの手紙が来ていた。
俺はごくりと唾を飲む。
どうか入社採用になってますように!
俺は神に祈るようにして手紙を開けた。
そこには…なんと採用の二文字が!
「やった!おい、やったぞユラ!」
俺はあまりの勢いにその場に居たユラに抱きつく。
ユラもいきなり抱きつかれたことに戸惑い、顔が赤くなっている。
「よ、よかったのう。とりあえず恥ずかしいから離れい」
「わ、悪りぃ…」
俺も少し冷静になり、ユラから離れる。
「とりあえずやっとフリーターから脱却できる!こんなに嬉しいのは久しぶりだわ!」
少し気まずい雰囲気を感じた俺は少し大袈裟に喜んだ。
「とりあえず何かよくわからんが、おめでとうなのじゃ。」
ユラもよくわかってないが、ケントが喜んでるのでいいことなのだろうと思った。
「今夜は採用祝いで寿司でも食うか!」
「おぉ!寿司とな!それは豪勢で良いの!」
「なんでお前も食べる前提なんだよ」
別に食べるな!なんてこれっぽちも思ってない俺だが、すでに食べる前提なユラに少し釘をさす。
「いいではないか!嬉しいことは2人で分け合った方がいいと聞くしの!」
にっこりとした笑顔でこっちを向くユラ
その顔に少しドキッとしてしまった俺は、慌てて明後日の方向を向いた。
「お疲れ様でした。」
次の日、俺はコンビニの店長にほかの仕事場に採用になったことを伝えた。
店長も今まで頑張ってくれてたケントの採用を聞き、喜んでくれた。
そして俺は採用になった会社が1週間後まで準備期間としてくれたので、それまで働かせてくださいと頼み込むと、店長はそれを快く引き受けて、あと6日間働かせてもらえることになった。
そしてその日のコンビニでの仕事場で、自分の担当してたユイちゃんにこのコンビニの仕事を辞めることを話した。
「そうなんですか…ケントさんここのコンビニ辞めちゃうんですか…」
とても悲しそうな顔をするユイちゃん。
するとユイちゃんが何か決心したような顔つきになりこっちを向いた。
「ケントさん!仕事が終わった後少しでいいので時間をください!」
「う、うん。わかった」
俺はユイちゃんの勢いに押されたままで返事をした。
そしてその日の仕事終わり。
ユイちゃんと一緒に帰る事になった。
ユイちゃん曰く、「歩きながら喋りましょう」らしい。
俺はユイちゃんの歩幅に合わせるように歩く。
「でもよかったですね。ケントさんもやっと正式な仕事場所が決まって。」
「いや、まぁやっとて感じだよ。唯ちゃんは大学の方ではどう?やっぱりモテたりするの?」
俺は何を話していいかわからないで、とりあえず大学でのユイちゃんの恋愛話を聞こうとした。
「いえいえ、私なんて…私より可愛い人なんて沢山いますし」
「そうかな?ユイちゃんもなかなか可愛いかもしてると思うよ?」
そう言うと俺はしまったと思った。
いきなりコンビニの後輩ぐらいに何を言ってるんだと
慌てて横を向くと、顔を真っ赤にしたユイちゃんが下を向いていた。
2人はそのまま気まずい雰囲気のまま、夜道を歩いて行った。
「じゃ、俺家こっちだから。気をつけて帰ってね。」
そして2人ともそろそろ別れて帰ろうとすると、ユイちゃんが俺の手を握ってきた。
俺はいきなりのことで戸惑うが、ユイちゃんの顔を見てみると真剣な顔をしていたので、黙ってユイちゃんの顔を見つめた。
「ケントさん!好きです!付き合ってください!」
ユイちゃんのいきなりの告白に、俺は顔が真っ赤になりそして…
「こちらこそよろしくお願いします。」
その場でオッケーの返事を出した。
最近いいことばっかりだ。
採用も決まって、バイトの後輩からも告白されるなんて、最高だ。
俺はスキップする勢いで、そのまま家に着いた。
玄関の鍵を開けてそのまま家に入ると、そこには案の定ユラがいた。
「お主。今日は遅かったのう?何かあったのか?」
ユラが俺に質問してくる。
「まぁな〜色々あったんだよ」
俺が上機嫌で答える。
「しかしのう…さっきからお主ずっとニヤニヤして気持ち悪いのじゃが…本当に何があったのか教えてくれんか?」
ユラはずっとニヤニヤしてる俺の顔が気になってたらしい。
自分でも別にニヤニヤしてるつもりなんてなかったのだが、やはりどうしても顔に出てしまうようだ。
俺は今日あったことをそのままユラに話す。
「実はな〜今日コンビニの後輩の女の子に告白されてな!それで付き合うことになったんだわ!これで俺も彼女持ちってやつだ!」
俺が告白されたことを伝えると、ユラはそれを聞き下を向いてしまった。
そしてそのまま黙ったしまったユラ。
俺は心配になりユラのそばに近づく。
「おい、どうした?具合でも悪いのか?」
俺はユラの体調を心配するが…
「大丈夫じゃ…儂をちっと外に出かけてくるの」
そしてフラフラと歩きながら外に行ってしまったユラ。
俺は少し不思議に思ったが、この時は特に気にしてなかった。
あれから数日経ち。
コンビニでの最後の日。
店長も含めてみんなで俺のことを祝ってくれた。
「おめでとう!ケント君!これからも頑張ってね!」
「はい!ありがとうございます!それで…えっとユイちゃんには連絡取れたんですかね?」
ユイちゃんに告白してもらってあれから、ユイちゃんからの連絡が途絶えてしまった。
店の方からも連絡をするが連絡が取れないらしい。
「まぁ…心配ではあるが…あの子なら大丈夫だよケント君!」
店長が心配する俺をあげましてくるが、俺は彼女のことが心配で頭に入ってこなかった。
「ただいまー…今日もあいついねえのか」
俺は今日もいないユラのことも心配する。
あの日、俺が付き合うことを伝えたからと言うもの、この家にやってこなくなった。
別に前は一人暮らしが当たり前だったのだが、いきなり居なくなると、なぜか無性に寂しくなってきたが、ユイちゃんのこともあり、もともとあいつはぬらりひょんだし、またどこかの家にでも入り浸っているのだろうと、1人納得して、明日の新しい会社の入社に迎えて今夜は、早めに寝ることにした。
そしてその日の晩。
俺は突然の息苦しさで目を覚ました。
まるで何かに唇を塞がれたような感じがした。
俺があまりの息苦しさを感じ目を開けると、目と鼻の先にユラの顔があった。
「ユ、ユラ!お前何を…」
ユラは俺の顔から離れると、自分の唇を指でなぞりながら答える。
「何とは?接吻のことか?今風で言うならキスと言うのじゃったかのう?」
「そんな意味じゃない!なんで俺にキスなんかしたんだよ!」
俺はなぜ今更現れたユラが俺にキスしたのかわからなかった。
するとユラはゆっくりと俺の方に近づき、驚いて体を起こした俺の背中に抱きついてきた。
「なぁ…お主は覚えてるか?儂に始めて会った日のことを」
「あぁ…覚えているさ。お前がうずくまって悲しい顔をしてたのわ」
あの日のことはしっかりと覚えている。
一人で悲しい顔をしてうずくまってるユラのことを。
「儂はあの日…いつも一緒にいる仲間にも何も言わずに一人で夜道を歩いていたのじゃ…」
俺はユラの話を黙って聞く。
しかしユラに仲間がいるとは知らなかった。
いつも一人で俺の家に入り浸っていたのだから。
「儂はのう…いつも周りから畏怖され恐れられていた…そしてある日儂は気づいてしまったのじゃ。儂は一人ぼっちだと…仲間が沢山いるが本当に心を許せる奴は1人もおらんことを…」
ユラが畏怖され怖がられる?
俺はユラと一緒にいる時、怖いなんてこれっぽちも感じなかったが…
「そんな時じゃ。儂はお主に会った。お主は1人うずくまる儂を家に入れてくれた。それが儂にとってはとても嬉しかった。親しみを感じたからのう。それから儂はお前の家に何度も足を運んだ。嫌な顔をするお主だが、出て行けなんて言わずに儂が出るまで何も言わずに側にいてくれた。儂を怖がらず畏怖もせず…儂はそれが今までの時間の中で最高に幸せじゃった」
一通り話が終えると、ユラは俺から離れ窓の方に近すぎ腰をかける。
その姿は満月に照らされ、幻想的で…
とても美しかった。
腰をかけたユラは、どこからか出したキセルに火をつけ、外に向かって煙を吐く。
そしてまた話だす。
「しかし…ある日お主はニコニコしながら帰っきて…儂に彼女ができたことを伝えた。そこで儂は今まで感じたことのない感情に襲われた。ドロドロとして…自分の胸が締め付けられるような痛みが走ったのじゃ。その時に確信した。儂はこの男に惚れてるのだと」
そうしてこっちを向いたユラの顔に俺は恐怖した。
まるで獲物を狙うライオンのような、そして全身を見つめるようなねっとりとした視線。
俺は無意識のうちに後ずさる。
「しかし、お主にはすでに愛する人がいる。それすら儂は許せなかった!だから…儂はあの日の夜から…お前の愛する女子を全力で探し回った。儂の愛するお主の心を奪った女狐を…」
ユラの顔が憎悪によって歪む。
俺はあまりにも怖さに、玄関に走って鍵を開けて逃げようとするが、外から押されてるのかドアが開かない。
「そうして…私はやっと見つけたのじゃ。お主をたぶらかしたあの女狐を。」
俺の耳元でユラの声がした。
俺は慌てて振り向くと、さっきまで窓辺に腰かけていたユラがすぐ真後ろに来ていた。
それだけじゃない。
「お、おいユラ…なんだこの妖怪達は…」
今俺の部屋にいるのは妖怪、妖怪、妖怪…
どこを見渡しても人間ではない生き物が部屋中にいる。
「なんだとはなんじゃ。これは儂の部下たちじゃよ。儂を誰だと思ってある。妖怪の総大将ぬらりひょんじゃぞ。」
俺はそこで思い出した。
ぬらりひょん、たしかにぬらりくらりと人の家に入り込む妖怪であったが、もう一つ言われてるのは妖怪の総大将。
しかし、あのユラがまさかぬらりひょんではあるが総大将などとは思いもしなかった。
「じゃ…もしかしてユイと連絡取れないのは…」
俺は頭の中で1つの結論に導き出された。
しかし、その結論はあまりにも残酷なものであり、想像さえしたくなかったが頭の中ではもうこれしかなかったのである。
「あぁ…あの女狐なら…儂の部下たちの誰かが食ってしまったのう。若い女子の血肉となればさぞかし絶品じゃからのう。まぁ儂はあんな女狐の肉なんぞこれっぽちもいらないがの」
俺はその場にしゃがみ込んだ。
想像はしてたが、真実を伝えられると受け入れなれないものであった。
しゃがみこんだ俺の耳元でユラが小さな声で話しかける。
「しかし…これでもうお主の愛する者は居なくなった。これで思う存分お主を愛することが出来るのう。でもお主は人間。儂は妖怪じゃ。儂がお主を愛するためには妖怪になってもらわないといけんからのう…そのためには一回人間をやめて貰う必要があるから…これは必要なことじゃ。ちっと痛いかもしれんが我慢をしてくれのう…わしの旦那様。」
耳元でユラの声が途切れて、俺が顔を上げるとそこには刀を上に振りかぶってるユラの姿。
そしてそのまま振り下ろされて…
「これでお主とずっと一緒じゃ、未来永劫、儂とお主は離れることはないの…これからもよろしくじゃ…わしの旦那様」
その日の夜、満月の綺麗な光に照らされて、百鬼夜行の群れが進む。
総大将のぬらりひょんは血に濡れた自分の愛おしいひとを抱きかかえて…
読んでくださった方ありがとうございます。
あまり妖怪物がないので自分なりに書いてみました。
もしよければ感想などお待ちしております。