銀貨1枚の重み
今日も街を訪れた。もちろんイノシシは持ってはいない。時間もなかったし、そんなにホイホイ狩れるものでもないからだ。今日は昨日渡した(投げつけた)イノシシの分のお金をもらうのが目的だ。
何も変わらない、いつもと同じような日。そうなるはずだった。
それが終わるのは一瞬だった。通りの物陰に集まっている人々。何かの野次馬なのだと思った。
ちょっと気になった。そんなありきたりでつまらないもの。それを理由に僕はその野次馬の方へと向かう。それがどうしても行かなければならないと思うのは人と人の隙間からそれが見えた時。
それは死体だった。
元から粗悪な質だったことが分かる汚い服。それがさらに酷くボロボロになっている。そして人と人の隙間からでもわかる顔や、身体のあざ。至る所にあり暴行によるものだとわかる。
そして、その死体が昨日までは生きて、そして子供達の中では一番親しかったと言えるあの少年だということもわかる。
ただ、そんなことでは何とも思わない。ああ、死んだのか。と思いはすれども悲しんだり嘆いたりなどしたりしない。野次馬、という言葉がわかるこの人達を見ればわかる通りこんなの時たまある日常だ。なんせ孤児なのだから。この街で、いや、もっと言えば俺の知ってる世界では身体も小さく、生きる術を持てない孤児など少し都合が狂えば死んでしまう。
まあ、孤児に限らずとも都合が狂えば死んでしまうのは皆同じことか。その確率が高くなるか低くなるかの差ぐらいだ。
なのでボロ雑巾のようになっていても、そうなのか、で終わることだし。それが知り合いの孤児であってもそういう運命だったということで片がつく。それで終わらなかったのはある一部分が見えたため。
それは吐き捨てられたかのような死体にあって異なる印象を受ける。強く強く握り締められた拳。弱さを表し弱者という存在を現しているであろう存在のなかで異彩を放ち、確固たる意思を見せる殻だ。
そして、僕はその殻の中身をわかってしまった。わかってしまったら自然と足が動く。その方向に。
僕がその方向に歩けば前方にいた人々はサーーッと退いていく。それはまるで、昔の偉い人が海を割ってその間を歩いたかのようで。
何ものにも阻まれず僕は到着した。到着すればその死体の状態がもっと詳しくわかる。孤児である子達の服は市民が何度もなんども着古して使えなくなった服をようやく捨てたものを拾い着ているため破けていたりするものが多いが、新しく破けた箇所などがありありとわかってしまう。
新しくできた穴から見えるのは腫れ上がったあざだ。元々あった穴から見える肌も痛々しく変色している。
そして、ふっと視線を横に向ければ知り合いの衛兵であるホラさんがいた。ホラさんは人混みが割れていくのでわかっていたのか僕の方をずっと見ていたようで、僕が気づくと手を振ってきた。
「衛兵隊の副隊長さんがこんな事件に出張って来ていいんですか。もっとやることはないんですか?」
「おおい、そんなつれないこと言うなよ。いいのいいの。俺の肩書きはこんなだけど、俺には下っ端の仕事してる方が性に合ってんだから」
ハア、とため息をついてしまう。ホントどんなところでもこんなのらくらとした感じで気が抜けてしまう。
「そうため息つくんじゃねえよ。そんなことよりお前この頃店に来ねえな。何でだよ。寂しいじゃねえかよ。何好き好んであいつと二人だけの空間にいなきゃならねえってんだ。もっと頻繁に来いよ」
何言ってるんだろうかこの人は。
「何言ってるんですか。3日ほど前に行ったところでしょう。更にその前は5日ほど前です。充分な頻度じゃないですか」
「お前こそ何言ってんだ。だからもっと頻繁に来いって言ってんじゃねえかよ」
キョトンっと何言ってんのお前という顔で見つめてくる。僕だって何が悲しくて毎日毎日男3人でご飯食べなきゃいけないんですかっていう文句があるんですが。