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海賊と魔法生物

 グラハナ海域。蒼林の東、アウリッツ領ファーヴボールド島の西、バルツァサーラの北。三点を結んだ三角形の海域をそう呼ぶ。中央に向かって渦を巻くような潮の流れは独特で複雑だが、それ以外は強風が吹くわけでもなく、波が荒れるでもなく、比較的穏やかな海域だ。複雑ではあるが潮の流れもそこまで強くはないので、慣れた船乗りなら風のある時など三国間の良い近道になる……はずなのだが、グラハナ海域では海難事故が多発する。原因は不明。ある日突然船が沈んで消える。船だけではなく、上空を通過予定だったアウリッツの飛竜部隊が消息を絶ったなど、原因不明の失踪海難事故が多発した。

 その事故史は長いが、未だ原因解明されず、グラハナ海域は船舶関係者たちから『魔の海域』と呼ばれていた。

「それは我々海の者も同様でござる」

 船長室に集めた面々に、蝕の民の長老から聞いた話をまとめ、次の目的地として候補に上がったグラハナ海域について話をしていた所、同席した小型クラーケンのルナーが挙手と共に、兜を被ったような擬態の顔から声を上げた。

「海にも領海があります。バルツァサーラの北にはトライシェル族の者の集落と、蒼林の東近海には赤サハギン族の国家がありまして。そのグラハナ海域と呼ばれる三国間の海域は、それら集落への近道ではあるのでござるが、海の者の間でも立ち入りを避け、遠回りをする場所でござる」

 海の者もあの海域では体調を崩す者が多発し、謎の死を遂げた者も少なくはないそうだ。

「名実共に、魔の海域って事か」

「海底にも何かが潜んでいる、と言うところか?グラハナ海域の原因不明の海難事故の歴史が、例の小大陸の消失から始まったとすると、千年近く続いている事になるそ」

 蝕の民の口伝に寄れば、グラハナ海域にはかつて、グラハナトゥエーカと呼ばれた小国家が存在したと言う。

「千年前にその大陸が沈んで、潮の流れが渦を巻いた、までは分かるんだけどよ。潮の流れは覚えればどうって事ない程度だ。それだってのに原因不明の海難事故が多発する」

 原因が分からなければ対策が立てられない。海域に進む事すら出来ない。それじゃ困るって話だ。

「そこでレヴ。調査の結果を報告しろ」

「はい。方々にグラハナ海域の情報提供を依頼したところ、意外な所から情報提供がありました」

 長い前髪で目元を隠した少年が、いつもの報告時にはない緊張感のある声を上げた。

「白魚海賊団と、海神海賊団からそれぞれ情報提供がありました」

「はぁ?マジでか?」

「マジです。ぼくも最初は驚きました。でも白魚オリガ船長はバルツァサーラ周辺で活動しますし、海神ニコラス船長も蒼林近海で活動しますから、信憑性は高いと」

 レヴの報告では、両海賊団からの情報は共に『グラハナ海域には毒霧が漂っている』と言うものだった。

「恐らく海底に沈んだグラハナトゥエーカ大陸に、何らかの土壌成分と言うか、原因があってあの海域に毒霧が発生し、海中にも毒の成分が溶けているのではないかと、そう言う話です」

「その成分は、分からないよな?」

 メーヴォの問いに、レヴは首を横に降る。

「でもよ、空気の確保が第一条件なのは確定だよな。マルト、浄化の樹の葉と剪定してる枝をどうにかすれば、その辺の問題はどうにかならねぇか?」

 船医マルトは、なるほどと顔を明るくし、少し考えた後に「出来ます」と答えた。

「浄化の樹を燻して出た煙にも浄化作用はあると聞きます。浄化の樹について改めて効能を調べます」

 急ぎ足でマルトが船長室を後にした。

「後は海底に潜って調査する時の話だ」

 決めなければいけない事が山盛りだ。

「ルナー。お前さんのクラゲを借りたい所だが、アレも水中の毒に干渉するな?それの対策は取れそうか?」

「浄化の樹の枝……少々大き目のものを頂ければ対策が取れるのではないかと思う所存。もしくは船上で浄化した空気をクラゲに送る事が出来ればあるいは……」

 空気を運ぶったってなぁ。その点については?と技術者様へ視線を送れば、肩を竦められた。

「浄化の樹がどれだけ作用するか、マルトに調べてもらいつつ、風力部隊の奴らに風の魔法でどれだけの空気玉を作れるか実験させろ」

 分かりました、と答えたエトワールとレヴが船長室を後にした。

「あとはジェイソンのおっちゃんに海上移送してもらう食料品と日用品のリストアップだ。各班長報告を」

 調理隊隊長ジョン、技術部隊隊長メーヴォ、医療班班長代理、甲板長、倉庫番班長がずらりと船長室に並び、各々の隊で今後必要になる物資の報告を聞き、纏め、方々に指示を出しながら、俺はこの一大作戦に心躍らせていたのである。

 バルツァサーラの北東の小島に停泊している俺たちは、先日ある港町で大量の奴隷を掻っ攫ったばかりの為、バルツァサーラ近隣の港町に立ち寄る事を控えている。幽霊商船ベルサーヌの協力の元、奴隷たちは速やかにアジトに移送され、商船アナスタシア号を駆る商人ジェイソンには食料品などを輸送して貰っている。この一帯から離脱するには、アジトへの往路に時間がかかる。毒霧対策を講じながら、物資が届くのを待つ方が得策だ。

 幽霊商船ベルサーヌの面々には、ジェイソンが各地で取り揃えた珍しい食材が謝礼として渡された。特にアナベル嬢は森林国家フレイスブレイユ特産の、世界一辛い唐辛子に目を輝かせていた。不死者の味覚とやらは恐ろしい。

 そんな訳で。蝕の民の面々から集めた口伝と、メーヴォが管理する蝕の民の手記を照らし合わせて出した、幻の大陸グラハナトゥエーカへの道のりは遠く険しかった訳だが、俺たちは二月以上をその対策に費やした。


 すっかり乾季も深まり、夜などはジョンの使役する火喰い虫が部屋に居ないと困るほどに冷え込み始めた頃。俺たちはついにグラハナ海域へと到達していた。

 物資の輸送をしてくれたアナスタシア号を僚船に、双方の船にいくつもの対策を施し、満を持しての出航になった。メインマストを中心に、船首、船縁、船尾、船室、船倉の至る所に魔法陣が描き込まれ、それらを起点に船全体を風の魔法で覆っていた。

「浄化の樹にこんな使い方があるとは思いませんでした。木炭にしてもその力を発揮するなんて、やはりこの樹は特別です」

 風の魔法を設置した船医マルトが、木綿の袋に入れた木炭を片手に和かに笑った。浄化の樹について調べる事に決めたマルトが最初にアジトから取り寄せたのは、品種改良の末に浄化の樹を生み出したとされる、ある植物研究家の記した本だった。数百年前に書かれた本だが、レヴの祖母が集めた蔵書の中にあったもので、マルトが確保してアジトで保管していたのだ。

 浄化の樹を木炭にして魔法陣を描けば、風の魔法に浄化効力を相乗させる事が出来る。浄化の樹が希少品になる以前は、馬車での移動の際などに活用されていた方法だった。炭にして尚浄化の力を発揮する。希少な樹を持つエリザベート号だからこそ出来る一大作戦だ。アナスタシア号も同様の対策を講じてあるが、その魔法陣の数はエリザベート号の倍近くに及ぶ。元々竜骨に浄化の樹を持つエリザベート号は、船体に浄化の樹の魔力が染み渡っていて効果が大きいようだった。

 風の魔法の結界を有した船が薄曇りの空の下、穏やかに海を走った。乾季の北の海は曇りがち。それでも太陽が時折顔を覗かせて、平穏な航海そのものだ。風も程よく船を後押しする。

「穏やか過ぎて何か起こってるなんて嘘みてぇだな」

「ああ。風の結界が無ければとっくに何事かが起こっていただろうな」

 よく見ろ、と船縁に立ったメーヴォが空と海を指差した。

「空に鳥の姿が無ければ、海に魚影もない。静か過ぎるんだ、この海は」

 並走するアナスタシア号と、ルナーのクラゲが居るだけで、確かにこの海域は生き物の気配が希薄だった。空気中にも海水にも毒が混ざってるって事だろう。ルナーからの報告はまだ無いから、毒性は微弱。それでも野生の鳥や魚すら立ち入らないグラハナ海域。

 鬼も蛇も、出るなら出やがれってんだ。

「ラース、間も無く目標地点到達です。ルナーさんからも、水質異常を感じると通達がありました」

 エトワールからの報告を受け、俺は横にいたメーヴォに目配せした。

「良し。エトワール、船内で体調不良者がいるか確認させろ。メーヴォ、行くぞ」

「……あぁ。ついにだな」

「ビビってるか?」

「そんなまさか。いつだったか、人魚の島へ出掛けた時と同じ心持ちだな」

「なら、楽しい海中探索と洒落込もうぜ」

 笑って返したメーヴォを伴い、俺たちは船医マルトの元で海中へ潜水していく為の防御魔法をかけて貰った。襟の後ろに木炭で魔法陣を描き、そこから風の小さな結界を作る。額に小さな魔法陣を追加して連動させると、頭の周りに空気の層が出来た。更に靴の甲にも魔法陣を描いて、全身に薄い空気の層を形成する。

「ルナーさんのクラゲに乗って海底を目指すので、これは万が一、海中へ出てしまった時の為の保険です」

 巨大クラゲには体内に浄化の樹の木炭を抱えさせ、更に出入り口になる口元へ浄化の樹の枝を挟む事で空気の浄化が可能になった。此処に至るには、このエリザベート号でなければ成せなかったと言うわけだ。

 流石に海中へエリーを伴う事は出来ないと判断し、エリーは人形の体の上、船長室で留守番だ。その代わりではないが、右手に着けた金の指輪へとキスをする。エリーの身体は此処にある。さあ一緒に行こうぜ。

 魔法陣を発動させ、俺とメーヴォは空の樽に入って、船縁に伸ばされたクラゲの足にそれを運搬させて内部へと移動する。乾季の海水は流石に冷たすぎる。

 ほんの一瞬、エリザベート号の結界の外へ出た所で吸い込んだ空気に変な重みを感じた。

「ラースも分かったか?」

「ああ、此処は確かに毒の海みてぇだな」

 用心しろよ、と付け加え、二人でクラゲの中に乗り込んだ。雨季の暑い頃に入った時とは違い、今回は完全に内部は水抜きがされていた。

「お疲れ様です」

「いざ、古代人の沈みし未知の海底へ、でござるな」

「お伴します。よろしくお願いします、船長」

「おう、頼むぜ」

 クラゲの中で待機していたのは、小型クラーケンのルナーとサチの親子、そして人魚の王子アベルだ。海中のエキスパートが揃って海中探索へと同行した。

 クラゲはその足をエリザベート号から離すと、頭を上にしたまま、自由落下するようにスルスルと海底へ向けて降り始めた。

「既にこの辺りでも海中は異様な水質に変化している模様でござる。クラゲも浄化の樹が無ければ、斯様な潜水は出来ぬ事だったでしょう」

「僕も浄化の樹の枝を頂いて、水中で咥えて居ましたけど、肌にもざわざわ来る違和感がありました。なるべく僕らも此処に居た方が良いかと」

 ルナーとサチは兎も角、アベルは空気中で問題ないのか?と思って良く見れば、アベルの首回りには水の首輪がたゆたっていて、その中にエラが見え隠れしていて納得した。

「用心に越した事はねぇな。この先、何が待ち構えてるか分かったもんじゃねぇからな」

「迷惑な横槍が入らない事を願おう」

 メーヴォが暗い海の先に視線を投げて呟く声が、微かにクラゲの呼吸音とコポコポと空気が上っていく音に溶けた。


「沈んだ大陸はどんな場所でしょう?建物などが残っているんですかね?それと、なんでこの毒が発生しているんでしょう?」

 好奇心旺盛なアベルが、メーヴォを質問責めにし、やはり好奇心の塊のような男がそれについて、独自の見解で語り出して程なく。日の届かない深海の暗さに、メーヴォの語りは最高の子守唄になる、と、欠伸の一つも溢れた。微睡みに拍車がかかりそうになったのを遮ったのは、脳に走った直感だった。

 誰かに見られている。そんな気配を感じた。

 寄り掛かっていたクラゲの壁から飛び起きて、驚きに視線を投げて来た一同に喝を入れた。

「なんか居る!」

 漠然とした俺の警告だったが、皆瞬時に顔を引き締めて周囲へと目をやった。

「こんな海中で、何がいるってんだ?」

「……そうだな、例えば、例の鮫野郎って可能性があるな」

 いつだったか、海賊狩りの男が迫っていた時の胃の竦む感覚だ。肌を騒つかせる殺気を感じる。何も見えない海中のど真ん中で襲撃を受けたらたまったもんじゃない!

「拙者の目でもこの深海は見通しが利きませぬ!」

「なら、僕の出番だな」

 自信満々のメーヴォがマントの中から棒の先に黒い塊の付いた松明の様な物を取り出した。それ何処に入ってたの?

 メーヴォは松明もどきをルナーに渡し、塊の下に取り付けられた導火線を擦って火を着けた。直ぐに導火線は燃えて黒い塊の中に吸い込まれた。

「良し、これをクラゲに持たせて下さい。程なく中に仕込んである火炎水晶が燃焼し出します」

「あいわかった!」

 すぐさま足元の触手が僅かに開き、クラゲの触手が松明もどきを攫っていった。黒い塊が徐々に赤く染まり、ボコっと一際大きく空気を吐き出して爆ぜ、それは橙色に輝き出した。

「熱は海水で相殺されて、光だけが灯る仕組みさ。人が持ったって熱くない。周囲の水が温まるから身体が冷えるのも防げる。アレ一本で半日は明かりが灯ってるから、これで周囲の警戒と」

「後ろだ!」

 光が灯り、周囲の状況が把握出来た途端、暗闇の海中の中に大きな魚影を発見した。相手もこんな海中で光が灯るとは想定外だったらしく、直進して来た進路を僅かに逸らしていた。

「あの鮫野郎だ!今度は見間違えねぇぞ」

 右手人差し指に着けていたイディアエリージェを呼び出そうと思ったが、此方から先手を打つのは難しい。何しろクラゲは真っ直ぐ縦になって海底を目指しているんだ。横を向いて口を開けさせるとあっという間に内部は水浸し、下手をするとメーヴォの爆弾が使い物にならなくなる。となると、物を言うのはやはり海の専門家だ。

「それがしが出ましょう」

「僕も行きます」

 巨大な弓と剣を構えたルナーとアベルが、勇ましく立ち上がる。

「頼むぜ」

 万が一の時は先だっての時と同じように、俺の煙幕弾で追っ払ってやる!

 クラゲの触手の隙間から二人が海中に躍り出た。二人とも口元に浄化の木の枝を咥えている。毒性の水に浸かっている訳だから、肌から吸収する可能性もある。戦いは短期決戦で決めないといけない。

「海皇流弓術!貫一輪!」

 先手に出たのはルナーだった。番えた矢が一本、水を切り裂き渦を巻いて飛んだそれを、巨大鮫は難なく躱した。だろうな。奴の身のこなしはかなりのもんだ。しかしそれで奴も奇襲を諦めて、正面から切り結ぶ事に腹を括った様だ。アベルも剣を一旦納め、肩に掛けていた弓を手に、練習の成果を見せる。番えた一本の矢は正確に巨大鮫を威嚇するように飛ぶ。二人の射線から逃げるように、しかし此方との距離を詰めて鮫が周回しながら距離を見計らう。

 二人はクラゲの上へ乗るように陣取り、撃ち墜とさんと矢を射る。弾幕とまではいかないが、中々の精度に鮫野郎も距離を縮められないようだ。

「サチ、クラゲの深度を一旦止められないか?そろそろ海底に降り立っても良い頃だが、アイツを連れ立って海底探索はゴメンだ。此処らで決着なり退けるなりしたい」

 メーヴォの指示でサチがクラゲに合図を送り、クラゲが僅かにその傘を開き、降下速度を落とした。

 これなら射線も安定する。が、あちら側からの狙いも定め易くなったのも事実。早い所お引き取り願いたいが、そうは行かないだろう。後の問題を強いて言うなら、奴が何処に狙いを定めるか、なんだが。

 巨大鮫が矢を避け、更に距離を詰める。もうあの額に埋まっているヒトガタが視認出来るほどの距離だ。

「嫌な予感がする」

「お前のそれは割と当たるから困る」

「メーヴォ。念の為、魔法陣に再度魔力込めるからこっち来い」

 頼むと答えたメーヴォの、コートの襟後ろの魔法陣を再稼働させる。新しく魔力を注いでやれば、連動した魔法陣に再び強い光が灯る。

「これ、全身に膜が出来て、足元が浮く感じがするな」

 呑気な感想を聞きながら、自分の襟に書かれた魔法陣にも手を伸ばし再稼働させる。

「ラース船長!奴が来ます!」

 普段穏やかなサチが緊迫した声を上げる。巨大鮫がついにクラゲに狙いを定めた。まずは足先に持った照明灯だ。クラゲの下に入り込まれると、上にいる二人の射線上から外れてしまう。

「サチ!クラゲの脚を少し開けてくれ!ラース、ヴェンデーゴでクラゲの天井に僕らを固定だ!」

「どうすんだ!」

「見てのお楽しみさ」

 余裕だなオイ。言われた通りに俺はメーヴォとサチを抱え、クラゲの天井にヴェンデーゴを伸ばして張り付いた。魔法ロープの先は壁などに杭を刺すわけではなくただ張り付くだけなので、生体にも使えるのを初めて知った。巨大鮫が接近するタイミングを見て、メーヴォが爆弾を構え、その合図でサチがクラゲの脚を開けさせた。

「行けっ!水を吐き出させろ!」

 メーヴォがお得意の爆弾をまたも器用に鞭で弾き飛ばすと同時にクラゲが脚を閉じ、排水と共に着火した爆弾がクラゲの真下、巨大鮫の鼻先へと投下された。しゅるっと他の触手を縮こめて退避させる。

『なんだと!』

 鮫が急旋回する間も無く、鮫の額に張り付いたヒトガタの目の前で巨大な爆破が起こった。流石!

 ココの所ずっと、メーヴォは海中で爆破する爆弾の開発に尽力していたのだ。実戦投入されたそれの威力が弱いはずがない。

 クラゲの下から急旋回して距離を取った鮫野郎は、爆破の寸前で腕で防御していたのだろう。吹き飛んで半分骨になった腕を下げて、忌々しげな視線を投げて寄越した。そこに間髪入れずルナーとアベルの矢の追撃だ。

 もうこれで戦線離脱するだろう、と息を吐いた瞬間、水の中だと言うのに男の咆哮が響き渡った。

『覚悟しろ!』

 ガバっと鮫が巨大な口を開けると、そこに光を放つ魔法陣が出現した。

「マジかよ!」

「サチ!防御だ」

「捕まって!」

 クラゲの体表はそれなりの衝撃になら耐えられると聞いているが、それ一枚が破られれば俺たちは途端に海底に投げ出されるのだ。風の魔法で耐性は高めであるにしろ、身動きも息も続かない。耐えてくれ、と俺の願いは淡くも水泡に帰そうとしていた。

『喰らえ!』

 ルナーとサチの放つ弾幕を受け矢襖になりながらも、鮫野郎が魔法陣を起動させた。鮫の口から竜巻が放たれたように、真一文字に渦が海水を切り裂き、ぐるん、とクラゲが渦に巻き込まれて、まるで滑車が外れたよう吹き飛んだ。

 ヴェンデーゴの魔法のロープで体を巻いてクラゲに張り付いていたが、流石にこんな衝撃に耐えられるハズがない!俺自身がヴェンデーゴへの魔力を途切れさせないように集中する事で手一杯で、更にクラゲの中に海水が入り込んで来て頭の中は完全にパニックだ。

 風の魔法で膜一枚貼っていたのが功を奏した。ザブンと海水に浸かったが、クラゲが渦から弾き飛ばされ、体勢を整えて排水が終わると、水滴一つ濡れずに済んだ。

「ックッソが!大丈夫か!」

「メーヴォさんが!」

 ヴェンデーゴのロープで固定していたはずのサチとメーヴォがいつの間にか横に居なくて、サチの声で非常事態を理解した。駄目じゃん俺!ヴェンデーゴの魔力途切れてた!馬鹿!

 クラゲの外にメーヴォが一人放り出され、海底の闇の中にポツリと浮かんで居た。鉄鳥が仄かに光っている。その先で、鮫野郎がニタリと笑った。クソが!ルナーとアベルも先ほどの渦巻き攻撃の煽りで弾き飛ばされ、鮫野郎の後方から猛烈な速度で此方へ向かっているが、メーヴォへ到達するのは鮫野郎の方が早い!

「メーヴォ!」

 やめろ!それは俺のだ!俺の宝の鍵だ!手を出すんじゃねぇ!メーヴォ!俺の叫び声は暗い海水に吸い込まれて届かない。

 クラゲもルナーもアベルも、メーヴォ目掛けて突進するが、間に合わない。メーヴォ目掛けて巨大鮫が口を開く。

 絶望感で心臓が止まりそうだ。

 やめろ、と声が掠れて出てこなかった。

 鉄鳥の放つ僅かな光が一瞬途切れ、海の底全部を照らすように再び強烈に輝き出して、俺は言葉をなくした。

 光の中に、竜が居た。

 長い首の先に羽根の生えたような小さめの頭があって、海竜種特有の平べったい前脚と後脚、長い尾を持つ竜だ。その背に不釣り合いな機械の翼が生えている。

 なんだ、あれは。

 その背にメーヴォがちゃっかり跨っていて余計に混乱した。

 驚いたのは俺だけじゃなく、鮫野郎も突然の竜種の登場にたじろぎ、見せた一瞬の隙に、海竜が先手を取った。

 背の翼で羽ばたき、前足で海中を翔け、小さめとは言え竜種の鋭い牙の並ぶ口で鮫野郎に迫る。バツン、と一口。巨大鮫の額に付いていたヒトガタを噛み千切った!怖っ!すぐさま口から一度咀嚼してトドメを刺したそれを吐き出した。鮫は声無き声で絶叫し、海水を震わせ、悶絶しながら海底へと血の帯を引いて撤退していった。


 ほんの十数秒の事なのに、理解が全く追いつかない。

 この場を凌いだ全員が何とかクラゲの周りに集まった。ルナーとアベルが逸早くクラゲの中に戻り、クラゲと同じくらい大きな、機械で継ぎ接ぎだらけの海竜を凝視している。背の翼だけじゃなく、前脚や後ろ脚の一部も機械仕掛けだった。

 その背で笑っているメーヴォに安堵と疑惑をいっぺんにぶつける。

「おい!おいメーヴォ!どうなるかと思ったぜ?何だよこいつは?こんな手があるなら話しとけって。俺もう絶対駄目だと思ったんだぜ?」

 聞こえているのか、居ないのか。苦笑したメーヴォが下手くそな身振り手振りでクラゲの中に入れてくれ、と言う。クラゲの下へと海竜が滑り込み、メーヴォが触手の一本に捕まったと同時に、海竜が光と共に姿を消した。

「悪かったな。僕もどうなるかと思ったよ」

 クラゲの中に戻って来たメーヴォは、風の魔法のお陰でコートの一部が濡れただけで被害もほぼ無いような物だった。

「で、今のなんだよ!あの海竜は?何処にしまい込んだんだよ」

 問い正すと、メーヴォは笑ってココ、と自分の左耳に引っかかっている鉄鳥を指差した。

「は?」

「さっきのが、鉄鳥の本当の姿だったんだ」

 そこに留まっているのが常で、メーヴォの一部のように思って居た鉄鳥が、ピカピカと羽根を光らせて主張している。まるで、自分が主人を守った事を誇るようだ。

「……本当かよ」

「僕も、信じられないよ。奇跡みたいだ」

 苦笑しつつも、何故かメーヴォは楽しげだ。

「鉄鳥が、僕に用意された蝕の民の遺物だったんだよ」

 耳を疑った。

「真名、フェロヴリード。またの名を、蝕の民の十三星座武器『セルペントフルギーノ』。鉄鳥が、幻の十三番目の武器だったんだ」

 嬉しそうなメーヴォに反して、完全に置いてけぼりにされた俺の声が、ゆるゆると潜水を再開したクラゲの中に響いた。

「一から順に、俺が分かるように話せ!」

 目的の大陸へと到達する前に、俺はメーヴォの呆れ顔と共に事の説明を受け、大事な相棒を失わずに済んだ安堵を噛み締めた。


三章七話・おわり


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