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新たな連環の輪を作るため

 商船団を補足。船は三隻。風は南寄り東の風、微風。船団は潮の流れに乗って、蒼林から西のゴーンブールを目指し航行中。

「それでは諸君、武器は持ったか?隣に見飽きた仲間の顔があるか?腹に殺意は溜め込んだか?供物にお祈りは捧げたか?異世界の神に懺悔したな!往くぞ!」

 応と答えた男たちの声を聞き、新甲板長が少しだけ緊張した面持ちで見張り台へ声を掛ける。

「狙撃用意!先頭商船の帆から順に火炎弾で焼却!十発撃ったら接舷します!」

 敬語が抜けない新甲板長に少しだけ船長は笑い、しかし「上出来だ」とその背を叩く。

 見張り台の上では、身を低く構えた副船長が構えて居た。

「撃ってぇ!」

 新甲板長の号令で、副船長が蝕の民の十三星座武器の一つ、超遠距離射撃銃『フールモサジターリオ』の引き金を引く。

 恐ろしい程小さな発射音を残し弾丸が飛び、その先で見張りを射殺、更に帆に火炎弾を撃ち込んで商船団を混乱に陥れる。

 宣言通り、新甲板長は十発目の弾丸が打ち出されたのを合図に、後甲板の風力部隊に号令を飛ばす。

「目標商船団まで十マイル、強襲、行きます!」

 その声に、後甲板に陣取った魔法使いたちが、帆に風の魔法を使う。メインスルに掲げた黒い旗を翻し、海賊船が海を疾走した。


 海賊船の襲撃と分かった商船団は、燃え落ちる帆の消火に手を割きつつも、中央に居た船を離脱させようとばらけ始める。中央に居た少々古臭いガレー船は、その特徴でもある櫂を一斉に船外に出して漕ぎ始めた。ガレー船は言わば大きな帆付き手漕ぎ船。数メートルに及ぶ巨大な櫂を専用の穴から船外へ出して人力で漕いで進める船だ。帆を燃やされようとガレー船の強みである櫂さえ生きていれば、戦線を離脱して建て直しが効く。

 一番の高級品を積載した船は、逸早く離脱を試みようとした。商船団の船長はこのガレー船に乗っていた。昨今聞く海賊たちの戦略にどう生き抜こうかと頭を捻った末の作戦である。他の船が囮として、海賊船を足止めする中でガレー船が離脱すれば、一番の稼ぎは奪われない。自分の命も何とか助かるだろうと踏んでいた。

 帆を焼かれ足止めされた商船たちが海賊船と相対し砲撃戦を開始したのを横目に、ガレー船が素早く離脱を、と思った時だった。

 船外に出されている櫂に、ドッ、と矢が刺さった。必死に櫂を漕ぐ水夫たちはそれに気付かず漕ぎ続ける。刺さった一本の矢が、数秒後にボワッと轟音を上げて爆発した。櫂を出す専用の穴に爆風が吹き込み、船倉の漕ぎ手の幾人かが吹き飛んだ。壁面を焦がした爆破で右舷側の櫂が停止し、ガレー船は戦線の後方に船首を向けてしまった。

「な、何事じゃあ!」

「分かりません!何処からか攻撃を受けてい」

 船長の横で報告をしていた甲板長が、何処からとも無く飛来した矢によって吹き飛んだ。首を貫通した血まみれの矢が船縁に突き刺さる。船長が情けなく悲鳴を上げ、その場に腰を抜かした。その間にも、船倉を一極集中する攻撃の手は止まない。二発目、三発目の矢が打ち込まれ、次々と爆破が起こり、漕ぎ手だけが行動不能に陥っていった。

「何処だ!砲を出せ!撃て!」

 そう叫ぶ水夫たちが甲板や船倉から大砲を構えるが、攻撃してくる先が見えない。そうこうしている内に、商船団のうちの一隻が海賊船の砲撃で沈黙した。

 急げと怒号が飛び交う甲板に、大量の矢が飛来し、水夫の幾人かがそれを受けて倒れた。致命傷に至らぬ者も、ただ何処から飛来したのか分からない攻撃に混乱を加速させる。

「クソ!」

 矢を抜こうと水夫がそれを掴んだ時だった。パチ、と眼前で何かが爆ぜた。何が、と思う間も無く、矢を受けた水夫が突如爆発した。するとそれを起点に、次々に甲板で爆破が起こる。

 ダン、と音がして、船首に男が一人、マントを翻して何処からともなく降り立った。

「蝕眼のメーヴォがこの船を頂く!これ以上抵抗するなら皆殺しだ!」

 蝕の瞳を煌めかせ、爆弾魔の異名を持つメーヴォ=クラーガが甲板へと降り立った。その後ろに数人の水夫が、海の中から甲板へと降り立った。

 それを見た商船船長は船尾楼へ逃げ込もうと這うように後退する。その手がびしゃりと濡れた。

「何処へ行こうとお思いか?」

 影を落とし覗き込む巨漢が、海水を滴らせながら商船船長の前に立ち塞がる。顎や口の周辺から生える触手の不気味な顔に、商船船長は呆気なく失神した。

「よし、捕虜を確保しろ。破損してる奴はトドメを刺せ」

 甲板でテキパキと指示を出すメーヴォによって、ガレー船は拿捕された。小型クラーケンのルナー率いる弓術部隊による海からの強襲にメーヴォが加わり、別動隊は無事にその役割を果たした。


 残り二隻。既にガレー船は確保済み。あとは派手に虐殺と掠奪に励むだけだ。海賊船エリザベート号からの砲撃で沈黙した船に幾人かの水夫を送り込んで捕虜の確保をさせ、エリザベート号は素早く二隻目の船も補足する。

「最後まで気を抜かないで!接舷用意!」

 敬語で指示を出す新甲板長カルムの働きを見ながら、船長ラースは順調に事が進むこの度の襲撃をいぶかしんでいた。情報屋レヴに寄れば、この商船団に用心棒だか海賊狩りだかが乗っているらしいとは聞いていた。既に二隻沈黙して尚それと思わしき姿は見えない。先の砲撃やメーヴォの部隊の攻撃で死んだならそれで良いが、奥の手を持っていると言うのは良くない。

 そんな考えが顔に出ていたのか、パウダーモンキー(弾薬の補充係や伝令)として控えていたクラーガ隊の少年彫金師カインが「船長?」と不安げに声を掛けてきた。コイツもまた良く人の顔を見ている男だ。

「……カイン、今すぐメーヴォの所に傭兵の有無を確認させろ。信号弾は使えるな?」

「分かりました!」

 連絡用の信号弾を構え、カインは船尾側へ移動した。打ち上がった信号弾に、鉄鳥が此方の船にかっ飛んで来た。それにメモを渡して伝令にする。杞憂であってくれればそれで良い。

「対衝撃準備!」

 カルムの号令に、目前の商船へと視線を戻す。風の魔法を右舷側に障壁として設置し、商船の左舷後方から擦り付けるように接舷する。商船の壁面が風の魔法でバキバキと抉られて弾け飛んでいく。壁面を擦りながら船は減速し、並んだ船の間に固定用のアンカー付きロープと橋板が渡され、エリザベート号の甲板で待機していた水兵が商戦へ乗り移り、動ける水夫と交戦を開始する。

 全て順調だ、と思っていた船長ラースは、うなじにザワザワと来る嫌な予感に眉根を寄せた。商船の甲板の隅に、ローブで顔を隠した男が佇んでいる。それを見た途端にドキリと心臓が跳ねた。

「エトワール!敵船後方、後甲板手前の樽の影、ローブの男だ!撃て!」

 見張り台の上に向かって船長ラースは叫んだ。更に自らの影をタン、と高く踏み鳴らした。

「コール、聞こえたな?行け!」

「承知しました」

 影の中から返事が返って、甲板に広がる男たちの影の中を『それ』が駆けて行く。

 嫌な予感が当たりませんように、と船長ラースは誰にともなく願った。

 甲板で商船水夫が切り捨てられ、死体が積み重なる中、見張り台の上のエトワール、影の中の吸血鬼コールがほぼ同時に商船甲板に隠れていたフードの男を撃った。

 瞬間、男の前を水夫が通り過ぎ、二人の弾丸の餌食になった。

「ッ!嘘だろ?」

「船長殿!」

 影の中からコールの声だけが響き、そこ異常事態を明確に頭の中に落とし込んで、ラースは声を張り上げた。

「野郎だ!あのフードの男に注意しろ!」

 あれが恐らく雇われの傭兵だろう。何か特異な力を持つ者と考えて間違いない。そう結論付け、ラースは銃を構え商船の甲板へと走った。

「……クソ、貴様ら、私がこの船に乗っていると知っての襲撃か!」

 フードの男が甲板中央に躍り出た。そのフードの胸元に、あまりご対面したくない図柄を見てラースは舌打ちと共に顔を険しく歪めた。

「貴様らが死弾、ヴィカーリオ海賊団だな!我らが同胞を次々と手にかけていると、ついに私の元にやって来たのだな!忌まわしき魔女の手の者め!」

「俺たちも有名になったもんだな、コッチだってその図柄とご対面なんて勘弁願いたいぜ」

 十字架に薔薇。双方が忌々しいと罵り合う事になろうとは。ラースは銃を片手に男と対峙し、足元をトントンと鳴らした。

「コール、マルトかジョンを呼んで来い。両方でも良い。浄化の力を持ったあいつ等の武器でないと、薔薇十字の奴らへの決定打にならねぇ」

 コールからの定型文な返事を聞き、暫しの時間稼ぎをせねばと構えた銃を男目掛けて放つ。真っ直ぐに飛んだ弾丸は、またもフードの男の前に立ち塞がった商船水夫によって防がれた。それが尋常でない事はすぐに分かった。

 商船水夫は既に死んでいた。既に息絶えた商船水夫が起き上がり、フードの男を庇ったのだ。

「死霊使い……!」

 すぐ横で武器を構えていた死弾の水夫がヒッと息を飲んだ。今の一瞬で一部の水夫が気圧されたように思えて、ラースは腹の底から号令を発した。

「聖銀弾は持ってるな!弾を詰め替えろ!レヴ!影を這わせろ!コール!エトワールと連携して奴の動きを止めろ!」

 ほぼ一息に指示を出し、自身も魔法銃アンカーを構える。

「私の手の内を見抜いた所で、私の勝利に揺るぎは無い!同胞の仇、取らせて頂く!」

 長い裾のローブを翻し、男は広げた両腕の中に巨大な魔法陣を展開した。魔法式が発動し、魔素が揺れ、空気がキィンと鳴った。甲板中に転がっていた商船水夫たちの体がガクガクバタンバタンと痙攣し始め、まるで仕掛け人形に火が入ったように手足を真っ直ぐに伸ばしたまま、水夫たちは直立した。

「行け!奴らを蹴散らせ!」

 緩慢な動きだが、瞳孔をかっぴらいた新鮮な死体のゾンビは相手にするだけで精神的に疲労する。以前幽霊船を相手にする為に作った聖銀弾を水夫たちには携帯させていた。その時仕入れた聖水はとっくに腐ってしまった。此方の装備は心許ない、とラースは襲い掛かるゾンビの首や足元を狙って弾丸を撃ち込みながら次の手を思案する。

 一番に待たれるのはジョンとマルト。次にメーヴォ。メーヴォは死霊使いだと言えば絶対に嫌だと言いそうだが、ゾンビ相手なら爆破は通じるぞ、と言い訳をラースは考えていた。

「うわっ、なんて事ですか」

「っかー!やりおったなぁ!」

 同時に背後で上がった声に、ラースはしめたと戦況の逆転までの道筋を組み立てた。

「来たな、ジョンにマルト。足を狙って転がすから、止めを刺せ!」

「言われんでも、斬り刻んじゃるわ!」

「私は止めだけ行きまーす!」

 両者二様の返事を返し、ジョンとマルトがそれぞれに浄化の武器、聖刀オーストカプリコーノと聖槍コルノアリエーソを構えて商船甲板のゾンビ狩りへと参戦した。

 ゾンビを相手に、死弾水夫が足を狙って転ばせると、その背に巨人族の船医マルトが、その大柄な体躯から槍を振り下ろして一突きにする。性格は温厚で戦闘に向いていないが、巨人族らしい怪力でゾンビの背骨を的確に粉砕して行った。

 ゾンビを相手に、怯む事無く果敢に切りかかって行くのが、一端の戦士でもない単なる料理人と言うのだから、ジョンと言う男は破天荒だった。手にした直刀をいっそ華麗なまでに振りかざし、ゾンビの首を一刀両断し、時には胴体をも分断した。

「ぐ、ぬ」

 渋い顔をフードの下に隠し、男は自分の周りにゾンビを配置する。その一体が頭蓋を弾け飛ばして吹き飛んだ。頭を無くしたゾンビが立ち上がる前に、弾丸がその脊椎を的確に射抜き、ゾンビを無効化する。脊椎を損傷すると、ゾンビは大抵行動不能になる。

「クソ、弾幕が厚い……こんな、馬鹿な!」

 エリザベート号のマスト上の見張り台から打ち込まれる遠距離射撃と、何処からとも無く飛来する弾丸に、男は自分の身を護る為にゾンビを配置する事に必死だった。的確にゾンビを、人体を使い物にならなくする、死に至らしめる術を研ぎ澄ませたような、その弾筋に迷いが無かった。

 残り三体だったゾンビがその瞬きの間に沈んで、男はギイ、と悲鳴を上げた。

「私は負けない!私は絶対に負けないのだ!」

 そう叫んだ男の額にボッと頭蓋を撃ちぬく音がして穴が開いた。

「やっと当たった」

 見張り台の上でエトワールが深い溜息を落として、懐から取り出した赤い結晶を噛み砕いた。

 ぐらり、と揺れた男が濁った目を見開いて、まだだ、と呟いた。額の穴がミチミチと音をたてて塞がっていく。

「まだ死なぬ!まだ、私は死なぬ!」

 やはり奴へのトドメにも浄化の武器が必要なのだ。そうラースが結論付け、ジョンとマルトへ号令を飛ばす。応と答えた二人が手近のゾンビを切り伏せながら距離を詰める。

「私は、負けなぁイ!」

 叫んだ男が、より強力な魔法陣を両手の間に展開し、ドスンと床板へと叩きつけた。商船全体に光が走ったかと思うと、既に行動不能になっていたゾンビたちが再び動き出した。脊椎を潰されて立てない者は腕で這い、首を落とされたものは首の無い体でフラフラと立ち上がった。

「ッギャ!えぐい!ひどい!」

 マルトが顔を顰めながら再び広がった惨状に悲鳴を上げた。

「際限ナシかよ!早いところトドメを刺さないと、消耗戦だぞ!」

 浄化の武器を持つジョンもマルトも、第二波ゾンビ襲来に手間取っている。何より死弾の平水夫の士気ががくんと落ちていた。魔族の情報屋レヴの操る影で、足元に移動負荷の魔法を展開させているが、ゾンビどもは諸共せず、遅い足取りではあるが死弾の水夫たちを追い詰めていた。

「まさかこんなに……!」

 何処からとも無く聞こえてくるのは吸血鬼コールのもので、何度と無く撃ち出す弾丸が男の身体を射抜くが、それがすぐさま塞がっていくのに苛立っているようだ。

 ヤバいぞ、とラースは逡巡する。決定打を打ち出す為の手段がビタイチ思いつかない。ああ、どうしてやろうか。とりあえず此処に居る全部を氷漬けにして動きを封じてやろうか。

 そうだ、足元だけでも凍らせてしまえば良いんだ。動きが封じれれば、突破口は作れる。

 漂う魔素を手の中に集める。瞬き一つでラースの白目に闇が灯った。

「イディアエリージェ」

 その名を詠べば、右手の中に白銀の銃が姿を現す。手にしていた魔法銃アンカーをホルスターに収め、ラースはその早撃ちで次々にゾンビの足元を凍りつかせた。

「どうよ!」

『流石だな、的がそれなら外さない』

 頭の中に声が響き、エリザベート号が接舷した商戦の反対側に大きな鳥の影が落ちた。

「生きてる者は頭を下げろ!」

 その声と同時に、商船甲板に風が巻き起こった。それは渦を巻き、意志を持ってゾンビを包囲する。

「爆ぜろ」

 その声を合図に、ゾンビたちが一斉に爆発四散した。

「ひゅう、さっすが」

「もっと褒めて良いぞ。良いタイミングだった」

 高いヒールのブーツで床板を踏み鳴らし、ひゅんと手にした深紅の鞭を収めたメーヴォが、蝕の光が輝く両目を閃かせた。

 ゾンビたちは腹と腰を重点的に爆破され、臓物の破片を撒き散らしながら飛散していた。これではもう動く事は叶わないだろう。

「な、なん、だ、と」

 あれだけ大量に居た水夫ゾンビは自分の足元に転がる四体のみになり、フードの男、薔薇十字教会の使徒は絶望に顔を歪めた。

「観念し腐れ!」

 ドタドタと甲板に足音を響かせ、マルトがジョンと共に男に迫る。ゾンビが立ち上がるよりも先に、ラースの氷の弾丸が男の足元とゾンビを氷漬けにした。

「ギイぃ!きっさまらぁ!」

 最期に吠えた男の胸にマルトの槍が突き刺さり、マルトの背を足場に飛んだジョンが男の脳天に刀を突き立てた。

「眠りなさい、永遠に」

 マルトの台詞を聞いて、男は信じられない物を見る顔で絶命し、その身体はザラザラと灰になって崩れ落ちた。



 三隻もの船を襲撃したにも関わらず、うち一隻の水夫は使い物にならないと言う結果に、帳簿を預かる副船長エトワールが渋い顔で溜息を吐く。

「どうするんですか。これじゃあ人数が足りませんよ?」

「仕方ねぇって。今回確保した分だけまずは引き渡して、二回目の襲撃を予定する。それで良いにしようぜ?」

 船長ラースの言葉に、それ以外の反論も思いつかず、ならば取引先に不測の事態が発生した為に、納品を分割したいと申し出るほうが楽だと彼は判断し、また溜息を吐いてそれを了承の返事にした。

「レヴ君、すみませんがモーゼズ老の元に使役便で手紙を送りたい。先んじて連絡をしておかないといけないでしょう」

「はい、了解です」

 襲撃後の事務処理はあちらに任せ、此方では確保した商船を僚船として帆走させる為の再配置がされていた。捕虜として確保した商船水夫と商船船長が武器などを没収され、必要人数を残った船へと分配。商船船長はエリザベート号へと移されて捕虜に、航海士や船医などの知識人たちは海賊転向を勧められていた。積荷はそのまま、エリザベート号と同じように帆走出来るように、商船側に死弾の水夫が数名乗り込んだ。

「良いか、貴様らは俺たちに命を握られていると思え。大人しく従えば生かしておいてやる。逆らえば容赦しねぇ」

 商船水夫たちを前に、わざわざ魔法を使って白目を黒くして恐怖感を煽る演出をしたラースは、それであっと言う間に恐怖による統治を成功させた。既にあの激しい戦いを目の当たりにしていたのだ、水夫たちは殺されないようにと背を丸めて死弾の面々に従った。

 二隻の船を僚船にし、一隻はその場で沈めて死弾こと、ヴィカーリオ海賊団は順風満帆とは行かなかったが、意気揚々と海域を離脱した。


 蒼林国を出国し、西の蒼林領地内の離れ島へと立ち寄った頃。ヴィカーリオ海賊団に一通の使役便が届いた。

 差出人の著名に使役便を受け取ったレヴ、仲介を受けた副船長エトワール、書面を受け取った船長ラースまでもが驚きに奇声を上げたのが一月ほど前。アジトにそろそろ帰ろうかと言う頃に、人魚の国マグナフォスの国王直々の書面が届いたのだ。ヴィカーリオ海賊団の内部は大いに沸き、その依頼を受ける事にした。

「捕虜が欲しいって話なんだ」

「それは恐らく、畑の労働者不足だと思います」

 船にある一番大きな樽に海水を張って、人魚の少年水夫アベルを甲板へと呼び出して話を聞いた。首元に魔法で水を集めたアベルは、親友の少年水夫カインと久々に顔を合わせて嬉しそうだ。二人は同じ奴隷船に乗り合わせ、数奇な流れで海賊になった。アベルはマグナフォスの王子だ。その姉である人魚を助けた経緯のあるラース船長は『人魚の騎士』としての名誉ある証を手にしていた。そのおかげで、小型クラーケンのルナー親子も仲間になったりと、海の住人たちからの信頼も厚いと言う訳だ。

 そして今回の依頼が、生死に関わらず人間を大勢欲しい、と言う案件だった。

「畑の労働者はそう滅多に減るものではありませんが、嵐で海が荒れる事が続いたり、海底に異変があると一斉に使い物にならなくなる事があるんです」

「ゴーンブールの南東と言えば、昨年海が荒れていたらしいですから、それを考慮すると納得が行きます」

 情報屋レヴがそれを補足した。それはつまりニコラスの例のアレが原因だったりするソレだろうか、と思い当たる顔をラースとメーヴォは突き合わせた。なるほどなぁと船長ラースは腕を組み、さあどうやって大人数の捕虜を確保しようかと思案した結果、この度の襲撃へと至ったのである。

 死体にしては移送中に腐ってしまうので、生きたまま移送する必要があった。その後は引渡しの直前、アベルの持つ人魚の鱗を拝借して、食事に混ぜて捕虜たちに振舞えば、苦労せず人魚たちの奴隷の出来上がりだ。

「一度僕も国へ帰りたいと思っていました。捕虜の先導はお任せ下さい!」

 目をキラキラ輝かせて、アベルは手を上げて名乗り出た。

「あ、あの。オレも、人魚の国に行ってみたいです!」

 珍しく声を上げたのは少年水夫カインで、友人の故郷に行ってみたい、何なら勝手に海賊から足抜けしないように見張りと言う名目でも良いと名乗り出て、船長ラースは苦笑した。

「馬鹿正直に人魚のお姫さんを信じて届けてやった俺たちだぜ?今更、仲間になったお前が戻ってこねぇとは思ってねぇよ。それにアレだろ、人魚の男は二十歳になるまで国に戻れねぇんだろ?今回は専門家の出番で、国に立ち寄るのは不可効力だ」

 な、と笑ってやれば、少年水夫たちは嬉しそうにお互いに笑いあった。


「少年たちには随分と寛容だな」

「俺は昔から優しいよ?」

 過去、ラースの狂気に怖気づいて離団を希望した初期のゴロツキ水夫を、正式に離団したと嘯き海に沈めた前科を持つくせに、船長ラースはニヤリと相棒メーヴォへと笑ってみせる。

 ゴーンブール南東の海域へ、潮の流れに乗って三隻の船がゆっくりと進んで行く。商船水夫たちは、少ないながら平等に振舞われる食事に驚き、昼夜の見張りや帆走当番も三交代で組まれている事にも驚いていた。中にはこのまま海賊へ転向したいと言い出す者も少なからずいた。

 しかし稼ぎの良いヴィカーリオ海賊団でも抱える水夫の人数には限度がある。エリザベート号、そしてアジトの働き手。そのどちらも収容人数には限度がある。ヴィカーリオ海賊団は今やその総人数が二百人近くへと増えていた。

「今後、海賊団の第二のアジトとか、陸の拠点、第二の偽装商船とか、考えたい事は増える一方ですね」

 そう苦言を呈して渋い顔をしていたエトワール副船長を思い出して、ラースもメーヴォも顔を合わせて苦笑する。

「知識人たちはみなプライドがあるんだろうな。此方の勧誘には耳もくれなかった」

 僚船を増やすならば操船技術に長ける者や、水夫をまとめるだけの手腕のある者が必要になる。この曲者揃いの海賊団において、船長や副船長クラスの信頼が置ける人材の育成が必要不可欠だ。

 更にアジトの狭い土地にこれ以上人を住まわせるワケにもいかないし、アジトの港は二隻停泊するスペースしかない。僚船を増やすと言う事は、新たな港付きアジトの確保も必要になる。

 故に、そう簡単に仲間を増やすと言う訳にもいかないのがヴィカーリオ海賊団の現状だ。

 更に言えば、今回は一定人数の人手の確保、納品なのだから海賊に転向されても困ってしまう。育成出来そうな知識人やスキル持ちの転向なら受け入れたかもしれないが、生半可な者ではこの海賊団ではやっていけない。結果、要役職の捕虜は虎鯨の解毒薬製作の人体実験に使われて終わるのだ。

「働き手とは別に、今頃ジョンの虎鯨のフルコースを振舞われているだろうよ」

「平の水夫だって最期の晩餐には美味いもんを振舞ってやるんだ。こんなに捕虜に優しい海賊は滅多にいないぜ」

 机の上に海図を広げ、ラースはふふんと息を吐く。この海も彼方此方行った。

 宝石商を偽って稼ぎ、骨ダイヤを売り捌いて資金を貯め、船や水夫の装備を強化した。襲撃の成功率は上がり、その名を世界に知らしめた。死弾の名を皆恐れ、魔弾の名に絶望する。やがて人々は口にする。あれは海賊の王の船だ、と。

「なあメーヴォ。俺たちはこの海の何処にでも行ける。全ての海を渡り歩いた。既に確立された航路は行き尽くした」

「なら、次は何処へ行く?」

「決まってんだろ?海さ」

 トン、と海図に指を立てて、ラースはニヤリと笑う。

「人魚の王国、クラーケンの王国がある。他にもサハギンの集落とかあるらしいし、気になるだろ?」

「やっぱりそう来たか。そうなると船の守りも固めないと、留守中に奇襲を受けた時の想定とか、やる事は多いな」

 そう返したメーヴォの顔は楽しそうだ。新しい武器の開発は順調で、更に魔法の習得もメーヴォは早やく、上達の一途。先日の襲撃の際も風の魔法と火薬による爆破は見事だった。

「海の上も、海の下にも俺の名を轟かせる。それでなきゃ、第二の海賊王は名乗れねぇよな」

「先の長い話になりそうだ」

「でもよ、もう人魚の国とクラーケンの国への足掛かりはあるんだ。あっと言う間にお前を海賊王の技術者にしてやるぜ」

「はは、それは楽しみだ。皆が僕の爆破技術にひれ伏す訳だな」

 王へ到る道に必要なものは揃いつつある。向かう所敵無し。出逢えば死を意味する死神の船。無敵のヴィカーリオ海賊団。その名は既に世界中へ轟き、海軍は多額の賞金で彼らの包囲網を敷くが成果は出ない。皆、その報復を恐れるからだ。力ある者に従い、人々は己の危機を回避する。

 王の為の道を人々が自ずと引いていく。そこを通る事が許されるからこそ、力ある者たちは王へと成る事が出来るのだ。

 かつての王は海の上を征した。ならば、第二の海賊王は海の中すら征してみせよう。


「さあ、新しい海賊王の道を敷くぞ」


海賊寓話第三章終幕

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