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海賊の宴Ⅲ

 灰燼海賊団の船アンフィトリーテ号の僚船として、エリザベート号が揃って蒼林国の港町に寄港した。

 港の船頭も街の人々も灰燼海賊団の入港には目もくれず、そして俺たち海賊団も気にした様子は一切無かった。それだけこの国は海賊に対する意識が薄ければ、他国の船に興味を示せるほどの余裕も無いのだろう。

 蒼林国は潮の流れ的にも航路としてあまり考えない極東の国だったので、実は海賊家業もボチボチ長いが立ち寄った事は無い。この国の優れた工芸品には世話になっていると、俺にとって蒼林国と言うのはその程度の認識でしかない。色んな港町には蒼林由来の物だ蒼林式だと謳う娼婦宿や酒場はあるが、そのどれもが偽物である事を俺はようやく知る事になった。

 建物は軒並み低く小さい。木造の物が多く、三角の屋根が特徴的だ。港街の奥に行くにつれて二階建ての建物が目に付くようになるが、それでもその向こうに山々が顔を覗かせる程度には見通しが良い。他国で見る蒼林式と呼ばれる物のように派手さは無く、街の中も全体的に地味で質素だ。

「蒼林は国内の紛争や戦争が未だ激しくてな。この街は平和なほうだ」

 ニコラスに連れられて訪れた酒場で、あっさりと飲みやすいエールを交わしながら今後の予定を改める。

「物資を調達して蒼林東の海域に行く。そんでお目当ての物を探して、またこの港に戻ってくる。簡単なもんだわ」

「ジョンとマルトが張り切って仕入れに向かって行ったからな、此処暫くの食事が楽しみだ」

 いつに無く上機嫌のメーヴォがエールを片手に饒舌になっている。そりゃ、五百年前の大先輩が別次元で習得して来たスンゴイ技術を自慢げに披露してくれたんだから機嫌も良いはずだ。魔素とデンキとやらを融合したらしい新しい技術だと、此処に向かうまでの二週間ほどの航海の殆どをアンフィトリーテ号で過ごしていた技術馬鹿共だ。

 それを共有しちまったら、灰燼海賊団の強みがなくなっちまうぞ、と言ってやったら、あの緑髪のヒルンドって言う技術者は失笑をくれて寄越した。

「この程度の技術をくれてやって力の差が埋まるような話じゃねぇんだよ魔弾の。理解出来ても運用出来ねぇ。それが新たしい技術ってもんだ。それに悩むから技術職は面白しれぇ」

 俺には一生掛かっても分からない話だ。俺の宝の鍵を攫わない限りは好きにやってくれ……。


「蒼林の情勢は芳しくにゃあな」

 酒場で合流したジョンが、ハナムシでも噛み潰したように苦い顔で報告して来た。その横にすっかり意気投合した灰燼海賊団の料理番が並ぶ。

「此処ぐらいの大きな港街なら飯物屋は潤っとるはずなんじゃが、手配にも時間がかかるそうじゃ」

 国内情勢が悪いと、街から街への街道や山々の峠に盗賊や山賊、下手をすれば国軍の兵士が突然検問を設置して物資を略奪してしまうらしい。国の中、国軍も相当腐敗しているようだ。結果的に街への物資は到着が遅れたり、予定よりも少ない量しか移送出来ない事になる。

 故に、街で重宝されるのは金よりも現物の事の方が多い。多少の腐敗臭を消せる香辛料や、そのまま加工して売り物に出来る反物は高い値が付く。

「で、何日掛かるって?」

「ワシらの船の分で三日じゃ。灰燼の大旦那の船の分も見れば、一週間は取りたいそうじゃから、暫く港町に留まるか、主要なモンだけでどっちかの船で行くのが良かろうな」

「ならば、俺の船に魔弾のと蝕眼の、あと海底探索に必要なクラーケンどもを連れ立っていけば良かろう」

 そう言うニコラスの申し出に異論は無かった。そもそも此処のところメーヴォが通い詰めていたワケだし、船の上にルナーたちが上がるワケでも無いから、厄介になる人数は少ないほうが良いだろう。ウチでもジョンの『海の者に陸の者の食事は提供しない』と言う方針で、ルナーたちの食事を用意した事は無く、あくまで彼らは航路を共にする者に過ぎないのだ。

「それで行きますか。厄介になる人数は最少の方が良い」

 俺たちは別行動の予定を立て、必要な荷物と資材や物資をアンフィトリーテ号へと優先的に確保する事にした。

 結局食料品の確保に三日、油や帆布、ロープの補充に追加で二日かかり、更に二日間は嵐が訪れて、出発までに一週間を要した。嵐が来るわで、食料も物資も必要最低限でギリギリの調達だった。

 その間にルナー親子と人魚アベルと灰燼海賊団の面々とを会わせたり、改めて巨大クラゲの搭載人数などを確認して過ごした。

 最終的にルナー、サチ、アベルは素のまま潜水、ニコラス、ヒルンド、アーグロがクラゲに乗る事が決まった。俺とメーヴォは潜水後すぐに鉄鳥に乗り換える事まで決め、鉄鳥についての話は内密にと頼んだ。

 嵐が過ぎ去り、波の落ち着いた七日目。俺たちはアンフィトリーテ号で港を発った。


 蒼林の港町から船で三日。目的の海域はあちこちに珊瑚の浅瀬が見える一帯で、チラチラと赤サハギンの姿も見える人気の無い場所だった。

「なるほど、これは快適だな」

 巨大クラゲの中でニコラスが不思議そうに声を落とした。風の魔法で身体の周りに膜を作るやり方は、港でマルトに使わせた途端「分かった」と完璧に真似して見せる程魔法には精通していると言うのに、この巨大クラゲについては想像が及ばなかったらしい。

「俺は陸のモノだからな。海のモノには疎い。これなら方向が分からなくても、何とかなりそうだ」

 陸の供物故、海では方向感覚が狂う、と言う意外な弱点も聞いて驚いていた訳だが、流石に上下感覚くらいは分かるでしょうに。

 少し潜ったところで俺たちは鉄鳥に乗り換え、その性能もニコラスたちに示して見せた。

『ご覧下さいませ海神公。これがわたくしめの真の姿で御座いますぞ。わたくしの言う事は本当でございましたでしょう?』

『その様だ。見違えたな』

 ニコラスと旧知の中にあった鉄鳥が自慢げに話す。……うん、薄々気付いてたけど、これはとんでもない事だぞ。

 クラゲの中で灰燼海賊団の面々が暫しの海中降下観光を楽しむ間、俺たちは海底に沈んでいるであろう海賊船を探した。今回は毒の海ではない分、浄化作用は必要ない。風の魔法だけで大体事足りているので、海底探索も楽っちゃあ楽だ。海水温の低さだけは何ともならなくて、全員かなりの防寒着で着膨れてはいるが。

 蒼林の東の海域は独自の珊瑚が自生していて、蒼林の工芸品にも使われる天然物だ。

そこに赤サハギンと言う肉食の魚人の国があるらしい。彼らは時折海上を行く船を襲ったりして、人肉すら口にする獰猛な魚人たちだ。魚人たちの国のすぐ傍に、ご丁寧に魔法で結界を張った船は沈められた。沈没して朽ち果てるであろう船には誰も近寄れない。五百年前に沈められた船の近くに赤サハギンが興味を持って近付きその結界に阻まれ、それを何だと思ったのかは窺い知れないが、魚人たちは近隣に国を興した、と言う事らしい。

 この海域に頻繁に訪れていた灰燼海賊団はその度に赤サハギン族と対立し、結果最初の百年以降は手を出さなくなったらしい。

「黒い船体の船に関わるな、と。サハギン族の間で噂になったらしい」

「……正直申しますと、クラーケン族の間でも、あのアンフィトリーテ号の特徴は良く噂に聞き及んでござりますぞ。アレに手を出して無事に戦果を上げられるのであれば、海中の何者よりも強いであろうと」

 そんな武勇伝のネタになってんのかよ。流石、五百年続く老舗海賊団だぜ。


 珊瑚の間を縫って泳ぎ、やがて俺たちはその船を目の当たりにした。

 フジツボやら珊瑚が侵食し、表面には海藻や苔の類がびっしりと生えている。船底に大穴を明けて佇む一隻の船。大穴から入り込んだと思われる泥が堆積し、船は海底にありながら海原を進んでいるかのようにも見えた。大きさはそこまで無いが、櫂を出す穴が並ぶ特徴的な船体が見えるガレー船だ。

「クラウシス号、まだ朽ちずに此処に在ったか」

 感慨深げにニコラスがぽつりと呟く。そう言えば海賊王の船の名は聞いた事が無かった。それを口にする事も忌まわしいと、時と共にそれを口にする者は無くなり、伝承にすら残らなかったのだろうか。海賊王の名だけが独り歩きを始め、今の時代まで残り続けた。その痕跡は名前と偉業だけを残して風化した。それを望んだのはその記憶を持つニコラスと、他でもない海賊王アランの希望だったのだろう。

 己の生は今この時まであった一人分の人生のみと語り、不死の肉体や強大な力が手に入ったかもしれない供物の契約の力を捨て、死を選んだ男の心情は計り知れない。ただ海賊たちの、海の国を望んだ男。暴虐で残酷、強欲、恐ろしいほどに純真であったであろう海賊王アラン。さあ、ご対面と行こうか。

 俺たちは風の魔法を掛け直し、巨大クラゲとルナー親子を船の外に残し、灰燼海賊団の面々と、俺とメーヴォ、鉄鳥はいつもの耳飾り姿でメーヴォの定位置へ、アベルが船の探索に潜った。

 周囲に張られた結界はニコラスの魔法で部分的に解除し、そこから船内へと泳いだ。五百年経とうと勝手知ったる我らが船、と言うように、ヒルンドとアーグロが水中を先導し、陸の供物であったが故に海中で若干動きの鈍いニコラスをアベルが補佐し、俺たちはしんがりに着いて沈没船の中を進んだ。海藻が生い茂り、微かな潮の流れで壁が崩れ、所々外が見える程に船は朽ちかけていた。それでも竜骨や梁、柱の頑丈さは海底でも健在で、マストに至るまでほぼ原型を留めている。入り込んだ泥が時折視界を曇らせるが、水の魔法で濁りを押し流して、俺たちはやがて船尾楼の船長室へと到達した。

 扉を開けると、結界の中心である船長室は恐ろしいほど完璧な形で原型を留めていた。海藻や珊瑚、フジツボなどの侵食は無く、海水だけが満たされ、そして流れ漂っていた。

「アラン船長……」

 最初に船長室へと入ったヒルンドとアーグロが揃ってそれを呼んだ。続いたニコラスもまた、感慨深げにその名を呼んでいた。

「アラン、今になって、お前の力を借りに来た。こんな俺を笑うだろう。やっとおれの力を欲したな、と。そう何処かで笑っていれば良い。俺はそれを望む。その剣、今、貰い受けよう」

 船長室の中央、金銀財宝をその背に抱え、朽ちた椅子に腰かけた骸骨が、一振りの剣を構えて座っていた。ただ血肉が失われ、白骨だけを残した海賊王アランの姿は、いつかのエリーの様に、とても神聖で美しく見えた。

 白骨の海賊王アランの手から、ニコラスがレオデンテーゴを取り上げた。何処からか流れ込んだ潮の流れに、アランの頭蓋がこくりと頷いて見えた。


 レオデンテーゴを無事回収し、そこに沈んでいた金貨や宝石も麻の袋一杯ぶん回収した。この場所を覚えておいて、後々回収に来るとニコラスに取り付け、前金分だけの引き上げに留めた。今の蒼林ではこの手の古銭は大した価値をつけて貰えないだろう。なら時期を改めて、海賊王アランの時代の古銭だと言って値をつけてくれる然るべき所に流した方が良い。

「なあ魔弾の。此奴を俺たちに一枚ずつ売ってくれねぇか?」

 引き上げが終わり、アンフィトリーテ号へ戻って成果を確認していた所で、ヒルンドとアーグロが古銭金貨を数枚買いたいと申し出て来た。

「アラン船長の時代の物だ。お守りと言うには高価だが、忘れ形見として持っておきてぇ」

 俺割とそう言う話に弱いよ?であるなら、と、一枚辺り現在の金貨三枚で良いと安値で売り払った。

「……ありがとうよ、魔弾の。お前は誰よりも海賊王に近い所にいるぜ」

「お世辞でも尻が浮きますよ。有り難く頂いておきますけどね」

 ヒルンドとアーグロは嬉しそうに金貨を眺めながら、客間を後にした。

 充てがわれた客間は簡素だが立派で、壁に固定された一人用ベッドが左右の壁に一つずつ。ベッドサイドにはサイドテーブルがあり、クローゼットも完備されていて、さながら客船の一室を思わせた。

「客間なんて、客船の襲撃時に漁るくらいしか来ないから、何だか寝泊まりするのが不思議な感じだ」

 そう評したメーヴォは、相変わらずヒルンドと技術交換に勤しみ、更に流者だと言う刀鍛冶とも話をしていた。蒼林で作られる刀よりも数段切れ味の良い上等な刀を作る職人がいると、その鍛治技術についても話を聞いているらしい。

 沈没船から引き上げが終わり、蒼林の港までの復路、アンフィトリーテ号と巨大クラゲは、サハギンの襲撃に遭うこともなく、順調に航海していた。


「あのテツと言う鍛治士の作るカタナが凄い、やばい。アレは蝕の民の技術書にも載ってなかった」

 目をキラキラと輝かせて、楽しそうに俺に報告するメーヴォは見ていて飽きない。

 復路もあと一日と言う頃。世話になったとニコラスが上物のワインと揚げ芋を差し入れてくれた。俺たちはそれを肴に久々に語り合っていた。と言っても、メーヴォが此処で得た知識や技術について、兎に角楽しそうに話すのを俺が聞き役に徹している状態だ。

「凄いんだよ、あのカタナ。鉄で硬いのに柔らかいんだ。兎に角切れ味が半端ない。蒼林にもカタナ鍛治の方法があるけど、それを数段上位補完した製法なんだ。根気のいる作業だけど、あれは覚えておきたい」

「……俺はそれを聞いていてもさーっぱり何にも分からないんだけど?硬いのに柔らかいって、なぞなぞか?そっちの流者の話もだけどよ、五百年前の大先輩が言ってたのってのはどんな奴だったんだ?」

 そう話題を反らせば、これまたぱぁっと顔を綻ばせて、あれもかなり凄いぞ、とデンカセーヒンとやらについて話をしてくれた。

 俺たちが居るこの世界(便宜上『海の世界』と呼ぶ)では、魔法と色々な道具を融合させる技術が発展した。片や鍛治士テツが居た世界は蒼林の文化がより高度に発展した世界で、海賊王の技術者ヒルンドとアーグロが流された世界と言うのは、魔法の力が弱く機械文明が発達した世界らしかった。

「例えば僕らの海の世界では、拳銃と言えば内部に各種魔法石を内蔵した魔法銃を一般的に言うだろう?どんな安物でも大抵内部に魔法石が入ってて、それへ着火……魔法式への点火をして弾丸を発射する。テツさんの居る世界じゃ火薬を使って撃ち出すタイプで、この世界じゃすっかりアンティークだ。凄いのがヒルンドさんの居た世界で、合金と呼ばれる複合鉄材で作られて軽量化、小型化されて、弾丸自体に火薬を詰めて撃ち出す形が取られていた。凄いんだぞ、鉄の弾丸を撃ち出す方式なのに、連射して撃てるんだ」

 うぅーん、やっぱりピンと来ない。チンプンカンプンだ。魔法銃では無い便利で強い銃が存在する世界だった、と。俺の理解はその辺までだ。そんな俺を無視して、美味いワインと揚げ芋で上機嫌のメーヴォは饒舌に語る。

 海の世界の住人は基本的にみんな体内魔力を持っている。故に生活必需品も武器も魔法と融合させる技術が発展した。魔法を基点に動作する。そう言うものが多い。勿論ごく稀にいる体内魔力の無い人間でも使える道具も沢山あるが、動力と言えば魔力だ。

 一方ヒルンドたちの世界は魔法よりも錬金術などの文化が発達し、ジョーキキカンとか、デンカセーヒンと言うのが一般レベルまで浸透していたらしい。ジョーキキカンってのは、えーと、水を沸騰させて出てくる水蒸気でいろんな物が動くやつで。デンカセーヒンってのはそれの上位版で、ジョーキハツデンってのでデンキって雷属性みたいな力を生み出して物を動かすんだと。

「それが理解出来れば及第点だな」

 満足げに俺の理解度を確認したメーヴォがワインを傾ける。

『流石、あるじさまは技術に関しては貪欲でございますなぁ』

『まあな。知る事は何よりも楽しい。これをラースに言ったら怒られそうだが、暫く灰燼に世話になりたいくらいだ』

 おいおい、聞き捨てならねぇぞ。そうだ、これについても話をしておかないといけねぇんだな。

「なあ、メーヴォ。その技術がどう俺たちに還元されるか期待して待つからよ。次の話と行こうぜ」

「なんだ?次の目標か?」

「そうじゃなくてよ、この間例の巫女さんにもらった祝福とやらの話よ」

 ああ、と短く感嘆符を落とし、メーヴォは揚げ芋を頬張った。

「そう言えば魔法を使う練習もろくにしてないな。ヒルンドさんとの技術談議の方ばっかりしてた。新しい武器の構想の方が進んでるな。今まで使えなかったからと言って、魔法自体への興味は薄いなぁ」

「今度俺が稽古つけてやろうか?」

「お前は指導に向いてなさそうだから、エトワールさんとマルトにでも習うよ。気が向いたらな」

 フフン、と笑われて思わずぶっと頬を膨らませてしまった。

『あるじさまは何事に関しても天才的でございます。魔法の体得もすぐでしょう』

 それな。メーヴォは飲み込みも早いし、魔法なんてのは小手先の技術より感覚的な慣れだ。

「なあメーヴォ、ならお前は人に教えるのが上手いよな。教えてくれよ、その、頭ン中で話すやつ」

 そう言って俺も揚げ芋を頬張る。まわりはサクサク、中はホクホクの三日月形の揚げ芋は少し冷めても塩っ気が効いてて美味い。灰燼のとこの料理人もなかなか腕が立つんだろう。

「……何の話だ」

 此方を凝視するメーヴォが、元から大きい瞳を更に見開いている。やっぱり、気付かれて無かったよな。

「だからさ、お前と鉄鳥が頭ン中で話してんだろ?それ、どうやって話したら良い?」

「……聞こえてるのか」

 にやり、と嗤って返事にしてやると、メーヴォが大きく溜息を吐いてワインを飲み干した。

「いつから」

「あの巫女さんに祝福もらってから」

『本当か』

「ホントだって。な?」

 腹の底から盛大に息を吐いて、メーヴォがワインのボトルに手を伸ばす。落胆の様な、渋い顔をしてまた息を吐き、杯を満たしながら、そうか、と小さく納得したように一言呟くと、もういつもの高慢ちきな顔をしていた。

『僕だけが持つ特別な力だと思ってたんだけどな。まさかお前とこれを共有する事になるとは思わなかった』

「だからさ、それどうやって話してんだって」

『言葉を投げるイメージだ。ただ声に出さずに、頭の中で話しかける。相手を意識して、頭の中で話しかけるだけだ』

 随分と感覚的な説明だな。お前教えるの上手いんじゃなかったか?こうか?聞こえてるか?

 ニヤニヤと口元だけで笑って、メーヴォは揚げ芋を頬張った。

「……聞こえねぇのかよ」

「その内出来るようになるさ」

 何処か満足げに笑うメーヴォの楽しそうな事。まあ、別に良いんだけどな。

 俺は話さなくても、お前たちの声が聞ける。それは何だか特別で、俺たちだけの共通点で、ありがたい事にまさに祝福だったんだ。

「あの祝福を受けたことで、お前の中に蝕の民の魔力……ドラゴノアの力が宿ったって事なんだろうな。だから、特別なこの会話が出来る」

「そう言う事だろうとは思ってた。お前の魔法と一緒で、その内出来るようになるって事だな」

「……真面目に魔法を習おうかな。お前の念波会話より先に魔法を習得しよう」

 ちぇ、なんだよそれ。

 負けず嫌いと言うか、特別であり続けたいと相棒は常に思っている。誰かに、特別に必要とされる存在でありたい。それがメーヴォ=クラーガであると言う誇りであり、存在意義になる。それを欲する俺たちへの自己表現でもあるのか。

 難しい事は分からないが、それが可能であるなら一番で居たい。そう言う単純な考え方だ。男なら誰だって一番になりたいと願望を持っている。

 俺も、一番になれるだろうか。

「海賊王、本当に、俺がなれると思うか?」

 ワイングラスの中に小さく吐き出す。

 かつて自称していた魔弾の名は、大きく吹聴して自身を鼓舞する為の自己暗示だった。それがメーヴォと出会ってから、いつの間にか本当に通り名になり、人々から恐れられる事になった。今は第二の海賊王になると豪語しているが、やはりあれも目標を高く設置して鼓舞する自己暗示だ。

「なる気がないのか?」

 質問に質問で返す時のメーヴォは、いつだって俺を試している。顔を上げれば、メーヴォはいつも以上に高慢ちきな顔でこちらを見ている。

 僕と言う技術者を囲い、異世界の神から祝福を受け、世界の供物と言う神に一番近い者にこうして依頼を受けた。もう後獲るべきは王の名以外に無いぞ。

 そうやって俺を唆して、誑かして、押し上げて、自分が好きなだけ遊べるように場を作ろうとするのが、お前だメーヴォ。

 ならば、俺は。お前を宝の鍵と呼んで、お前を選んだ俺が成すべき事は、ひとつだ。

「なるさ、俺は第二の海賊王になる。お前を、海賊王の技術者にしてやる」

「そうこなくちゃな」

 不敵に笑う技術者様は、いつだって俺を支えて押し上げてくれる。俺の前に立ち塞がる扉を開けてくれる魔法の鍵だ。

「へ、へへ。ふ、はは」

 上機嫌で酒を傾けるメーヴォを見ていたら、じわじわとおかしくなって来た。酒が回ったな。

「なんだよ、酔ったか?」

「あぁ、へへへ。なんだか、おかしくてよ、ふ、ははは」

「やめろよ、釣られて、ふふ、笑っちゃうだろ」

 二人揃って、腹を抱えて笑いあった。そうして酒を酌み交わし、互いに抱えた不安や過去を話し合って、そうしてまた俺たちは朝を迎える。

 さあ、次の航海は何処へ向かおうか。

 そんな風に世界地図を思い浮かべながら、俺たちは眠りに就いた。


 翌朝。船は蒼林の港へ戻って来た。俺とメーヴォは、ニコラスの大旦那に見送られ、船を降りた。メーヴォはその足でエリザベート号に戻り、麻袋に入れた前金を抱えて持ち帰った。俺は気分も良くて、腰に下げたエリーと共に港町の散策に出かけた。

 往復で一週間ほど離れていた間に、何故か港に料理の屋台を出して荒稼ぎしている見知った人影を見つけた。

「おう!船長!おけーんなせー!」

 大盛況中の屋台から抜け出してきたのは、やはりと言うか料理長ジョンで。此方の「なにがあった?」と言う視線を受けてガッハッハ、と高笑いをした。

「ご覧の有様よ。なぁに、やっとこ食料が届いたと思うたら、こんなちぃちぇ芋がわんさと届いた、こんなもんじゃ金にならんちゅうて飯屋の親父が嘆いとってな。しょんねぇから一肌脱いでやったっちゅうワケや」

 俺たちの船が大枚を叩いたおかげで、上物の食材は全部確保されてしまい、はした物しか仕入れられなかった。暴利の海賊どもめ!と憤っていた飯処の親父を捕まえて、おう、その食材を買い占めたのは俺たちだ、と名乗り出た上に、その小さな芋でスープを作ってやったらまあ、ウケた、と。

「海賊もやる奴はやるもんじゃっちゅうて、飯処の親父もにんまり顔じゃ」

「おめぇもよぉ……俺たちゃ賞金首の大海賊様だぜ?それが、まったく……は、はははは!」

 何て型破りな事をしやがる。確かに俺たちは海賊で、取引をしてくれるならどんな相手にだって商談は持ち込む詐欺集団さ。それが馬鹿正直に飯屋を助けてどうすんだ。

「ったくよ、笑いが止まらねぇな!」

「おうさ、船長。ワシの腕を切り売りしちまったワケじゃが、そんツケは好きに回収したらええ」

 そう言うジョンの顔が悪巧みににんまり嗤う。

 ズカズカとその屋台へと乗り込み、おい、と芋煮を売る飯処の親父に声を掛けた。

「ウチの船員が俺の留守中に世話になったようだな。その代金、支払ってもらおうか?」

 突然詰め寄って見せると、周囲の客はどわっとその場を後ずさり、中には逃げ出す者まで居た。

「はっ?ど、どう言う事だよ!世話にって、た、確かに、秘伝のレシピだとか、あの料理人は言ってたけど、アンタが、なんだって?」

 モゴモゴとたじろいだ飯屋の親父は、俺の顔をまじまじと見て、あっと声を上げた。

「あんな似てねぇ人相書きだけどよ、俺の噂は此処にも届いてんだろ?緑の髪に赤い眼の海賊って言やぁ、もうわかんだろ?」

「お、お前が、魔弾の……じゃあ、あの料理人……!」

 もうすっかり屋台の前は人払いされていた。周りに居るのは野次馬根性の座った見物人だけだ。

「言ってみな、俺たちの名前をよ。それに手を貸してもらったって事が、どう言う事か分かるよなぁ、おっさん」

 言ってみろよ、俺の名を。

 俺たちの名を。

 いずれ海賊王となる海賊団の、ヴィカーリオ海賊団の名を!


 そうやってまた町で騒ぎを起こし、あっと言う間に港を発たなくてはいけなくなって、エトワールにしこたま怒られたのは、まあ言わずとも分かるだろう!チクショウ!


十一話 おわり


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