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海賊と世界の供物

 海底探索に向かった一行を見送り、対策は万全とは言え、毒霧の海の中で残された我々は常に気を張って船長たちの帰りを待っていた。

 毒霧は風の魔法で遮断し、僅かに入り込むであろうそれも浄化の樹の木炭を通して解毒している。それでも極微量な毒素を感じ取り、気分を悪くする者が居ないとは限らない。いつ如何なる時でも、船上と言う閉鎖空間は死と隣り合わせだ。

 何かあれば手を打たねばならない。船長不在の際、副船長の発言が最終決定になる。意外とそれは重荷だ。

「お疲れ様です、エトワール副船長」

 戦闘時とは打って変わった柔らかな声で、砲撃手副長カルムが私の横に並んだ。その手には使い古された鉄製のカップが二つ、湯気を上げていた。乾季に入ってすっかり寒くなった洋上で、こうして待機するのは結構堪える。

「ジョンさんにホットワインを作ってもらいました。少し休憩しませんか?」

「ありがとう、そうさせてもらおう」

 言ったところで船縁から動くつもりは無く、私とカルムは並んでカップに口を付けた。香料の効いたアルコールが鼻に通り、喉と胸の奥を焼く。じんわりと熱が身体の中に浸透していく。あぁ、暖まる。

 風の魔法で防御し、防寒対策をしたとは言え、今頃冷たい海底の中を探索中の面々を思い返して、待機組で良かったと心から思う。こうして良く出来た仲間と息が付けるのも待機組の特権だ。

「海の底はどんな場所なんでしょう」

「さぁて。何もない海底か、それとも蝕の民の超技術が残る海底遺跡か……土産話が楽しみですね」

 はい、と目を輝かせるカルムはニコニコと笑い、海面に視線をやる。

 その視線の先に私も目をやると、薄曇の空の下、穏やかな海面に見えるはずのない船影が見えた。

「っ……まさか、こんな所に!」

 ゾワッと全身の毛穴が開き、入り込んだ隙間風がひやりと身体を凍えさせる。同じく異変に気付いたカルムを残し、私は素早くメインスルの見張り台に駆け上った。その背後で、カルムが船内に警戒令を発している。流石、次期甲板長を示唆されるだけの事はある。良い判断力、行動力だ。

 イベリーゴ(解放)、とその名を呼び、右腕の中に超遠隔射撃銃フールモサジターリオを展開し「セールキ(探索)!」とスコープを開く。

 すぐにスコープの中に黒い船体の戦艦を捉えた。見間違えようも無いその船に、後頭部が痺れたように悪寒が走る。

「あれは、灰燼のアンフィトリーテ号……何故この海域に」

 まさか此処で私たちを拿捕し、蝕の民の遺物を横取りしようとでも言うのか?灰燼ニコラス船長は常々「蝕の民の遺物は使用者を選ぶ」と言う旨の話をしていた。それは改修出来るものが居なければ意味を成さないと。故に、彼らは何かとそれを交渉の種にして来たはずだ。今になって横取りとはどう言う心変わりだ。

 そう言えば此処一年程灰燼海賊団の噂を耳にしなかった。もしかして、蝕の遺物を手にして意味を成せる何かを、つまり、技術者を手にしたと言うことか?

 全てに辻褄が合う回答が頭の中で旗を立てた瞬間、迎撃出来るのか?とサジターリオを構える手に汗が滲んだ。こんなにも肌寒いと言うのに、手汗にグリップが滑るし、喉がカラカラに渇いていた。

 どうする?今なら、今ならまだ間に合う。このフールモサジターリオを使って敵の足止めが出来る。どうする。アンフィトリーテ号のメインスルを映すスコープを覗き、引き金に指をかけた時だった。

『……て、待て!』

 心臓が飛び跳ねた。誰かが私に待てと言った。

「副船長!見えますか?白旗です!」

 甲板の船縁から、メーヴォさんの特製望遠鏡を覗くカルムが此方に確認して来た。白旗だって?

 私は慌ててスコープの倍率を調整した。すると普段なら海賊旗が掲げられているであろう場所に、白い旗が付いているのが見えた。交戦するつもりは無い、と言う意思表示。見落としていた。もしこれで私が初手を取っていたなら、全面対決の上に負けていたのでは無いだろうか。助かったと言う安堵と、馬鹿な事をする所だったと言う後悔でギュッと腹が痛んだ。

「……カルムが待てと言ってくれて良かった」

 溜息を落として、私は脱力した身体を見張り台の上に横たえた。



 灰燼海賊団のアンフィトリーテ号の僚船となって、僕らの海賊船エリザベート号、商船アナスタシア号が後に続き、グラハナ海域を西へと航行した。

 海の上に上がったと同時に見慣れない黒い船体を目にし、更にエリザベート号に引き上げられる間、ずっとアンフィトリーテ号の水夫たちに物珍しそうに眺められた。エリザベート号に上がれば、灰燼ニコラスと、灰燼海賊団副船長アンドレが僕らを出迎えてくれたのだから、気が休まるはずもなかった。

 巨大鮫と二度も交戦し、深い深い海の底まで降りて、やっとその事実を証明してくれる存在と出会った。帰りは水圧が軽くなるに連れて血圧調整が出来なくて凄く気持ちが悪くて、結局僕とラースは鉄鳥(セルペントフルギーノ)の環境順応機能を使ってやっと海上近くまで上がってきた。鉄鳥の真の姿は、今のところちょっと内緒にして、奥の手にしようとラースと話し合い、海面手前で僕らは揃ってクラゲの中に入って来た。

 何だかんだでまる一昼夜は掛かっただろう。やっと海上に上がれるぞ、やっと落ち着いて寝れそうだと思っていたのに、此処に来て灰燼のツートップがお出迎えだ。憔悴しきった僕らはもう手も足も出せない。

 此処からまた面倒な交渉事だろうかと、げんなりした僕らに掛けられた言葉は、意外にも労いの言葉だった。

「生身での長時間に渡る潜水、苦労だったな。ついに海底探索をする術を手にしたのだな、魔弾のラース、蝕眼のメーヴォ。」

「……何です?大旦那から労いの言葉とか。次は何を押し付けようって話ですか」

 嫌味たっぷりにラースが答えると、ニコラスは何処か事務的に用件を述べた。

「内密に話がしたい。魔弾のラース、蝕眼のメーヴォ。この海底探索の疲れを癒した後、二日後に俺たちの船に来い。それまでアンフィトリーテ号の僚船として、蒼林の東に向けて航行しろ」

 蒼林の東には確かサハギン族の縄張りや、蒼林軍の海上警護船がいたはずだ。それをパスさせてやる、と。暗にそう言っている。

「……内密に、ねぇ。まあ時間を置いてくれる上に、危険海域からの離脱も込みなら、悪くないでしょう」

 一刻も早く話を切り上げたいラースは、全面的にその用件を飲んだ。

「では、二日後に此方の船に来い。船を止めずとも、お前たちなら移動は可能だろう?」

 レヴの影を使った移動方法の事だろう。何処までを知り、何処まで手を抜かれているのかは分からないが、それでも灰燼海賊団は今のところ敵では無いようだ。

 用件を伝え終わると、ニコラスと副船長アンドレはエリザベート号を後にした。

「はあー……寝て良い?」

 ニコラスを見送ったラースが、既に落ち掛けている瞼を擦りながら船長室へと帰っていった。僕もそれに習い、武器庫でハンモックに揺られて丸半日、たっぷりと眠って疲れを癒した。

 その翌日、ジョンの作る朝食をたらふく食べ、要役職たちを集めて蝕の民とは何だったのか、グラハナトゥエーカで起こった歴史、そして神竜たちの加護を受けた事を報告した。最終的には船に乗る全ての水夫に話を通しておきたかったので、僕らは食堂で要役職の者たちに話をする間、周りに平水夫が集まるのを咎めはしなかった。若干の尾ヒレ背ヒレが突くのは致し方ないとして、一部の者が聞いていれば情報は伝播していくものだ。

 半信半疑のエトワールさんにラースが魔法を使って黒い目になるのを見せた時は、食堂中がどよめいた。

「これは、信じざるを得ませんね」

「カッコイイだろう?」

「醜悪で邪悪で、死弾も魔弾の名にも引けを取りませんよ」

「お頭は魔族だって噂が流れて兼ねませんね。黒眼のラースって、メーヴォさんと似た通り名に改名するのはどうです?」

「魔族だって噂されんのは良いけどよ、俺は魔弾のラースって二つ名が気に入ってんの!」

 わいわいと報告を済ませた頃には、すっかり時間が経過して、朝食の席のまま僕らは昼食を食べる事になっていた。

 その午後は旧冷却箱(改良型を制作した後、保管して置いた古い方)に一時保管していた氷付けのメタンハイドレートの調査に終始した。


 ニコラスとの約束の日。僕らはレヴの影を使った滑空で、エリザベート号のメインスルの上から、アンフィトリーテ号の甲板へと移動した。

 初めて訪れた船は此方の船とは比べ物にならないくらい武装されたフリゲート艦で、甲板にも多くの砲台が並んでいた。その一機一機をまじまじと観察したかったが、ニコラス船長の出迎えにそれも叶わなかった。でもアレは間違いなく青銅製が主力で、中に材質の分からない物が混じっていた。海の神、時期海賊王とまで言われるだけはある。流石の装備だ。

「良く来た。魔弾のラース、蝕眼のメーヴォ。話は此方でしよう。情報屋、お前はアンドレと話をしてやってくれるか?情報交換をして欲しいそうだ」

「あ、はい!」

 背筋を伸ばしたレヴか、ゆるく笑い手を振る灰燼海賊団副船長アンドレと共に船倉の方へ移動するのを見送った。

 案内された船尾楼の船長室で、僕らは豪華なソファへと腰を落ち着けた。キチンと整頓された棚には不思議な呪術道具の様なものが所狭しと並び、更に別の本棚には古文書や古い文献が並んでいた。

 僕らのの正面、テーブルを挟んだ一人掛けのソファに座ったニコラスが溜息と共にさて、と話を切り出した。

「話す事、依頼する事がある。まず単刀直入に、お前たちに依頼したい件について話そう」

「大旦那からの依頼は怪しい話ばっかりでな。それを受けるかどうかは別だぜ?」

「受けざるを得なくなる。そう言う話だ。お前たちは海底の奥底へと到達する術を得た。その力を借りたい。要は海底に沈んだ船の中から、ある物を引き上げて欲しいと言う事だ」

 いつだってニコラスの思うところは読めない。それは恐ろしく、故に冒険心をくすぐられる。

「海賊王アランの船から【レオデンテーゴ】と呼ばれる剣を回収してもらいたい」

 何だって?突然もたらされた情報に僕らは目を見開いた。

「話が飛躍してませんか。ちょっと待ってくださいよ。まずアレだ。海賊王アランの船?海賊王はその宝も何も残さなかったってのが通説でしょう?」

「あくまで通説だ。俺たちは、アランの船を沈めた場所を知っている」

「俺たちは、って何ですか。順に話してくださいよ」

 この数日でアレコレ情報を詰め込みすぎてパンク寸前なんですから!と困り顔のラースに、ニコラスは「ふむ」と小さく息を吐いた。

「では何処から話すべきかな」

「単刀直入にお聞きしましょう。貴方は、何ですか?」

 ラースに変わり、僕がまずそもそもの話を切り出した。

 灰燼ニコラスと言えば、人外種なのか人種なのかも謎で、不老不死であるとか代替わりし続けるよく似た人間なのかも分からない。ニコラスに関する噂は、話す人それぞれで違う程だ。恐らく人外種であるだろう、と踏んではいるが、何の種なのかも分からない。だから、あえて『何なのか』を聞かなければ、話が進まないのだ。

「何か、と来たか。ならば率直に答えよう。俺は陸の供物だ」

 は?

「はぁ?」

 僕の頭の中に浮かんだ疑問符をラースが口に出した。

「供物?え?はぁ?」

「陸の供物、ベヒモス。それが俺だ。そして俺はアランと契約し、奴を海賊王に押し上げた」

 それは高度な冗談か?灰燼海賊団船長ニコラスが実は陸の供物ベヒモスで、海賊王アランは陸の供物の契約者だったと?こんなド真面目に、こんな高度な冗談を口にする人だったか?人外流の冗談か?しかし、彼は自分が何であるか答えると言った。

 本当なのか?

「……俺はさ、神も供物も信じてねぇんですけどね」

「信仰は自由だ」

「じゃあ、大旦那は陸の供物で、海賊王アランは契約者だった。そう言う夢物語として、ひとまず聞かせてくださいよ?俺の理解をとっくに超えてんですって……」

 捻った頭が戻らないままのラースが、パンクしてしまった思考回路で何とか話の後を促した。僕も予想外の話に正直混乱気味だ。

「で、陸の供物の大旦那が、海賊王アランの乗っていた船が沈んでいるところに行って、その船からお宝を回収して来いと」

「そうだ」

「『レオデンテーゴ』獅子座の牙……その名は、つまり蝕の民の十二星座武器のひとつ。海賊王アランは、蝕の民の武器を持っていたと、そう言う事ですね」

「そう言う事だ。受けてくれるか?」

 蝕の民の遺物が絡むとなれば、受けない訳には行かない。それはラースも理解していたようで、溜息と共に「受ける方向で考えましょう」と短く答えを返した。


 コンコン、と扉がノックされ、緑髪の男と大柄な赤髪の男が船長室へと入って来た。緑髪の男は隻腕で右腕が無いようで、シャツの袖をズボンのベルトに挿していた。大柄な赤髪の男は顔に大きな傷痕があり、左足が無く義足を着けていた。

「ニコラス船長、お茶を用意してきましたよ」

 籠に入れられた茶器を持ち上げて、にこやかに笑った緑の長い髪をした男の顔を見て驚いた。今日は何度驚けば良いのだろうか。

「紹介しよう、我が団の技術者ヒルンド=クラーガと、裁縫師のアーグロ=オーヴァンだ」

 ニコラスの紹介を受け、クラーガ、と呼ばれたのは緑の髪の男。その左の瞳には見間違えるはずも無い、三日月形の蝕の光が宿っていた。

「お前さんが今時分のクラーガの血統か。恐らく、血縁になるだろうな。ヒルンドだ。メーヴォ=クラーガ、噂は聞いている」

 籠をテーブルの上において、ヒルンドは僕の方に左手を差し出した。正直言うと僕も情報過多になって来ている。呆気に取られて普段なら早々に受けない握手もすんなり手を出してしまった。

「彼らにも同席してもらうが良いか?レオデンテーゴの処遇については前もって話しておきたい」

 コレがニコラスが今になって海賊王アランの宝を引き上げようと至った要因か?

「ニコラス船長。貴方の船にも蝕の民の技術者が搭乗した。故に、海賊王アランの宝を、蝕の民の遺物を欲していると?」

「答えはノーだが、イエスでもある。では、次の話をしよう。彼らについての話だ」

 大柄な赤髪の男、アーグロがテーブルの上に紅茶や茶菓子を並べる。ヒルンドとアーグロは「俺たちは此処で良いんで」と船長室の隅にあったクッションの山に腰を落ち着けていた。

「俺が陸の供物である事、アランと共にあった事は理解出来たな。アランの死後、団を解散し、俺を中心にグレイ海賊団を立ち上げた。その際、海賊王の僚船であったアンフィトリーテ号を引き継ぎ、海賊王の船は蒼林の東に沈めた」

 海賊王アランは病死だったとニコラスは訥々と話した。

 彼の死後、アランの死体と共に、金銀財宝と無敵を誇った海賊王の船は誰にも知られないよう海の底へと沈められた。

「それで全ては終わり、俺たちは新たに航海を続けられるはずだった。唯一つ、その後に起こった神の神罰が下るまでは、そう思っていた」

 そうだ、海賊王アランが陸の供物の契約者だったなら、供物の血肉を口にして次の世界の供物になるべく、世界の終わりまで生かされるはずではないのか?そう問うと、ニコラスは少しだけ表情を曇らせた。

「アランは死の直前に俺との契約を破棄した」

「供物との契約を?そもそも破棄出来るものなのか?」

「契約の破棄は可能だ。アランは転生する事を拒み、己の生はただこれ一度だけと言って契約を破棄した。転生を拒む者の意志に俺は打たれ、供物としての役目を放棄したのだ。それが神の怒りを買った」

 話が大きくなったぞ。いや待て。ドラゴノアと言う世界を作った神竜が僕の始祖であったと。それを考えれば、この世界の神とその供物の離反に関する話だ。神話でないのがおかしな話だが、アランの死後と言うのであれば、五百年以上前の話か?それだって途方もない。神話じゃないのか、本当に。

「その神罰ってのは、なんだったんです」

 ラースが言葉を促すと、ニコラスは自身の右顔に掛かる長い髪を分け、その下のケロイドに潰れた顔面を晒した。

「俺は神の落とした雷に打たれ右半身と供物としての『席』を抹消された。同時に蒼林近海は激しい嵐に見舞われ、神の落とした雷によって次元の裂け目が生じ、そこの二人が波に呑まれ別次元へと飛ばされたのだ」

 ラースが半分くらい息をしていないように思える。ニコラスの話はそれほど途方も無く、ホラにしては壮大過ぎた。

「蝕眼のメーヴォ、お前も自身の起源を知ったのだろう?ならば、この話も理解出来るはずだ」

 内心を読まれたような気味の悪さを感じながらも、まさにその通りなのだから反論は出来ない。

 グラハナ海域で海底探索に赴き、何らかの成果を得て来た、と言うのはそう言う事なのだ。それを察する事が出来る時点で、ニコラスは僕らの想像に及ばないほどの情報を持っている。

「蝕の民の始祖が何であるか、貴方は知っていたのですか」

「彼らがこの世界に訪れたのを知っていたからな。話は逸れたが、別次元へと漂流した二人を探すべく、俺は力を貯め機会を伺って来た。そうしてやっと、五百年以上待たせたが、彼らを迎えに行く事が出来た。航海に一年ほど掛かった」

 昨年、灰燼海賊団の噂がぱったりと途絶えていたのはこう言う理由からか。一年程度の往復で別次元への海に行けると言うのなら、それはやはり神に近い存在でなければ成し得ない。ニコラスが陸の供物であると言う発言、やはり本当なのか?

「ヒルンドは見ての通り蝕の民でな。海賊王アランの技術者として、レオデンテーゴの管理を任されていた」

 にまっと笑って手を振るヒルンドは、蝕の民の特徴でもある大きな瞳に蝕の光を閃かせた。だから彼は先ほど「今時分の技術者」と僕の事を評したのか。海賊王足り得る存在の近くには、蝕の民の技術者が居る。そう言いたいのか。

「……って事は、あれだ。あんたらは五百年前の人間で、別次元からこの世界に戻って来たと?」

「そうさ。良かったよ、時間経過の違う次元でさ。こっちで五百年も経ってるとは思わなかったけどよ、あっちに行ってたお陰で色々な知識や技術を習得出来た。この世界の文明は進むのが遅い。今なら蝕の民の技術を最大限に活かせる」

 ニヤリと笑うヒルンドには自信が満ち溢れていた。それはきっとラースの言う、技術者としての僕の顔に似ているのだろう。

 はぁーと長い溜息を吐いて、ラースがソファに深く背を預け天井を仰ぐ。

「五百年の時間旅行かよ……海賊王アランと陸の供物の話と一緒に、とんでも無いのが来たな。別世界の神様が相棒の始祖だっただけなら、まだ頭が追い付いたんだけどよなぁ……」

 僕はある程度蝕の民について調べ始めた頃から、予測が付いていた事の答え合わせだったので、巫女エルフィの言葉はすんなり理解出来た。でも今、何の予想もしていなかったニコラスの正体と、海賊王の強さの謎、そして海賊王の技術者について聞けば、あまりに夢物語過ぎて理解が追い付かない。ラースの気持ちも分からないでもない。

 半ば呆然とする僕らに、ニコラスは変わらず淡々と話を進める。

「本題に戻るが、五百年溜め込んだ魔力を使い、次元の壁を越えて一年航海した。元供物と言えどかなりの消耗になってな。この身体の回復に、レオデンテーゴが欲しい。故に、お前たちに引き上げを依頼したい」

 これで大体の話は繋がった。陸の供物ベヒモスと、その契約者海賊王アラン。死の直前に契約は破棄され、その責すら放棄した供物に神が神罰を下し、海賊王の技術者たちがニコラスの元から奪われた。力を溜め、ようやく古い仲間を取り戻す事に成功したが、力の大半を使い切ったニコラスは、海賊王の残した宝を求めている。

「レオデンテーゴの力、能力は何なんです?十二星座の武器にはそれぞれ特化した能力が付与されているはずです」

「あれの能力は『治癒能力』だ。剣でありながら、斬った相手を治癒する。アランはこれで仲間を救い続け、結果誰にも負けない海賊団を作り、維持し続けた」

 それは、なんて恐ろしい話だ。

 人体を治癒し、死んだ部位を蘇生させる。怪我がすぐに治せれば、水夫は痛みや怪我を恐れない最強の戦士になるだろう。

 更に、治癒魔法には強い魔力が必要だ。レオデンテーゴを操るアラン自身が、剣を振るい仲間を治癒する度に膨大な魔力を、下手をすれば生命力を分け与えるように消費する行為だ。通常なら乱用は出来ない。けれど、海賊王アランはそれが可能だった。何故なら、彼は陸の供物の契約者だったからだ。供物は大地に直結し、無尽蔵に魔力をアランへと補給し続けただろう。故に、人種でありながら海賊王と呼ばれるまでにアランは成功した。蝕の民の剣を手にし、それを直す蝕の民の技術者を手にした。それが供物の導きだったのか、アラン自身の幸運だったのかはわからないが、得るものを得た人種は愚かにも道を登り詰めた。

 思わずその一連の流れを僕が解説して見せたところで、うむと頷くニコラスを他所に、またラースが盛大に溜息を吐く。

「……ニコラスの大旦那の秘密の暴露だけかと思ったら、海賊王アランの種明かしまでされて、俺は何を信じて海賊王を目指せば良いのか分からなくなって来たぜ」

 ため息混じりにラースが両手を宙に上げた。

「何言ってるんだ、お前はそのまま海賊王とやらを目指して好き勝手してれば良いんじゃないか?蝕の民の遺物も、僕と言う技術者も揃っているんだ。海賊王の条件はほぼクリアしてるぞ」

「供物の契約者並みの力があるか?途方も無い話じゃねぇか。俺は非凡な人間だぜ?」

「馬鹿だな。お前には非凡じゃ無い仲間がたくさんいるだろ?それに、僕らは力を手にしている」

 パチン、とウインクして見せれば、ラースはぱちくりと目を瞬かせ、あぁ、と苦笑した。

「海賊王など、成るものではない。誰かが自然と言い出すものだ。あれは触れてはならぬ、あれに勝ち目はない。故に王の団だと人々が口にする。歴史的事実だけが、それを王にする」

「そうそう!俺たちもアランに従って好き勝手やってただけ」

 会話に口を挟んだのは、部屋の隅でクッションに埋もれていたヒルンドだ。

「海賊が自由に生きて、楽しく暮らせる海の国が欲しかった。陸に居場所のなかった奴らが海に逃れてた。アランさんは有象無象の海賊が跋扈する時代にあって、海と言う王国に生きる海賊に、法と言う名の掟を制定した。力で他をねじ伏せ、これに従わせる。そうやって俺たちが生き易い海の国を作った。だからあの人は王なんだ」

「あの人が剣を振るったのは、ただ単に仲間を志半ばで失いたくなかっただけの事だ。全ての水夫が、海賊の掟の下、尊厳ある死を迎えるまで、共に在れと願ったに過ぎない」

 静かに、赤髪のアーグロが言葉を繋げた。

 夢を共に叶えるため、まだ死ぬな、と。人の生き死にの運命すら捻じ曲げた男は、最期に病に倒れた。それもレオデンテーゴの力で治癒出来たはずだろう。しかし、それをしなかったのは、それまでに捻じ曲げて来た運命をやっと受け入れる覚悟が出来たからだろうか?成すべきを成し、心行くまで生きる事を満喫した。

 海賊王アランが海を征し、掟を制定した翌年、彼は病死したと伝承が残る。海賊の時代を見たのは僅か一年。それで彼は王座に満足したのだろう。

「自由にやれってなぁ、こんだけデカイ話をして置いて、おっかねぇ事を勧めて来ますね、大旦那らは」

 苦笑したラースの目が全然笑ってない。虎視眈々と海賊王への道を狙っている顔だ。心配する必要はない。ラースは第二の海賊王となるだけの素質や要素をキチンと持ち合わせている。ニコラスが己の素性まで明かして、これだけの重要な話を聞かせて来たのだ。

 ラースは相当見込まれている。

「事情は分かりました。本当か嘘かは、潜れば分かるって事だ。そんじゃあ報酬の話を改めておきましょう」

「そうだな。アランの船に積んだままの金銀財宝を前金に、俺の体調が戻った後にレオデンテーゴを譲ろう」

「……そちらも蝕の民の武器を運用する事は出来るんじゃ?剣をこっちに譲っちまって良いんです?」

 まだ何か裏があるのでは、と訝しんだラースに、ヒルンドがハッ、と失笑した。

「魔弾の、それは要らぬ心配って奴だ。確かに俺は蝕の民の遺物を改修、運用出来る。だがな、そんな古いモノはお呼びじゃねぇ。俺は別次元世界からもっと新しい、もっと進化した技術を持ち帰って来てんだ。それを試さねぇ技術者がいるか?」

「つまり、そう言う事だ。治癒の特別な力を使い終われば、俺たちには無用の品だ。今の時代に王を目指すお前たちが持つに相応しい」

 おい聞いたか?本当にニコラスからのお墨付きと来た。ラースの顔が推された嬉しさと不穏さに引きつっている。

「……っ、わっかりました。その条件で良いでしょう」

「では、段取りの話もしてしまおうか」

「そこら辺はメーヴォに任せるぞ。俺はもう頭を使い過ぎたぜ」

 すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して、ラースは再び天井を仰いだ。

「では、簡単に此方の潜水方法の説明と……そうだ、鉄鳥は貴方の旧知でしたね」

 ちらりとラースに目配せすると、構わない、と言う風に手を振られた。

 これだけの事実を知らされたのだ。なら、此方も対等とまでは言わないが、多少の情報開示はするべきだろう。

「鉄鳥の手も借りる事になる」

『わたくしにお任せくだされ!』

 勇む鉄鳥を宥めながら、僕はニコラスらと、海賊王アランの沈没船探索について話し合った。


第十話 おわり


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