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海賊と海賊

 船団を組んで海を行く商船たち。海賊から己の身と積み荷を守るために、高い金を払って海軍に護衛を依頼する船が増えた。最近では傭兵団が船に乗り、商船の護衛をする事態にまで事は及んでいた。

 海は危険だ。しかし海が大半を占めるこの世界では、各国の特産品を売買するのに陸路だけでは賄い切れず、空路を開拓しようとしたところで、空を行くほどの技術も、空飛ぶ獣の調教も遅々として進まない。

 森海大陸と呼ばれる、森の国フレイスブレイユと、海洋国家ゴーンブールが居を成す東の大陸。その西に位置する魔法技術の国ヴェルリッツと魔法国家アウリッツが居を成すリッツ大陸こと、魔道大陸。四つの国が額を寄せる二大大陸は、長きに渡る冷戦の時代を経て、静かに疲弊していた。

「海軍に護衛依頼をしたところで、高い金ばかり積まされて実際に動くのなんざほんのごく一部さ。傭兵団も実のところ当てにならねぇ。アイツら船酔いで使い物にならねぇって噂ばっかりだ。結局自分の身を守るのは自分か、同業者に限るって事さ」

「なるほど……では、我々の航路とご一緒して頂けると言う事で?」

「ああ。アンタのところの船はかなりの装備だし、何せバルツァサーラからコッチまで来てたってんなら、水夫たちの腕も良かろうさ」

 艶やかな緑髪の青年は、商船の船長ににこりと微笑む。自信に満ち溢れ、彼になら任せられるだろうと言う不思議な確信を抱かせる男だ。魔道大陸の更に南西に位置する単一国家バルツァサーラから来た商船ともなれば、フレイスブレイユの西側ではそれはそれは信頼出来る相手として認められる事だろう。親から商いの仕事を受け継ぎ、三人兄妹で切り盛りすると言う男たちは、質の良い宝石を主に扱っていた。

「ウチも中々良い商売をさせてもらったんだ。コスタ方面に行くなら都合が良いってもんよ」

 商人の男はカッカと笑い、男へと景気付けにエールを一杯奢った。

「私たちも良い商談の場になりましたし、南への航路に同伴頂ければとても心強いです」

 商談の成立に、二人はエールのグラスを鳴らした。

 キン、と鳴ったグラスの音が耳の奥にこだまする。それが剣の鳴る音だと分かりながら、男はその走馬燈を見入っていた。

 信頼出来る男だと、その時商人は確信していた。稼ぎを持って家に帰れる。もちろん悪どいことをして稼いだ金だけれど、表向きはそれなりの事業に成功して帰路に付けると。男は胸をなで下ろしていたのだ。

 腹に空いた穴から命が流れ出し、薄れ行く意識の中で、何が間違っていたのだろう、と商人は自問し、答えの出ぬまま息絶えた。




 商船がこれまで以上に襲撃しにくくなった。商人たちが船団を組むに留まらず、海軍や傭兵にまで護衛を依頼する事態に至ったのは、間違いなく自分たち海賊のせいだと言うのは理解していたが、それでも腹立たしさをぶつける先が欲しかった。

 例えば金獅子海賊団はもっと後始末を徹底するべきだとか、白魚は襲撃船の国籍をもう少し選べとか。直接言うことのない文句は船長室で凪に溶け、やり場のない苛立ちだけが腹の海底に凝り固まる。

 もっと商船を欺くやり方を模索しなければいけない。そう言って俺は船長室に頭の回りそうな水夫を呼び寄せた。

 副船長のエトワール、船医のマルト、技術者のメーヴォ、情報屋レヴとその従者コール。いつもの面々ではあるが、俺の言わんとすることを自然と察してくれる良い仲間たちだ。

 どうやったら効率よく商船襲撃が出来るのか?と言う議題で、各々が意見を出し合った。

 情報屋レヴに偽の傭兵情報を流させて土壇場でキャンセルさせて単独航海せざるを得なくするとか、傭兵団を買収して擁護させないとか。

「つまり商船に護衛が付かなければ良いわけだろう?」

 意見が紆余曲折し始めた頃、しばらく黙り込んでいたメーヴォが口を開いた。

「……そうだ、それです。どう護衛船をつぶすかじゃない。そもそも付かせなければいいんです」

「なるほど……偽の傭兵団を付けるとか、どうです?」

 エトワールとマルトがその言葉に新たに意見を口にする。

「ジェイソン氏に頼もう。彼に船団を組んでもらい、外洋に出たところで僕たちが合流して商船を押さえればいい」

「さすがですメーヴォさん」

「そうなりゃ、あとはジェイソンのおっちゃんの説得だな」

 順調に決まるかと思ったその場の議題に水を差したのは吸血鬼コールだった。

「大変差し出がましいとは思いますが、一点よろしいでしょうか」

 ぬぅっとレヴの影が盛り上がり、そこから真っ白な長い髪を揺らしながらコールが姿を現した。

「ジェイソン殿の船は我々同様に武装し、戦士に劣らぬ腕を持つ勇猛な水夫を多く乗せておりますが、あくまで一般商船に過ぎません。もし我々が追いつく前に、外洋で他の海賊団の襲撃を受ければひとたまりもありませんでしょう」

 そうでなくてもジェイソンの船はあくまでアジトから近隣の国までの短距離航海をしている船だ。外洋に出て行くリスクが高い。

 コールは淡々と事実だけを述べて、以上ですと締めくくった。

「ヴィカーリオの海賊旗を持たせればいい。それで下手な海賊団なら尻尾を巻いて逃げるし、有力海賊たちなら下手に僕らを怒らせない方が良いことは承知しているはずだ」

「商船に黒の海賊旗を上手く隠せば隠すだけ、緊急時に掲げることは難しくなりましょう」

 全員がうぅんと唸り声をあげた。

 手詰まりか?そう思いつつ、俺は一通りの作戦を順序立てていく。きっとどこかに補える場所があるはずだ。

「……そうだ。甲板に立ってすぐに俺たちの船だと分かればいいんだろ?」

「どうやって分からせる。海賊旗を広げる間に、白魚の船なんか相手にしたら既に横っ腹に穴が空いてるぞ」

 渋い顔のメーヴォの苦言に、俺はニヤリと笑って見せた。

「そんな手間はいらねぇ。俺たちがジェイソンの船に乗ればいいんだ!」

 船長室にいた面子が全員目を丸めた。

「エリザベート号には戦闘慣れした面子が揃ってんだ。俺らがいなくても何とかなるだろ」

 どうだ、と言う顔をしたところで、メーヴォが盛大に溜息を吐いて右手で顔を覆った。何か分かってしまったと言う素振りを見て、感の良い相棒を持って俺は嬉しい。こう言う時に長年の付き合いだと言うのに物分りが悪いのがエトワールだ。

「ラース、その複数形のところは誰を連れて行こうというんですか」

 不服そうな顔で訴えるエトワールに、ぴっと人差し指を示してやる。

「分かってんだろ、クロト兄さんよ」

 聞いた途端放心した顔のエトワールが、三秒ほどの間を置いて突然裏返った声で「はぁ?」と叫んだ。

「……くっそ」

 一連の作戦の全貌に確信を持ったメーヴォが悪態と共に天を仰いだ。



 三兄妹の商人に変装して、良い具合に僚船を探していた商人を見つけて、南の諸島国家コスタペンニーネ方面への同伴を取り付けた。ジェイソンの船『アナスタシア号』に長兄クロト、次男ラキス、末妹アトロの三兄妹として、エトワール、俺ラース、メーヴォが乗り込んだ。ついでにメーヴォの下で砲撃の腕を磨いたクラーガ隊の面子も五人ばかり搭乗させる。

 港から出航したのが朝で、何事もなければエリザベート号による襲撃が昼過ぎの予定。あの会議の場でコールが口を挟んだのは何かしらの確信があったと言う事なのだろうか。主である情報屋レヴと共に各地で情報収集と分析をする内に、何かの能力に目覚めたのだろうか。

 そう例えば、予知とか。

 甲板でそのドレスをはためかせていたアトロ(メーヴォ)がすん、と鼻を鳴らした。

「……火薬の匂いがする」

「え?」

「風上方面、確認するように言ってくれ」

 ぼそぼそと俺に耳打ちしたアトロは駆け足でクロト(エトワール)にもそれを報告しに行った。外洋へ向けて半日。しかしまだ森海大陸が見えるような位置でだぞ?しかしメーヴォの火薬を嗅ぎ分ける能力は今まで百発百中だ。この近辺で戦闘があったと考えるのは妥当だ。エリザベート号との合流にはまだ時間がかかる。此方の船の所存を知らせたとしても、折角の獲物である隣の商船を奪われる可能性もある。此処は早急に動かなければならない。アナスタシア号の水夫はベテランばかりだが、戦闘に関してはそうはいかない。

 チッと舌打ちを零し、上甲板に居るジェイソンの元へ駆ける。

「オっちゃん!やべぇぞ、悪い予感が的中だ!」

「なんだって?」

「エリザベート号に緊急合流の伝令飛ばしてくれ」

 舵を取って鼻歌を歌っていたジェイソンが目を白黒させて見張り台の上を仰いだ。商人の服装のままのエトワールが既に陣取っており、その腕にはフールモサジターリオが構えられていた。

「戦闘配備!」

 銅鑼でも鳴らしたようなジェイソンの号令が甲板と伝令パイプに響き渡る。その声は波間を縫って僚船にも届いたらしく、エリザベート号へ伝令の使役獣が飛ぶ頃には、僚船の甲板は慌しく行き交う男たちでごった返していた。

「エトワール!敵船は見えたか?」

「どうしましょうね、この案件!まったく大した話になりそうですよ」

 供物の導きに感謝しましょうか、と口にしたエトワールが、スコープの先の黒い旗を打ち抜いた。

「合流待ちの間、獲物を取られないようにやっちまうぞ!」

 俺の号令にアナスタシア号の水夫が応と声を上げた。ジェイソンから舵を受け取り、伝令パイプに向かってメーヴォの名前を呼ぶ。

「隣の商船を叩く。行けるか?」

「もちろんだ!」

 パイプからハスキーな女の声が返ってきて不思議な気持ちになったが、緊急事態なので致し方ない。恐らくクラーガ隊と砲撃隊の面子が一番違和感と戦っているに違いない。

「エトワール!」

「行きますよ!」

 風上側を見据えていたエトワールが僚船に銃口を向ける。軽い発破音と共に隣を走っていた船の帆に銃弾が打ち込まれ、それはあっと言う間に炎となって広がり始めた。

「どう言う事だ!」

 商船の船長が、困惑した顔で見張り台の上のエトワールと俺やジェイソンを見比べる。

「どうもこうも、つまりこう言う事だよ!」

 せいの!と男たちが声を合わせロープを引き、アナスタシア号のマストの上に黒い海賊旗が掲げられた。割れた頭蓋骨、背後には白銀の銃と爆弾、口元に弾丸、片目に金環蝕の光の描かれたそれを見た瞬間、商船船長の顔が真っ青になった。

「だ、騙していたのか!」

「騙されるヤツが悪いんだよ!」

 腹の底から溢れる罵声を吐き出そうとした男の腹に穴が開いた。

「さっさと接舷して下さい。金獅子の船が迫っています!」

 見張り台から商船船長を撃ち抜いたエトワールが耳を疑う発言をサラッとしてのけた。

 金獅子?金獅子って今言ったのか?それがマジだったら凄く面倒な話にならないか?えぇ?

 ドォンと腹に響く大砲の音と共に、アナスタシア号の横顔に飛沫が飛んだ。商船の水夫もそりゃ死にたくねぇと言うところか。船長が絶命したところでなおも抵抗をする商船に向けて、的確な砲撃が始まった。

「砲撃と言うのはこうやるんだ」

 変声薬を飲んで声を変えているが、間違いなくメーヴォの台詞が伝令パイプから聞こえる。的確に撃たれた砲弾は商船の船首を砕き、マストを折った。

「接舷するぞ!」

 舵を切って体当たりの要領で商船へ船体をぶつける。ぎいぎいギシギシと木材が鳴り、二つの船の間で波が渦巻く。

「アンカー投下!固定しろ!」

 小型の錨のついたロープが商船に投げ入れられ、両船をがっちり固定する。

 舵を頼む、とジェイソンに変わってもらい、俺は右の腿につけたホルスターから魔法銃『アンカー』を抜き、右手首につけた魔法のバングル『ヴェンデーゴ』を起動させた。

「エトワール!援護頼むぜ!」

「高く付きますよ!」

 ふざけんな、と出て来そうになった悪態をぐっと飲み込んで、俺は商船のメインマストに向かってヴェンデーゴの魔法のロープを伸ばし、巻き取る勢いに乗って宙を翔けた。左手に持った銃を連写し、甲板に並ぶ水夫たちを次々に射殺していく。反撃に飛び交う弾丸をすり抜け、背後からエトワールの援護も受けながら、俺は空中散歩と洒落込んだ。変装衣装も動きやすい物にしておいて正解だった。阿鼻叫喚の甲板に上にはいつの間にかクラーガ隊の面々が、武器を両手に奮闘していた。その中心にはドレス姿で戦う女の姿があり、あの格好でよくやるな、と感嘆を投げかけてやろうかと、メインマストの上に登った時だった。

 ひゅるる、と空気の鳴る音にはっと振り返った先で、飛来する砲弾と目が合った。

「どわぁ!」

 砲弾の熱が頬を掠めて商船の横へと水柱を上げて落下した。飛来した方向に目を凝らせば、水平線の彼方に軍艦のような大きなブリガンティンが猛烈なスピードで迫っているのが視認できた。

「来ましたよ!金獅子の『ディオーナ号』です!」

 アナスタシア号の見張り台からエトワールが警告する。言うのが遅せぇよ!金獅子の船ディオーナ号は船首に大砲を持つ戦艦で、その主砲の飛距離は海軍の戦艦すら遠く及ばないほど長い。

「総員退避!アナスタシアに戻れ!」

 商船のマストから甲板に向かって叫び、更に迫る金獅子の船からの砲撃に備える。水夫は掃除し、クラーガ隊が積み荷の一部を持ち帰っていたようだが、予定していた稼ぎには遠くおよばない。殺した水夫たちも立派な資源だというのに回収もままならない。

 タイミングが悪ぃんだよ、と悪態を吐き出し、自分もアナスタシア号のマストに向けて魔法のロープを渡す。

「ロープを外して離舷しろ!」

 言うと同時にマストの上からひらりと飛ぶ。背後で砲弾が飛来する熱を感じながら、巻き取られるロープに身を任せ、アナスタシア号の船縁へと滑空し、甲板に降り立った。それと同時に、商船の甲板に砲弾が着弾しバリバリと木材が悲鳴を上げる。それに端を発して次々に砲弾が商船に着弾し、アナスタシア号が離れて程なく、船は炎に包まれながら粉微塵になって沈んでいった。

「……間一髪ってところだな」

「何て正確な砲撃だ……どんな砲台を搭載しているんだ」

 俺がはぁと息を吐いたのと同時に、メーヴォが溜息混じりに金獅子の装備の威力を羨ましがった。それがなかなかの美人の口から出ているとなると、何とも不思議な感覚がする。

 一息吐いて金獅子に損害賠償を求めるか、などと思っていたら、アナスタシア号の横に巨大な水柱が上がって目を丸くした。

「何だよおい!」

「もしかして、コチラの海賊旗に気付いてないのか?」

 何だよ面倒くせぇ!どうすんだよ!こっちは大した装備のない船だぞ。応戦するにも装備も水夫の腕も足りない。

「エトワール!どうにか金獅子に合図送れ!」

「無茶言わないでください!」

 会話する間にも、金獅子の主砲の精度が徐々に上がってきていた。今の砲撃は船の真ん中を捕らえて手前に落ちた。これは本格的にやばい。

「何でも良いからどうにかしろ!」

「こうなったら奥の手だ」

 渋々と言った具合にドレスの女、メーヴォが一歩前に立つ。樽の上に乗って船縁に片足をかけ、メーヴォがクラーガ隊の持ってきた筒状の巨大な銃を肩に担いで構えた。おいおい、そんなはしたないぞスカートなのにそんなに大股開いて!お兄様は悲しいです!じゃなくて何それ!

「耳を塞げ!」

 メーヴォが叫ぶと同時に巨大な銃の引き金を引き、嵐の海で雷が轟いたような轟音と共に、反動でメーヴォが船縁から吹っ飛んできた。ドレスと言うよりは布の塊の様なそれを背後で構えていたクラーガ隊が一斉に受け止め、放った大きな弾丸が金獅子の『ディオーナ号』の手前に着水し水柱と共に真っ白な煙幕を上げた。

「ラース!今のうちに使役便を飛ばしてくれ!煙幕で相手が止まっている内に、早く!」

 あ、な、なるほどな!でもどうしようかメーヴォ。とっても困った事態だぞ。

「エリザベート号に使役便送ってて手がない!どうしよ!」

「っ……嘘だろ」

 クラーガ隊に支えられて起き上がったメーヴォがまさかと言う顔で此方を見る。そんな目で見たって俺は使役獣飼ってねぇの!

 キィン、と空気の震える音がして、困り顔の女の耳に掛かっていた羽飾りが飛び上がった。

「鉄鳥!」

 ハスキーな女の声が確かに使役獣とも言えなくは無いそれを呼び、光を纏った魔法生物『鉄鳥』は真っ直ぐに金獅子の船『ディオーナ号』へと飛び立っていった。

「……なんだって?」

「わたくしにお任せ下さい、だとさ」

 なら、これで一安心だろう。魔法生物である鉄鳥は、普段は耳飾の振りをして主であるメーヴォにくっ付いているが、金獅子や他の有力海賊にも知られる、少し前までちょっと有名なお宝だったのだ。

 ……これで鉄鳥を人質に取られたりしなければ良いけどな。



 俺たちの主船エリザベート号と合流し、更に状況を把握した金獅子の一行とも合流して、両船長と要役職が顔を揃えた。フワフワと金獅子の船医と共にメーヴォの元へ帰って来た鉄鳥が、無事にその任務を全うしたと言わんばかりにその羽根を広げて喜んだ。

「大変失礼しました。まさか貴方たちの船だとは思わず、得物を沈めてしまった」

 顔を合わせ、開口一番で金獅子副船長アデライドが深々と頭を下げた。アデライドに頭を鷲掴みにされた金獅子船長ディオニージが半ば無理矢理、共に頭を下げる形になった。

「海賊旗を射抜かれた時に察したのですが、この人がちっとも言う事を聞いてくれなくて」

「イタイ、髪の毛抜けちゃああぁぁ禿げちゃう痛い!」

 ギリギリと効果音が聞こえて来そうなやり取りに、副船長アデライドの細腕の何処にそんな怪力が潜んでいるのだと眉をひそめた。あれは絶対に体験したくない。

「だって!海賊旗打ち抜かれるなんて絶対に宣戦布告じゃねぇか!頭にも来るだろ!」

「落ち着けと私は何度も言いましたよね?相手にするものは選べと、先日再三言ったはずですけど?船長?」

 痛い死ぬと叫ぶディオに物怖じもせず、まるで子供を叱り付ける様に説き伏せてしまうこの副船長の存在はただならぬ恐怖を感じさせる。そんなやり取りの末、ディオがついに改めて頭を下げた。

「悪かったな。お前たちとは正面切ってやり合いたいしよ、変に戦力差のある状態で戦いたくはねぇからな」

 出来ればあんな主砲持ってる船とは絶対に戦り合いたくないです。

「取り合えず命があって良かったなってことで!」

「それで終わらせるんじゃありません」

 パカン、とディオの後頭部を平手打ちした副船長アデライドも改めて頭を下げた。あの金獅子海賊団のツートップが揃って頭を下げているなんて想像出来るか?俺、今夢見てるんじゃねぇ?

「兎に角、今回貴方たちの得物を横取りしてしまった事は海賊たちの掟に反する。せめて等価となるモノを渡さなければならないでしょう」

 アデライドの言う『海賊の掟』と言うのは、唯一海賊王の名で語り継がれる大海賊アランの定めた掟の事だ。俺たちヴィカーリオ海賊団でも一部それに習っている。『全ての水夫たちは掟の元に公平であれ』とか『武器の手入れの徹底』『女は船に乗せない』などを定めたものがある。

 その内の一つに『同業者(海賊)の獲物を横取りしてはいけない』と言うのがある。一方が手を加えて弱った得物を横取りするのは名折れと知れ。正々堂々と悪事を働く大海賊アランの不思議な掟の一つだ。

「等価のものねぇ」

「……とは言え、貴方方の求める物は決まっています。そうでしょう?」

 アデライドの深い藍色の瞳が此方を牽制して光る。

「さぁて、どうでしょうねぇ。金銀財宝でも、何ならそちらの船の主砲でも良いんですけどねぇ」

「そう言うつまらない話はやめましょう。キチンと取引の話です」

 あー、この人も真面目ねぇ。エトワールが惚れ込むだけある。

「じゃアレですかい?蝕の民の有力な情報、頂けるんで?」

「ええ、良い情報があります」

 マジかよ、カマ賭けだったんだけど。

 相変わらず自分たちが有利にあると言いたげな空気を醸し出しながら、アデライドは微笑みながら口を開いた。エルフ族の妖艶さはこう言う時に強いねぇ。なるべく大人しくしていようって気になるから恐ろしい。

「最近貴方方ヴィカーリオ海賊団、もとい、死弾海賊団の活躍から、蝕の民の技術に各国が注目を始めています。特に魔法国家アウリッツなどは、かなり躍起になってその情報収集をして居るそうです」

 メーヴォを仲間にし、その真価が発揮されて俺たちヴィカーリオ海賊団はこの一年ちょっとで急激に名を上げた。それもこれも金冠日蝕の光の宿る瞳、通称蝕の瞳の民の末裔として、魔法生物を飼い慣らし、古代文字を解読、そこから強力な武器を作る技術力を持つメーヴォのおかげだ。そしてその名は俺たちの悪名と共に世界中に知れ渡り、その価値を世界中に示した結果になったわけだ。

 今まで誰も見向きもしなかったソレが、世界を変える力になる可能性。冷戦の続くこの世界情勢の中、どの国も特出する為の力を欲している。

「アウリッツの名が出てくるって事は、つまり翠鳥が動いてるって事か」

「察しが良くて助かります。彼ら、最近コスタペンニーネ方面に足を伸ばしているそうですよ」

 確かにこの一年、森海大陸周辺ばかり詮索していた。南のコスタペンニーネや西のバルツァサーラは手付かずの状態だ。いけねぇな、視野は広く持たないとだ。

「……で、その情報だけで対価になるとお思いですかねぇ?アデライド副船長」

「……これでは足りないと?」

 威嚇するようにも見える笑みを、俺は背後から聞こえる悲鳴に被せるように溜息で返した。

「ウチのを遊ばれてる代金も上乗せしないとやってられませんねぇ」

「……すまない、それもそうだな」

 アナスタシア号の船尾楼周辺では、商人三兄妹の末妹に変装していた、つまり女装していたメーヴォが、金獅子船医ダニエルに追い掛け回されていた。

「ちょっとぉ!その!そのお化粧とドレス見せてみなさいよ!すっごい上手になってるじゃないの!」

「止めて下さい!来ないで下さい!」

 元を返していけば作戦だったとは言え、メーヴォに女装の手解きをしたのはダニエル船医だ。その後メーヴォとウチの船医マルトが死化粧の応用だろうと試行錯誤を繰り返して、今では定期的にメーヴォに変装を頼む結果になった。その試行錯誤の女装技術を聞き出したいダニエルの心境は伺えなくは無いが、それは俺の大事な宝の鍵だからな?街娘を追う海賊、と言う良く見る図だなぁ、などと放置していられない。そろそろ助けてやらないと、そのまま金獅子の船に連れて行かれてしまいそうだ。……実はそう言う誘拐の手筈だったらどうしよう。

「ちょっとダニエル船医ィ!ウチので遊ばないでもらえますぅ?」

 メーヴォへ助け舟を出すように手招きすれば、可愛い妹(流石に大立ち回りをした事もあってドレスはヨレヨレだし、化粧も大分落ちてる)が、ささっと俺の背後へと隠れた。

「んもう、こんな作戦やってるなら教えて欲しかったわ!」

「教えたら作戦にならないじゃないっすか」

 苦笑と共にダニエルへ言い返す。ぜいはあと息の上がったメーヴォが警戒しているのが良く分かる。

「さ、ウチのにちょっかい出してた分の代金も頂きましょうか」

 アデライドへ切り返せば、目を丸めたダニエルが振り返り、ホワイトエルフとダークエルフの義兄弟が顔を合わせた。ちょっぴりお怒り気味の義兄アデライドに向かって笑って誤魔化そうとした義弟ダニエルが、ぺしりと軽い平手を食らっていた。ディオ船長の時とは大違いなので、その辺りは兄弟に甘いのだなぁと、冷徹なアデライドの中に人間味を垣間見た気がした。

「ダニエル、貴方の過失ですよ。キチンと補填してください」

「うっそでしょ兄さん、だってちょっとお話したかっただけなんだって!」

「彼の価値は貴方だって分かっているでしょう?」

 うぐう、と口を噤んだダニエルが「アタシのドレスコレクションからピーコックのドレス提供でいい?」と聞いてきたので、丁重にお断りし、ヘソクリだったと言う髪飾りとネックレスを頂戴した。

「お願いだから!それはそのままで使って頂戴ね!転売しないでよ!」

「分かりました、分かりましたって……」

 やっぱり可愛い、とメーヴォを甘やかすダニエルに再び注意を入れ、さてと俺は料理長ジョンへと声を掛けた。

「ジョン!金獅子の旦那たちとこうして顔を合わせたわけだ。帳尻合わせは終わったし、一丁宴といかねぇか!」

「商船の食料をろくずっぽ強奪出来へんかった分、金獅子はんちの食材も使うてええんなら、ええで!」

「おお!まだ陸地もすぐそこに見えてんだ。俺たちはこの後港に行くし、余りの食材全部使っちまえ!」

 ディオ船長の豪快な決定に、副船長のアデライドが苦笑しつつも「まあ、いいでしょう。私も噂の死弾の料理人の食事を食べたい」と口にしたのを合図に、緊張の糸は宴のテープカットに解けて消えた。


 金獅子の船『ディオーナ号』と死弾の船『エリザベート号』『アナスタシア号』は、三隻揃って襲撃現場からやや陸地よりに移動し、海軍の船の巡回を避けるように投錨した。

 すっかり女装から元の姿に戻ったメーヴォが「お疲れ」と労いの言葉とエールのジョッキを両手に俺の横に座った。甲板で大いに湧く連中が一望出来る、エリザベート号の船尾楼の前はさながらテラス席だ。

 受け取ったエールのジョッキを打ち鳴らし、俺たちは今回の作戦の健闘を讃え合った。

「で、コスタペンニーネに翠鳥が向かっているって?」

「おお、そうらしいぜ。コスタは島ばっかりだから、意外と移動が面倒なんだぜ」

「レヴに頼んで翠鳥の足取りを探ってもらわないとな」

「けどな、その前にちょいと寄り道だな」

 悠長だな、と苦笑したメーヴォに、大事な事だぜ?と笑って見せる。

「ジェイソンのおっちゃんをアジトに送り続けなきゃ行けねぇだろ。後は去年置いて来た宿題を片付けに行こうぜ」

「アジトの宿題?……ああ、地下室の」

「そうそう。アジトに一度戻って、たまにはあいつ等の顔も見といてやらねぇとな」

 初夏の訪れを感じさせるこの季節、島の畑では種まきを終えた頃になるだろうか。アレも大事な俺の所有物だ。

 アジトの船首岬から見る星空も最高だが、やはり海の上、宴の最中に見る星空は格別だった。

 星の海の中に、南への航路が見えた気がした。


第一話 終わり


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